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03. 肉食女子

今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!


テレビアニメ 『弱虫ペダル』OSTより


沢田完

『勝者の証』

http://www.billboard-japan.com/goods/detail/472190


ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでください。

3


 みつほは、坂口に言われるがまま、彼女の車に乗せられ研究棟を離れた。向かう先は西棟の食堂だと、坂口は説明した。


 国防軍北部中央筑紫基地の中では、中央棟にあった食堂が一番大きかったが、先日のテロで爆破されてからというもの、多くのNARD隊員たちは二番目に大きい西棟の食堂を利用することが多かった。理由は、NARDSF本部から東棟や南棟に行くのは遠過ぎるという単純なものだった。


 もちろんNARDSF本部にも食堂は用意されていたが、席数が圧倒的に少なく、昼時に行けばいつも満席ということが多かった。そのため、みつほはまだ本部の食堂を利用したことはない。


 本部の食堂は自然研究所併設の食堂らしく、隊員や研究員の健康に配慮したメニュが多いらしい。噂によれば、自然研究所が所有している実験圃場(田んぼや畑)から収穫してきた完全無農薬の米や野菜をふんだんに使ったマクロビオティックなフレンチメニュなどもあるという。しかも、そのメニュをすべて考案しているのは、あの後醍醐薫子だとも聞いたことがある。


 しかし坂口は「本部の食堂は、味は最高だけど値段がサイテー。資本主義全盛の時代じゃあるまいし、大事な隊員たちを思えば、無料で提供してくれたっていいと思わない?」と酷評していた。サイテーというのは、つまり値段が高すぎるという意味だということは、みつほにもすぐに理解できた。


「……あの、マクロビオティックって聞いたことはあるんですけど、どんな料理なんですか?」みつほは、運転席の坂口に聞いた。


「マクロビは料理のことじゃなくて、食べ方のことかな。私もよく知らないけど」片手でハンドルを握った坂口は少し笑うと、一瞬みつほを一瞥した。今日は雲ひとつない晴天で、彼女はトンボの目玉みたいな大きなブラウンのアイウェアをかけ、それでもフロントガラスから差し込む強い日差しに目を細めているようだった。


 NARDSFの制服に小洒落たアイウェア。両手には革のハーフグローブ。コシのあるボーイッシュなショートヘア。駆る車はツーシータのスポーツカー。みつほにとっての坂口は、理想的で、しかも、出来過ぎたくらいに格好のいい先輩女性隊員像にぴったりの風貌だった。


「食べ方……、ですか」

「聞いたことない? 厳密に言えば違うけど、ひと言でいうなら玄米菜食」

「あ、聞いたことあります」みつほは声のトーンを少しだけ上げた。「お肉を食べないんですよね」

「そうそう」坂口は淡々と答えた。「まあさ、肉を食べないって言ってももうこんな食糧難のご時世だから、肉なんてほとんど手に入らない貴重な高級品でしょ? だから、そういう事情の中で薫子所長が考え出した苦肉の策のメニュだっていう話もあるよ。でも、所長、元々健康オタクだから、そういうのもあるかもしれないけど……」

「へえ、所長さんって健康オタクなんですか」みつほは、だから彼女は平太に対して怒りを露わにしていたのかとようやく理解できた気がして、少し面白かった。


 大鎚平太とは、あの会議の日以来一度も顔を合わせていなかった。基地のどこかにはいるのだろうが、もしかしたら本当に後醍醐薫子の特別メニュとやらに組み込まれて、今頃どこかの山で苦行を強いられているのかもしれない。

 半べそかいて、上半身裸で、山で苦行を強いられている平太を思ったら、また少し面白かった。

 思考を元に戻し、みつほは考えた。

 言われてみれば、確かに幼い頃から肉をほとんど食べたことがなかった。家の食卓に上がるのは、いつも川魚や近海の海水魚ばかりで、ハレの日に少しの鶏肉を食べるくらい。それもスーパーに流通している高価なものではなくて、自宅の裏庭で繁殖しているニワトリを父が屠畜(とちく)して(つまり殺して)自宅で肉にするのだった。


 幼い頃から、父が動物を殺すその残虐な光景が大嫌いで、昔は何度も鶏肉を食べることを拒否したことがあった。けれども、その度に父はこう言った。



『生きるということは他の命を殺して頂くことなんだ。ニワトリさんにも、他のすべての命にも感謝をして食べなさい』



 今でこそいい思い出だし、鶏肉を口にすることもできるようになったが、当時の幼いみつほには、首から血を流して項垂れ、血抜きをされる鶏たちの姿は衝撃的な光景以外のなにものでもなかったことは間違いない。今でも目を閉じれば、鮮明に思い浮かべることができる。


 そういえば最近、父は鶏を殺さなくなった。食卓に鶏肉が並ぶことも極端に少なくなった気がする。出るのは、彼らが毎朝産んでくれる卵ばかりだ。


「どうしてお肉って、あんまり食べなくなったんでしょうね」みつほは、独り言のように呟いた。

「戦争が始まる前は、私たちの国でも肉の消費量って結構多かったらしいよ」

「そうなんですか」みつほは、予想外の返答に驚いた。

「うん」坂口は一瞬だけこちらを見て微笑んだ。「牛とか豚、ニワトリもそうだけど、肉になる家畜を育てるのにはそれ相応の餌が必要でしょ。でもね、ただでさえ聖戦(ジハード)の核汚染の影響が広がって、世界中の農地が汚染されて食料が極端に稀少になっていく中で、家畜に与えるほどの潤沢な穀物が生産できなくなった……。だから、昔のように肉を大量に生産して流通させることができなくなったというわけ」

「あー、なるほど」みつほは大きく頷いた。「家畜の餌にするくらいなら、そのまま人間が食べたいですもんね」

「そうそう」坂口は嬉しげに首を振る。「それにね、肉の種類にもよるんだろうけど、例えば牛肉一キログラムを作るのには、餌となる穀物がその十倍以上の重量も必要になるんだって。これって、すごく非効率だと思わない?」

「確かに……」みつほは深く頷いた。

「だから、数少ない穀物を直接人間の食糧にするために、必然的に肉は作られなくなった。当然といえば当然かもしれないね。腹が減っては戦はできぬって昔から言うでしょ」

 坂口がアクセルを踏み込んだと同時に、心地よい加速感が二人の躰をシートに押し付ける。

「でも、昔は普通に食べられたものが食べられなくなるって、それだけ戦争の影響が大きいっていうことですよね」みつほは聞いた。

「いいんじゃない? 人類が肉を食べなくなって十年以上経つけど、完全に食べられなくなったわけではないし。それに、人が肉を食べなくても生きていけるっていうことが証明された。肉を食べないことで死んだ人はいないけど、食糧難で死んだ人は大勢いるもの。肉食をやめていなかったら、今頃もっと大勢の餓死者が出ていたかもしれないよ。そう思えば仕方ないかなって……。それにさ、愛らしい動物たちを身動きの取れない狭いところに押し込めて、殺して食べることが無くなったことは、極めて平和的で人間的かなって私は思うよ。まあ、本部食堂の値段は、全然人間的とは思わないけど」坂口は舌先を出して肩をすくめると、子どものようにいたずらっぽく笑った。

「そっかあ……」みつほは進行方向を見つめながら呟いた。正面には、西棟の灰色の建物が間近に見えてきた。「先輩は、肉とか食べるんですか?」


「私、めちゃめちゃ肉食だよ」


「えー……」予想外の返答に、唖然としたみつほ。


「まあでも、確かに肉を食べると頭が鈍るから最近は食べないかな……。買うと本当に高いし。なんにしても大事なのはバランスよ。高嶋さんは若いんだから、好き嫌いせずに色んなものを食べないと」


「でも、今のお話を聞いてしまうと、やっぱり草食がいいかなって思いました」


「でもさ、薫子所長だって、食事は草食だけど、あっちのほうは肉食だったわけだし」坂口は嬉しそうに口元を上げてにやりと笑った。


「あっちって……、どういう意味ですか、それ?」みつほは目を丸くして、運転席の坂口を凝視した。


「薫子所長の、旦那さん。肉みたいじゃない?」


「所長の旦那さん……?」


「え、知らないの?」坂口は意外だと言いたげな顔でこちらを見た。「後醍醐蘭丸少将……、薫子所長の旦那さんだよ」


「……」みつほは絶句した。


 そして、頭のなかに一瞬、競泳水着姿でフロント・ラット・スプレッドのポーズをとる後醍醐少将の姿が浮かび、顔の肉全部が太ももについてしまうのではないかと思うほど呆然とした。


「高嶋さんは、肉食なのかな? いひひ」坂口は、今まで聞いたことがないくらい品のない笑い声をあげて、硬直したみつほを見つめた。


「せ……、先輩……」

次回投稿は一週間後、2016年7月21日(木)。連続更新はテキストに余裕が出来次第順次スタートしていきます。原則としてはTwitterアカウントにおいてお知らせしますが、告知なく始める場合もございますのであらかじめご了承ください。)


※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。

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