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02. みつほの自問自答

今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!


テレビアニメ 七つの大罪OSTより


澤野弘之

『pfAD-6:罪』

https://www.youtube.com/watch?v=s1WMnAE7Ikk


ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでください。

2

 ニ○九九年四月十日


 高嶋みつほは、NARDSF本部の資料室にいた。


 総理官邸事件の際、待機と称して使用した勉強部屋とは別の部屋で、かなり狭い個室のような場所だった。どちらかというと、先日の会議で使ったあの真っ白い部屋に似ているかもしれない。もちろん、あの部屋ほど真っ白ではないものの、物もほとんど無く、整然とした様子の室内は空調も効果的に効いており非常に快適だった。


 どの部屋にいても、オムニスの端末とネットワークへの接続さえあれば、すべての事が行えるのだから、部屋は快適で静かで、なるべくなら閑散としていた方がいい。その方が余計なことに気が散らずに集中できる。今この部屋には、みつほと先輩女性隊員の坂口の二人しかいなかった。


 一週間前、あの会議の日以降、みつほは結局一日も休むことなく任務に就いていた。それでも、NFIメンバの特別待遇として自宅へ帰ることは許されていたため、慣れた環境での睡眠はもちろん、幼い頃から慣れ親しんだおふくろの味もしっかりと摂ることができた。面倒くさい妹の相手は嫌だったけれど、そのお陰もあって、総理官邸事件で爆発的に蓄積した疲労感もようやく抜け始めてきているところだった。


 そんなみつほに、ここ数日の間に与えられたのは、情報解析任務だった。


 とはいえ、やることと言えば坂口の補佐の補佐の補佐。言うなれば見習いのようなものである。軍人になりたてのみつほに、当然本格的な情報操作などできるはずがないのだから、仕方がない。


 この数日で目の当たりにした坂口の情報収集力、スピード、姿勢、考え方には凄まじいものがあり、新人のみつほにとっては非常に刺激的だった。


 まさにこれが諜報活動なのかと唸りを上げたくなるくらい圧巻で、具体的に言葉では説明できないけれど、ほんの一週間の間に信じられないような量の情報を集めた坂口は、あれよあれよという間に、あらゆる手段を徹底的に使いこなし、必要な情報や事象、現象をかき集め、解析する。時には、かけ集めた無数の情報をランダムに掛け合わせて、そこから求められている解や結論を独断で導き出していく。(しかもそれがすべて正しい)


 中でも、この一週間の彼女の一番大きな功績は、軍部の堅牢な極秘システムに入り込み、例の飛行機墜落事故の死者と搭乗者の人数が合わな二人分合わないという内部報告を入手したことと言って間違いないだろう。


 もちろん、どのような手段を使ったとしても、システム上やネットワーク上で手に入れられる情報には限界があると、坂口は語った。


 では、どうするのかというみつほの問いに対して、坂口はこう答えた。



『陸軍、海軍、空軍……。各軍部には、NARDSFの息のかかった隊員……、つまりスパイを数名潜伏させているの』



 坂口の口から飛び出たこの極秘情報を知ったみつほは、開いた口が塞がらなくなるほど驚いた。いよいよ自分が本物の軍隊の中にいるのだという実感が、遅まきながら芽生えてくるのを痛烈に自覚するほどだった。

 また、坂口はこうも言っていた。



『……ということは同時に、私たちNARDSFの中にも、軍部や政府、敵国のスパイがいる可能性も否定できない』



 なるほど……、あまりの冷徹かつ過激な現実に、みつほは何度も眩暈(めまい)のような感覚を覚えた。一度でもそんな話を聞いてしまうと、今後、周りの隊員たち全員を疑いの目で見てしまうかもしれない……。そんな不安に(さいな)まれなくもなかった。


 そんな爆弾発言を繰り返していた坂口も、今日は非常に大人しく、無口のままホログラムモニタと睨み合っているだけだった。現在の二人の最大目標であり達成するべき目的は、旅客機墜落事故現場から消えた人物のプロフィール照会のための、搭乗者名簿入手だった。しかし、その作業は予想していたよりも難航しているらしく、彼女は朝から一言も口を聞かずに黙っていた。


 椅子に座り端末を操作しているだけで、この世のありとあらゆる情報が手に入る。よくよく考えてみればすごいことだ。こんなこと、きっと十数年前だったらありえないだろう。もちろん、その得た情報がすべて正しく、それを正確に組み立てることができたら、の話ではあるけれど。


(でも……、ということは、昔の人ってどうやっていたのかな?)


 みつほは、視界に入った鬱陶(うっとう)しい茶色の前髪を両手でつまみ、くるくると弄びながら考えた。


 一度でも得てしまった利便性は、人間は二度と手放すことができない。そして、過去は少しずつ失われ、やがて、過去には当たり前にあったはずの合理性や文化性、そこにまつわる倫理や道徳までもが失われ、いずれ、すべては誰もがわからなくなる。


 なぜ今、こうなっているのか? それに答えられる人間は皆無になる。


 知らないものを理解するために、新しいものを得るために、古いものはすべて切り捨てられる。それがテクノロジィ。


 それは、みつほの思考ではなく借り物で、教官だった頃のニーナが教えてくれた言葉だった。


 みつほにとっては、眠気を誘発する呪文のようなものでしかなかったし、それは今でも変わらない。考えているだけで、うとうとと危険な睡魔が襲いかかってくる。


(ニーナ司令……、大丈夫かなあ)


 それと同時に思い浮かべる千草と穂花の顔。そして聞きなれた声。


(千草……、どうして穂花ちゃんを……)


 画面を見つめたまま吐く、生ぬるいため息。


 ねっとりと気だるい眠気を振り払うため、それから、じわじわと湧き上がってきた不安や不満、もどかしさや憤りを払拭するために、みつほは首を激しく振った。その様子は、水浴び直後の犬か猫に似ていたかもしれない。

 みつほはその後も、先輩の邪魔をしてはいけないと思い、黙って自分なりの調査をしていた。

 調査と言っても、インターネット上をあてもなく徘徊するだけの無為な時間がほとんどで、やっていることは学生時代となんら変わらない。

 しんとした静寂の中、睡魔と闘いながら調査を続けること数十分。みつほは、予想だにしない情報に触れることができた。感じていた眠気など、あっという間にどこかへ吹き飛んでいくようだった。無為な時間も、時には有効に働くこともあるらしい。

 高まる鼓動を抑えつつ、みつほは、見つけ出してしまったその情報を必死で追いかけた。思いつく限りのあらゆる関連ワードを素早くタイプしては消してを繰り返し、必要な情報を掴みに行く。はじめはぼんやりと曖昧だったものが、徐々に形になって真相に近づいていく。

 気づけば、薄いホログラムモニタの直近まで顔を近づけていた。だるま人形のようなしかめっ面になったみつほは、ついつい「これって……」と声に出してしまった。

 一瞬、斜向(はすむ)かいの坂口がこちらを一瞥した気がしたが、そんなことはどうでもよかった。

 検索すればするほど、インターネット上では、すでにその話題で持ちきりとなっていることがすぐにわかった。

 みつほの黒い瞳に飛び込み映るのは、一行のセンセーショナルなキャッチフレーズ。



『総理を救った謎の超絶美形女戦士 その正体はいかに!』



 総理官邸を解放した立役者の一人であるエミリは、潜入した報道陣によって、氷の紫陽花を開花させた姿を全国、否、全世界に晒されされ、一躍、時の人となっていたのである。

 表示されたサイトのトップページ上には、美しい氷の紫陽花を咲かせたエミリの姿が画像となって大きく表示されていた。



(エミリ……)今度は声に出さずに済んだ。



 みつほは恐る恐る、視線を下から上に送りあげるようにして、長いサイトのページ送りをしていく。しかし、なぜか内容がほとんど頭に入ってこない。


 理由はわかっていた。でも、認めたくなかった。考えたくなかった。


 モニタ上の文字にしっかりとピントを合わせていた視野は次第にぼやけ、気づけばみつほは中空を見つめる廃人のような顔つきで首を斜めにしたまま固まってしまった。


 もしも目の前のモニタが物理モニタだったとしたら、きっと、呆然と虚ろな顔をした自分が写り込んでいたことだろう。


 みつほは、全身に溜まり始めた不快感を吐き出すために、もう一度ため息をいた。


 一輝とエミリ、巧の三人は、予定通りソリッドカルスの実態と千年花の正体を突き止めるため、薫子提案の身体検査に入ったらしい。というのは、それを教えてくれたのが被験者である彼ら本人ではなく、たった今、(そば)で必死に端末とにらめっこをしている坂口だったからだ。


(一輝とエミリが一緒にいる……)そう思うだけで、全身がむず痒くなる。猛烈な苛立ちが全身を襲う。鳥肌が立つ。


(巧くんも一緒だけど……)そう言い聞かせたところで、苛立ちは収まる気配を見せない。


 胸が締め付けられて、息苦しくなる。ありもしない突飛な空想や妄想ばかりが、空っぽの頭をどんどん占拠していく。


 正直に一言で言えば、今の状況はみつほにとってまったく面白くない状況だった。

 二人は一体どんな検査を受けているのか、どんなことをしているのか……。

 考えるだけでも腹が立つ。

 検査の開始すら教えてもらえなかったなんて……。

 とにかくあいつには。一輝には。いつもいつも、本当に腹を立たせられる。

 昔からそう……。いつもそう……。ずっとそう……。

 なんでこんなにムカつくんだろう……。

 そんな疑問が浮かんでくる自分さえもムカつく。

 自分だけが仲間はずれという、理不尽で無根拠な被害妄想。

(こんなことになるなら、わたしもあの種、食べておくべきだったな……)

 そう考えたところで、今更後の祭りだということはみつほが一番よくわかっていた。

(時すでに遅し……、ね)

 自宅で保管していた三つの種は、既に、無事に薫子に引き渡した。今頃は研究所のどこかで厳重に保管されていることだろう。



 (たる)んだ視線を元に戻し、みつほはもう一度初めからサイトを閲覧するために、ページを最上部まで戻し直した。



『総理を救った謎の超絶美形女戦士 その正体はいかに!』



 もう一度目に飛び込んでくる見出し。よくよくサイトを観察してみると、開いたページは三流ニュースサイトだった。そして、今の自分の苛立ちを最大限に助長している元凶は、おそらくこの仰々しい見出しだろうと、みつほは確信していた。


(バッカみたい……。ホントくだらない……)荒ぶる鼻息を一挙に吐き出し、みつほは自分の頭を撫で付けるように後頭部を触った。苛立ちを抑えるためか、それとも八つ当たりの誤魔化しか……。


 サイトの見出しを内心ではくだらないと思いながらも、本音の主成分は嫉妬と妬みであることはわかっていた。心の中に、真っ黒に焼けた大きな餅が、膨らんだ状態のままパリパリに焦げ付いている状態と言っていいだろう。


 解像度こそ低いものの、身内や知り合いが見れば、明らかに写っているのが誰だかわかってしまう程度には精彩の保たれた画像。その中央には、黒いボディスーツを着込み、氷の紫陽花を咲かせたエミリの姿が大きく写し出されている。


 総理官邸事件の際、内部に紛れ込んだマスコミの三人が撮影した映像は、瞬く間に世界中に拡散、共有されていた。この画像は、テレビ放送された映像からキャプチャされたものを、記事を書いたサイトの編集者がトリミングし選別したのだろう。


 三流サイトの情報とはいえ、噂の広がり方というのは本当に怖い。官邸事件の任務に就いた紅一点のエミリは、わずか数日で無名のヒロインとして祭り上げられてしまったのである。


 ネット上に書き殴られた多くの声は、当然、エミリの素性を暴こうとするものだった。


 その大半は現実にはありもしない虚しい予測や空想、妄想ばかりだったけれど、中には、国防軍に新設された特殊部隊ではないかという鋭い指摘も垣間見られ、直接関係はないみつほでさえ、内心ドキッとする声もいくつか散見された。


(なんでいっつもエミリばっかり……)


 しかし結局のところ、みつほの心に浮かんでくるのは、羨望の気持ちからくるやっかみの言葉ばかりだった。当のエミリ本人がこの事態を知っているかどうかはわからないけれど、きっと彼女は、こんな騒がれ方に対して過剰な嫌悪感を抱いて無視し、自体すべてを掃いて捨てるだけだろう。


 そして、きっと私に向かってこう言うんだ。



『そんなに有名になりたければ、高嶋さんがどうぞ』



(あー、考えれば考えるほど、余計にイライラする……)


 今度こそ、沸騰しかけた気持ちのやり場を見つけられずに頭をかきむしって机に突っ伏したい気分だったが、先輩の手前、頭を軽く掻く程度に留めた。

 けれども、よくよく考えれば世間の反応も無理はない。危険と隣り合わせの、命がけの汗臭い男の世界と思われがちな軍隊の、しかも、見たことも聞いたこともない新設の特殊部隊に、エミリのような目鼻立ちのする女性隊員がいるとなれば、世の男性陣が食いつかないわけがないのだ。そして、劣等感の塊のようなみつほが、それに羨望の気持ちを抱かないわけもない。


(男ってホントバカ……)もう一度ため息。今日一日で、もう何度めだろうか。(エミリのことを知らないからバカみたいに騒げるのよ。本物のエミリを見たら、写真と実物のギャップにみんな腰ぬかすんだから……)


 私たちはアイドルじゃない!


 そう叫びたかったが、言ったところで何も変わらない。あまりに惨めで虚しい自分の思考を押さえ込んだみつほは、ブラウザのウィンドウを閉じてわざとらしくため息をついた。


 そもそも、アイドル化させられているのはエミリ一人であって、自分はまったく関係ないことに気づき、みつほは激しい自己嫌悪に陥る。そして頭を両手で抱える。


(こんな情報、なんの役にも立たないや……)次から次に湧いて出る言い訳の言葉。


 しかし果たして、飽くまでも隠密(おんみつ)の存在であるNFIにとって、こんなに大々的に顔や素性が暴露されている状況を放置していていいのだろうか。それだけは正直な疑問だった。


 けれども、今自分が考えなければいけないことは、一輝のことでもエミリのことでもない。千草のことだ……。みつほは自分に言い聞かせ、頭のスイッチを切り替えるべく深呼吸をした。


(私が考えてどうにかなることではないのはわかっているけど、考えずにはいられないじゃない……)


 ニーナの銃撃事件から聞こえてきた、千草による愛咲穂花誘拐事件。それは、普段から大人しく引っ込み思案だった彼女の姿からは想像もつかないほど大胆な行動で、NARDSFはもとより、NFIメンバの間にも戦慄が走った。


 千草が姿を消してから一週間。無駄とわかってはいても、彼女に何度も電話をかけた。何通かメールも送った。けれども、彼女は電話に出ないし返信もない。どこにいるのかもわからない。なにをやっているのかさえも……。



『時間が……、ないんです』



 あの時、千草は確かにそう言っていた。そして、多分、泣いていた。


 彼女とはもう十年来の付き合いになるけれど、思えば、千草の涙を見たのは、あれが初めてだった。


 エミリはあの時、千草は弱くないと評価していた。それは、みつほの千草に対する印象とは正反対だった。


 しかし、冷静なエミリの評価はいつだって客観的で的確で、みつほにとっては悔しい思いをすることも多いけれど、彼女の洞察力や観察力、分析能力は認めざるを得ない。つまり、それなりの理由があっての評価なのだろうし、多分間違っていないはず。


 そう仮定して考えると、その強い千草が、今まで一度も人前で涙を見せたことのない千草が泣いていたということは、余程の事情があるに違いない。あの時の千草の、必要以上に引きつった笑顔は、なにかの辛さや苦しみを必死に押し殺すために無理をしていたからだったんだ……。


(絶対そう……)


 できることなら、自分が千草を助けたい。みつほは本気でそう思っていた。そこに理由や理屈なんてない。道端にゴミが落ちていれば拾う。困っている人がいるなら助ける。みつほにとって、それらはごく自然なことで当たり前だった。


 でも、自分にはどうしていいかわからないし、そもそも新米隊員がわがまま勝手に動くわけにはいかない。それくらいは、感情的なみつほでも理解していた。


 みつほはもう一度、ソリッドカルスを口にしなかった情けない自分を強く悔やんだ。もしもあの時あの種を食べていれば、今頃は自分にだって不思議な花が咲いて、エミリのような大きくて美しい力を得られていたかもしれないのに……。


 そう考えた瞬間、みつほはある事に思い至った。


(あの時、何も考えずに種を口にしたのは四人だった……。一輝、エミリ、タッちゃん、巧くん……)


 どうして私や平太、それから千草も、あの光る種を口にできなかったのだろう。


 答えは簡単。怖いから。不安だったからだ。



『そんな訳のわからないものを食べたら、どうなるかわからない』



 確かにあの時、私はそう考えた。口に出して言ったかもしれない。


 だって、怖かったし、不安だった。


 でも、エミリはこの前、後醍醐薫子の「なぜ種を口にしたのか?」という問いかけに対して「なにも考えていなかったから」って答えていた。


 そうか……。そうなんだ……。

 私、今までずっと、自分は弱いから考えてしまう……。そう思い込んでいた。

 でも、本当は違うんだ。

 弱いから怖いんじゃない。

 怖がるから、どんどん弱くなるんだ。

 考えるから、どんどんできなくなるんだ。

 きっとそうだ。

 強いから怖さを感じないんじゃない。

 怖さに立ち向かった人だけが、強くなれるんだ。

 一輝も、エミリも、巧くんも、タッちゃんも……。

 きっとみんな、あの時なにも考えていなかった。

 考えてみれば、あの四人は小さい頃からそうだったかもしれない。エミリだって、女子なのに男勝りのおてんばで。怖いとか不安だとか、そういう言葉をあの四人の口から聞いた記憶がない。もちろん千草からも、守ちゃんからだって。


 だから、みんないつも大失敗して、怪我ばかりして……。でも、いつもみんな笑ってて。


 そういう時、いつも私と平太だけがビクビクして……、いいえ、平太だって男子だから、いざという時は頼りになったし、強かった。いろいろな事で助けてもらったことも何度もあった。


 だから、私だけがいつも口ばかりで虚勢を張って、結局はみんなの勇気と行動を見守ることしかできなくて……、守られて、助けられるばっかり。


(私もみんなも、変わってない。きっと千草も今頃は……)


 みつほが思考を巡らせていると、蝋人形のように硬直していた坂口が、途端に大きな奇声をあげた。


「あー、もうだめ!」


 坂口は叫ぶと、ばんざいポーズで背もたれに思い切りもたれかかった。その姿勢は、どうやらばんざいではなく、お手上げという意味らしい。しばらくそのままの姿勢で天を仰いだ後、背もたれのバネの勢いを利用して上半身を起こした坂口は、鼻根(びこん)を片手でマッサージしながら言った。眼精疲労が激しいのだろう。


「そろそろお昼ご飯食べに行こうか」


 しかし、数秒待ってもみつほからの反応がないことに気がついた坂口は、辛そうに両目を(まばた)きさせながら、半透明のホログラムモニタ越しにみつほを覗き込んだ。


「高嶋さん……?」


 坂口から見て、二枚のモニタを挟んだみつほの顔は、まるで曼荼羅の刺青を顔全体に入れた民族女性のようだったろう。


「おーい、もしもーし!」


 坂口の呼びかけにようやく気付いたみつほは、抜け殻のような顔に生気を灯して、気の抜けた返事をした。「あ、はい、すみません……」


「ちょっとお。泥人形みたいな顔してどうしたの?」


「すみません。少し考え事をしてて……って、先輩! 泥人形ってなんですか」みつほは半分怒ったような半分笑ったような顔で、口元をひらがなの「う」の形に尖らせて抗議した。


「あはは、ごめんごめん」坂口は子供のように無邪気な笑顔で白い歯を見せた。「でもさ、あんまり考え過ぎるとシワが増えるよ」

次回投稿は一週間後、2016年7月14日(木)。連続更新はテキストに余裕が出来次第順次スタートしていきます。原則としてはTwitterアカウントにおいてお知らせしますが、告知なく始める場合もございますのであらかじめご了承ください。)


※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。

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