20. 赤い茜と青い葵
今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!
TVアニメ「弱虫ペダル」OSTより 沢田完
『がっちがち』
http://www.billboard-japan.com/goods/detail/462752
(ここから試聴してちょ)
ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでくださいな。
20
声をあげたのは、真っ白な白衣を着た(というよりも着せられた)小さな少女だった。
深みのあるワインレッド色をした髪の毛。ヘルメットのようなおかっぱ頭。定規をあててカットしたかのように、まっすぐ直線に切り取られた前髪。一重のどんぐり眼の下には、おまけのように配置された小粒の鼻と口。
「こ……、子ども?!」一輝は面食らった様子で、小さく呟いた。
「むむ、無礼な! あたくしは子供ではないのだ!」少女は、可愛らしいまん丸な瞳を急に三角に釣り上げ一輝を睨んだ。「さてはお前……、テロリストなのだな!」
「ちょ……! ち、違うって!」一輝は両手を前に振り上げて、激しく首を横に振る。
「嘘をつくななのだ!」少女は勢い良く椅子から飛び降りると、白衣から素早く拳銃を取り出した。黒光する銃口がこちらに向けられた。「手をあげるのだ!」
一輝の脳裏には、まだまだ決して忘れることのできない新鮮な痛みと恐怖、苦痛が、鮮明に浮かび上がった。全身に鳥肌が立ち、身体中の穴という穴から脂汗が湧き出てくる不快な感覚を覚える。まさに、銃口恐怖症。トラウマだった。
「いやいやいや……、ちょ、ちょっと待って!」一輝は真っ青な顔で声を上げつつ、相手の言う通りに素早く両手を挙げた。
(なんだよこの子ども……。なんで銃持ってるの? 僕……、また撃たれるの? ……冗談じゃないよ……)
精悍な立ち姿で銃を構える少女は、見たところ穂花と同じか、それよりも少し年上。小学校一年生程度だろう。しかし、言動が明らかにおかしい。
子供じゃない……。目が座ってる……。でも、この子、どこかで見たことがあるような、ないような……。
一輝は突然の出来事に、完全にパニックに陥っていた。
「あ、あの、ぼ、ぼ、ぼ、僕は、そ、その……、え、えぬ、えぬ、NFIの……!」
「黙るのだ!」おかっぱの少女は一向に聞く耳を持たない。鋭い目つきを更に尖らせ、構えた銃を突き出すようにして一輝をけん制する。「お前のような間抜けヅラで、貧弱な色えんぴつみたいな躰の輩が、この国を守る軍人なわけがないのだ!」
「い、いやいや、いや、ほ、本当だって!」一輝は、黒光りする銃口に目を向けるたびに心拍数が高まっていくのを感じて、軽い目眩に襲われる。
「動いたら本当に撃つのだぞ……」少女はかすかに口元を斜めにして、さらに銃口を上げた。
「いやいやいやいや……、ほんとに! 本当に! ごめんなさい! なんでもします! 勘弁してください!」一輝は、頭が吹き飛ぶかと思うくらいの勢いで首を左右に振り続けた。
その時、背後の入り口から、誰かが入ってくる気配を感じた。
「茜姉さま、ただいま帰ったのです」
声の主を見ようと、顔だけで振り返った一輝は、さらなるパニックに陥った。
入り口に立ってるのは、今、目の前で銃を構えている少女だった。
(ちょ……。なに……? ど、どういうこと……?!)
一輝は、怒涛のように押し寄せる恐怖と混乱によって、爆破され崩壊しそうな脳みそをなんとかフル回転させて状況を理解しようとした。首を振り、前後にいる二人で一人の少女を、何度か比較した。
よく見ると、同じ人間ではないことがわかってきた。
一輝はもう一度、目の前で銃を構える赤髪のおかっぱ少女を見やる。そしてすぐに背後を振り返る。似たように見える二人の少女にも、違いがいくつかあった。
入り口に現れた少女は、透き通った水晶のように光沢のある薄青色の髪の毛。おかっぱ頭に変わりはないものの、頬の両側に長く垂れる前髪を、おさげのように三つ編みで結んであり、頭の頂上には豚の尻尾のような可愛らしい結び目が見える。大きなどんぐり眼には、銀フレームの丸メガネ。それ以外は、瓜二つ。つまり、双子だ。
ワインレッドのおかっぱがおそらく茜で姉、青髪の豚の尻尾が先ほど名前を呼んでいた、葵という妹なのだろう。一輝は、ようやく正常を取り戻し始めた頭で瞬時に状況を理解した。
「この男は、なんなのです?」葵が、首を傾げて聞いた。
「こいつはテロリスト」茜が即答する。「今からわたくしが射殺するのだ」
「だから違うって!」一輝は茜の方を向いて叫んだ。
「わかりました。射殺するのです」葵はそう言うと、茜同様、懐から拳銃を取り出して銃口を一輝に向けた。「悪く思わないで欲しいのです。悪は排除するのみなのです」
「いやいや、これ、冗談でしょ?! ねえ! なにかのドッキリだって言ってよ! 誰かあ!!」両サイドから謎の双子に挟まれて銃口を向けられた一輝は、力なく両手を挙げた情けないポーズのまま前後に立ちはだかる双子を交互に見て叫ぶ。
真っ白な部屋に、赤と青の少女。その狭間には平凡な黒髪の一輝。相手が白のオセロならすでに一輝も真っ白に染め上げられていたかもしれない。否、頭の中と顔面はすでに真っ白だったことだろう。
その時、鼻歌交じりの気の抜けた声が廊下から聞こえてきた。
「茜主任~、葵主任補佐あ~、もうミーティング始まってるんですけど、例の検査結果出まし……」見たことのない女性隊員が、廊下から顔だけを見せて部屋を覗き込んだ。「……って、ちょっと、二人ともなに物騒なものを持ち出してるんですか!」
「おお、我妻隊員、いいところに。こいつは不審なテロリストだから、今からあたくしがこの銃で撃って殺すのだ」茜が淡々と答える。「よくよく見ておくのだ。こんな機会、滅多にないのだ」
「そうです、殺すのです」振り返った葵も、半ば楽しげに答えて口元を上げた。
「た……、助けてください!」一輝は干上る寸前のミミズのように情けない声を出して助けを乞うた。
「あら……、ちょっと待って。あなた、光剣くんじゃない?」我妻と呼ばれた女性隊員は、一輝の顔を見るなり声を上げて、部屋に駆け入ってきた。
「み、みつるぎ……?」茜はたじろいぎ、掲げていた銃口をわずかに下げた。ついさっきまで怒りに満ちていたその顔は、すでに気の抜けた炭酸飲料のように甘ったるく萎んでいた。
部屋に入った我妻は、呆然と立ち尽くす葵の横を素通りして一輝に駆け寄った。
「……やっぱりそうだ。ダメじゃない、病院を抜け出したりしてえ!」我妻は眉間にしわを寄せて、パジャマ姿のまま怯える一輝を睨んだ。「ほら、茜主任も葵主任補佐も、そんな物騒なもの早くしまってください」
「待つのだ我妻。このもやしっ子があの光剣なのか……?」茜は愕然とした様子で我妻を見上げた。
「だから、そうだって言ってるじゃないですか。テロリストだなんて……、早とちりもほどほどにしてくださいよ」呆れ顔の我妻は、肩を竦めてため息をついた。「それに、二人してそんなおもちゃの銃振り回して……。いい加減、そういうのやめたほうがいいと思いますよ、本当に。いくら新人だってそんなおもちゃに騙されるわけないじゃないですか……」
「うるさいのだ」「うるさいのです」
茜と葵は、示し合わせたように、床に向けた銃の引き金を同時に引いた。すると、可愛らしい破裂音とともに、銃口からは甘い香りの煙が上がった。撃った二人の足元には、小さな万国旗と多彩なリボンが飛び出し、金銀とりどりの紙吹雪が申し訳程度に舞い散った。
「おもちゃあ……?」一輝はそう言うと、痙攣した両腕を下げながらその場にへたり込んだ。「騙されたあ……」
「え、うそでしょ……。もしかして本物の銃だと思ってたの?!」折りたたまれた洗濯物のようになった一輝を見た我妻は、顔を引きつらせて苦笑した。「どこに本物の銃を持った研究員がいるのよ……」
(次回投稿は一週間後、2016年5月19日(木)。連続更新は、テキストに余裕が出来次第、順次スタートしていきます。原則としてはTwitterアカウントにおいてお知らせしますが、告知なく始める場合もございますのであらかじめご了承ください。)
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