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18. お守りひとつ八百円

今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!


TVアニメ「ギルティクラウン」OSTより 澤野弘之

『HOME 〜this corner〜』

https://www.youtube.com/watch?v=hc2qwt46dTk


ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでくださいな。

18


 光剣一輝は、病棟を抜け出していた。


 理由はたったひとつ。みつほが口にしていた午後からのミーティングに参加するためだった。


 体は至って健康。調子が悪いところなんてひとつもなかった。否、それどころか、今まで生きてきた中で、今が一番調子がいい。


 これなら今すぐ空だって飛べる。そう思えるくらい、体も心も軽かった。けれども、羽も翼もないただの人間の一輝は、もちろん空を飛ぶことは叶わない。壁に這わされた排水パイプを伝い、三階から地上へ。大きなヤモリのように降り立つことしかできなかった。途中、金具にひっかけてしまい、パジャマを破いてしまった。情けない爬虫類もいたものである。


 廊下に見張りがいたり、ドアに鍵をかけられた訳でもないのだから、正攻法で、担当看護師にお願いをすれば簡単に外に出してもらえたかもしれない。地に足をつけてからようやく、そんな真っ当な思考に至ったけれど、なんとなくこうして脱出したほうが気分が盛り上がる。自分を納得させる理由を浮かべた。要は、単純幼稚なくだらない動機からの脱出劇だった。


 部屋から地上への時間はわずか数分だった。幼い頃から木登りが得意だった一輝にとっては、造作もない。幸い、昼時ということもあって、部屋を抜け出す姿を誰かに見られることはなかった。


 久しぶりの外出。入隊式からたった二日しか経っていないのに、もう一ヶ月以上も外の空気を吸っていないような気がしてた。


 一輝は、大きく深呼吸。

(気持ちがいいや……)


 視界前方、遥か彼方には、何度も見慣れた滑走路が視界の中央を切断するように真っ直ぐ、横長に広がっていた。今の所、戦闘機の姿はない。久しぶりの地上、基地の景色は、まるであの日、銃で撃たれた瞬間から時間が止まってしまったかのように、不気味なほど静かだった。


 撃たれた胸元の傷口を服の上からそっとさすってみるが、そこにはもう、痛みも傷跡も一切残っていない。


(穂花……)一輝は、自分を救ってくれた幼女の顔を思い浮かべ、感謝の念を唱えた。


 本来であれば、自分が救うべきはずの子どもに自分が救われたなんて、本当はあんまり笑えない。そうと思ったら、自然と情けなさに顔が歪んだ。


 二日間の入院生活で基地全体の地図を完璧にインプットした一輝は、病棟からNFIのある研究棟まで徒歩で移動するのはかなり困難だということは知っていた。けれども、爆破された中央棟まではわずか数分。あそこに行けば、おそらくまだ自分の車が停めてあるはずだ。そう確信していた一輝は、まず中央棟を目指して歩くことにした。


 冷たい静けさに包まれた広大な基地を、古びたサンダルと破けたパジャマ姿で駆ける抜ける一輝。その背景には滑走路と格納庫。そんな景色を客観的に想像するだけで、一輝は思わず吹き出した。


 

 ものの数分で、中央棟南側の駐車場に立った。

 目の前には、見るも無残に半壊した建物の死骸が横たわっている。


 爆破被害は想像していたよりも大きかった。建物の半分以上が爆破によって吹き飛ばされ、コンクリートやガラスの、大小さまざまな破片が、周囲に散乱している。巨大なノコギリに削られたような建物の断面は、焼けただれたように黒焦げで、もはや見る影もない。かなりの爆破力だったのだろう。死傷者が一人も出なかったことが信じられなかったが、自分ひとりが犠牲になることで、他の大勢の隊員たちを守れたことは、唯一、今の一輝にとって誇りであり、救いでもあった。


 中央棟を復旧するには、相当な時間がかかると聞いた。残された瓦礫をすべて取り除き、いちから新しく建て直す以外に方法はないだろう。


 結局、なにか新しいものを作り出すには、古い部分をすべて破壊してからでなければ、新たな建設はできない。古いものを残したままでは、本当に新しいものは作れない。すべてリセットしなければ……。建物も、人間の心も、社会も、なんなら世界だってすべて同じだろう。


 一輝は、そんなことをぼんやりと考えながら駐車場を見渡した。すぐに、記憶していた通りの場所に、寂しげに佇む愛車を見つけることができた。一輝は、久しぶりの愛車に駆け寄って乗り込む。


 キーシリンダにはあの日つけたままの状態でキーがぶら下がっていた。基地全域には、駐車した車やバイクにはキーを絶対にかけないという規律があるのだ。理由はもちろん、緊急時に、邪魔な車両をすぐに動かすことができるようにするためだ。


 運転席に座り、エンジンをかけようと手を伸ばした一輝は、手元でなにかが揺れるのに気がつき、ふと、キーに目をやった。


 それは、鍵の頭のキーリング穴にぶら下げられた、真っ白なのお守りだった。表面には、『安全祈願』の文字。


(士官学校の入学式の前に……、みつほからもらったやつだ)


 一輝は、お守りを触れながら、ほんの少しだけ口もとを緩ませた。なぜなら、確かにこのお守りは彼女からもらったものには違いなかったが、それを彼女に売ったのは一輝自身。花咲神社で販売しているお守りだ。


 自分で売って、みつほからもらったお守り……。考えてみると、なんだかおかしかった。そういえば売ってすぐもらった時も、確か、おかしくて笑った。





「こんなお守りひとつで八百円って、結構いい値段するのね……。お守りなんて買うの初めてだから」財布から千円札を取り出したみつほは不満そうにつぶやきながら、授与所越しに一輝を見上げ睨んだ。


「お守りに向かって失礼なこと言うなよ」一輝は口を尖らす。「一応、これでも神様の分身なんだからさ……。あとそれから、神社では値段とか、買うとか、売るって本当は言わない」

「なんで?」

「飽くまでもお守りや神札(しんさつ)は、神さまのご加護を授けるものだから」

「じゃあなんていうのよ?」

「値段は初穂料(はつほりょう)。買うじゃなくて、授かる。売るじゃなくて、授ける」

「へえ……。知らなかった」みつほは、妙に納得した様子で頷いた。

「じゃあ、早く授けてください」

「初穂料八百円、お納めください」一輝は、わざとかしこまった口調で言った。

「はい、これ」みつほは、片腕を伸ばして千円札を渡した。

「確かに」一輝はお釣りの二百円を渡しながら「授けます」と言って、お札を手渡そうとした。けれども、みつほはこちらをまじまじと見つめるだけで、受け取ろうとしない。

 しばらくの沈黙の間、二人は見つめ合った。

「どうしたの?」

「なにこの変なやりとり」みつほは吹き出して笑った。「あはは、おかしい」

「だって、こういうものなんだから仕方ないじゃないか」一輝は照れたような怒ったような顔で言う。

「それ、私はいらない」

「え?」

「お釣だけもらっておくね」

「お守りは?」

「あげる」

「へ?」

「それ、私のじゃなくて、一輝のだから」みつほは、ほんの少し視線を斜めに落として、つぶやいた。「八百円で守れるなら、安いもんでしょ……」




(そういえばそんなこと……、あったな)

 一輝は口元を緩めて鍵を抜いた。鍵を掲げて、お守りを目の前にぶら下げる。

 どこにでもよくある形の、地味なデザインの、自宅で見慣れたただのお守り……。

 いつもこの鍵につけてあったはずなのに、もうまったく見えてなかった。気にもしてなかった。


(だから、効力なかったのかもな)こんなもの……、と言ってはなんだけど、お守りなんて効果はない。でも、なんだかおかしくて、一輝は一人で小さく笑った。


 お守りに直接の効果はなくても、こういうものって、あげたり、もらったりした側の気持ちがそれなりにあって、そういう形のないぼんやりとしたものが、たまに、ほんの少しだけ、そう……、パスタにかかったバジルくらいには効果を発揮することがあると思う。


 ただ、あまりに見慣れてしまったものは、いつの間にか当たり前になって意識しなくなる。


 目には見えていても、見えていないのと同じ。


 自分の躰も、命も、健康も、平和も……、全部そう。すべて、失わなければ気づかない。それがどれだけかけがえのない大切なものだったかということに。


 戦争の中だからこそ、人は平和を求める。


 病気になって初めて、健康を取り戻そうとする。


 死ぬ間際になって、一度限りの命だったことを認識する。


 でも、大体の場合はすでに手遅れ。間に合わない。そうなる前に、当たり前の大事さを理解して、必死に行動すれば失わずに済んだのに……。遅すぎた気付きの跡に残されるのは、いつだって後悔だけ。


 一輝はキーを差し込みエンジンをかけた。


 主人の帰りが遅かったせいか、始めは不機嫌そうだったエンジンも、アクセルを踏み込みしばらく走るうちにいつものご機嫌な音に戻ってくれた。

連続更新7日目、最終日です。

ご覧いただいた読者の皆さん、いつもありがとうございます!

次回更新は2016年5月5日(木)です!よろしくお願いしまーす!

(また近々連続更新やりますのでお楽しみに〜

※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。


※当作品内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。すべての文章、画像等は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

[ Copyright 2016 Koma Aoi. All rights reserved. Never reproduce or replicate without written permission. ]

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