14. 辞めてきた男
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TVアニメ「終わりのセラフ」OSTより 澤野弘之
『[A]pa-t』
https://www.youtube.com/watch?v=NVHImsLITPk
ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでくださいな。
14
「別に……、謝罪なんかいらねえよ」後醍醐は、大野と名乗ったSAT隊長に向かって、小さく言い放った。しかし、手土産の花束とフルーツカゴは、すでにゴリラの胸にしっかりと抱かれている。
「あの時、私の部隊が去らなければ、君たちは……」大野は俯く。
後醍醐は、相手の弁を鼻で笑い飛ばすようにして言った。「あんた達が居たってなにも変わらなかっただろ。むしろ足手まといになって、俺たちはもっと酷い怪我をしていたかもしれねえ。なあ、お前ら」
同意を求められた左右の永峰と脇坂は、「まあ……」と気まずそうに頷く。
「上からの命令だったんだろ?」後醍醐は、無精髭の生えた顎を撫でつつ大野を見上げた。「なら仕方ないじゃねえか。お前に否は無い。軍人だろうと警察官だろうと、所詮俺たちは、権力の犬に過ぎない。上からの命令は、原則、絶対だ」
大野は丸刈りで、彫りの深い顔に太い眉が印象的な濃い顔つき。朴訥とした佇まいに嫌なものはなく、どちらかというと好感の持てる紳士的な雰囲気を匂わせていた。後醍醐ほどではないものの、肩幅もあり手足も太い。スーツの上からでもわかるくらいには鍛え上げられている。年齢は永峰や脇坂よりも年上で、後醍醐よりは若く見える。
大野は、隆々とした体躯丁寧に折り曲げ「すまなかった……」ともう一度深く頭を下げた。
「だから、いいって言ってるだろ……」肩を竦めて苦笑した後醍醐は、それでも頭を上げない大野の姿をしばらく見つめた後、小さくため息をついて「まあ座れや」と告げた。自分よりも若い大野の純朴そうな目つきには、なにか心に訴えかけるものがあったのだろう。入り口付近に置いてあった丸椅子に座るよう促した。
「で、何の用なんだ?」後醍醐は、神妙な面持ちの大野を覗き込むようにした。
「いや……、私はただ謝罪に……」大野は、少し焦りを見せた。
「嘘つけ」後醍醐は大野の言葉をかき消す。「あんたの顔見てりゃ、それだけじゃないのはわかる。他にもなにか言いたいことがあったから、わざわざこんな都会の外れの汚ねえ病院まで来たんだろう……。違うか?」
後醍醐の追求は正解だった。思いつめた表情で目線を床に落とした大野は、しばらくそのままの姿勢で黙り込んだ。
後醍醐は、相手の反応を待つ間に、手元のフルーツカゴを永峰に、花束を脇坂に手渡し、目配せした。花も土産も飾っておいてくれ、という意味だろう。
しばらくすると、大野が重たい口をようやく開いて後醍醐を見据えた。
「……SATを辞めてきた」
予想外の返答に、NARDSFの三人は一瞬驚きの色を浮かべた。
ほうと息を漏らした後醍醐は、平静に「なぜだ」と聞いた。
「正義が見えなくなった……、といえば聞こえがいいだろうか」即答した大野はしかつめらしい顔だったが、どこか照れくさそうに笑っているようにも見える。「確かに、あなたのいう通り、私たちは上からの命令に従って動くのが仕事だ。しかし、だからといって目の前で危機に陥っている者たちを見捨てて政治家だけを救出に向かう……。果たしてあれが、正しい任務と言えるだろうか。あの時、危険は明らかに一階ホールの君たちの前にあった。仮に私が役に立たなかったとしても、あれは、本来あるべきSATの理想の姿ではない。だから、これからもあのような任務を続けさせられるくらいなら、潔く辞めたほうがいい。自分のためにも……。そう思った」
「なるほどな」小さく頷いた後醍醐は、冷たい口調で言い放った。「まあお前さんがどんな理由でSATをやめようとそれは自由だが……、組織なんて所詮そんなもんだ。俺たち軍隊だって、警察と似たような物。お上には絶対逆らえない。この国にとって、正義や理想なんていう上っ面の言葉は、とっくの昔に使い古された、飾り物にすらならねえガラクタなんだよ。俺たちの国は、もはやそんな甘い言葉だけで乗り切れるような状況じゃねえ」
「……しかしあなたたちNARDは違う!」大野は真剣な表情で言い募った。「こんな状況でも、自らの正義に則って、権力に束縛されることなく自由に任務に就き、理想を追い求めている……。ここは病室だったな。大きな声を出してすまない。だが、これは勝手な観測だが……、少なくとも、私にはそう見えた」
「なにが言いたい」目を細めた後醍醐は、太もものような両腕を組んで大野を睨むように見据えた。「俺は、昔から回りくどいのが好きじゃねえ。言いたいことがあるならはっきり言え」
「結論から言わせてもらう……」大野は若干の怯えを浮かべながら言った。「君たちは、狙われている」
後醍醐は片側の眉をゆっくりと上げてから、口の中で頬を舐めるように舌を動かした。
永峰と脇坂の二人は、互いに目線を交差させた後、神妙な面持ちでかすかに震える大野を見る。
大野は、三人分の男臭い視線を吟味するように受け止めてから、話を続けた。
「あの日、警視庁本部から下された命令は、明らかに悪意のあるものだった。私はSATを十年経験したが、あれ程までに悪意を感じさせる命令は過去に一度もなかった。こちらが怪物との戦闘で必死の中、まるで、どこかで誰かがあの場の状況を観察していて、君たちを見捨てるための最適なタイミングを探していたように、退却命令が出たんだ」
「あの日の指揮系統のトップは誰だ?」後醍醐が間髪入れずに聞いた。
「直接の指示を出していたのは警視庁本部だった。だが、恐らく最終的な判断を下していたのは陸軍軍部だろうと思う」
「だろうな」後醍醐は口を斜めにして不敵な笑みを浮かべた。「俺たちが狙われてるだって? んなこたあ、あんたに言われなくたって重々承知してるさ」
「話はそれだけじゃないんだ」大野は、必死さから自然に声が大きくなっていることに気がついたのか、再びヴォリュームを絞るように声を潜めた。「これは、私が直接関わった案件ではないが、警察内部の知人からの有力な情報だ。そしてこれは、どのメディアでも一切報道されていない」
「ほう……?」後醍醐たち三人は興味ありげに聞き入った。
「事の発端は先月、三月初旬だ。都内近郊で合成麻薬の大型密造プラントが発見されるという事件があった。匿名の通報を受け、摘発の為に警察が踏み込んだ時点で、プラント内にいた関係者や研究者と思われる人間たちは全員死亡。銃撃による他殺と断定された。プラントでは、非合法の麻薬や覚せい剤が大量に生産されている様子だったが、摘発の情報を事前にキャッチしたのか、物的証拠の多くは持ち去られていた……」
「まあ、よくある話じゃねえか」後醍醐は期待はずれな顔で肩を竦めた。「裏組織の内輪揉めかなにかだろう」
「いや、本題はここからだ。そのプラントは、過去に摘発、解体されたどのプラントよりも大型で、上階の他に、陰徳された地下研究所のある二重構造となっていたらしい。その最深部では、一般的な爆発物や兵器の他に、特殊な生物兵器や人造兵器の研究がされていた……」
「なんだと……」後醍醐はわずかに身を乗り出し顎を上げた。
「地下研究所に残されていた端末をハック調査したところ、ほとんどのデータは持ち去られたか抹消された後だったが、通信履歴などいくつか残っているデータがあった。そのデータを解析した結果、はっきりとは言えないが、プラントはy3の信者と思われる人間たちが運営していたことがわかったらしい。殺害されていた関係者の身元は今も調査中だが、恐らく被害者もy3の信者とみて間違いないだろう。そして、その端末の中には、開発中の生物兵器のホログラムデータと、それらを使用する攻撃予定の対象者リストがあった……。そこに載っていたのが、君たちNARDSFと新設されたNFIだ」
「なんか、ホラー映画みたいっすね……」脇坂がおどけて言うが、目は笑っていなかった。
「うるせえ、黙って聞いてろ」後醍醐は小さく凄む。
「すいません……」
「話はそれだけじゃあない。更には、それ以外の記載されていた攻撃予定箇所が、全国同時爆破テロの起こった位置と完全に一致する」
「それは、事実か」後醍醐は鼻息を荒くして聞いた。
「百パーセント確証があるとは言えないが、信頼できる筋からの情報だ。間違いないと思っておくに越したことはないだろう」大野は、神妙な面持ちで言った。
後醍醐は生ぬるい息を鼻から吐き出し、左右の二人を交互に見た。
「それからもう一つ」大野は神経質そうな目線を動かした。「これも、私が直接見た訳ではないから定かではないが、あの夜、総理官邸に現れた謎の生命体と、プラントで発見された生物兵器のホログラムデータが、どうやらほぼ一致するらしい」
「そうか……」後醍醐は深く頷いて、ゆっくりと目を閉じた。
「……でも、待ってください」再度、脇坂が口を挟んだ。「あの日起こった同時爆破テロは、官邸に現れたアギートとかいう黒軍服の男たちの仕業では?」
「それは、私にも正確なことはわからない」大野は軽く首を横に振った。「だが、すべての情報を加味して状況を精査すれば、君たちの命が危険に晒されている可能性が低くはない、と私は思う」
「なるほど……」
「現に、筑紫の北部中央基地は爆破されたしな……」永峰はつぶやき、目を閉じたままの後醍醐を見た。「しかも、事前には公にされていないはずのNFIの存在まで知られていたとなると、偶然の一致にしては出来過ぎていますね」
「ああ」大野は頷いた。「だから私は、こうして君たちに警告をと思い……」
すると、目を開けた後醍醐は大野の言葉を遮るように口を開いた。「忠告は非常にありがたい。貴重な情報提供も感謝する。警察関係者にも、まだまだ骨のあるやつらがいることがわかって、俺は嬉しい。だが、あんたは少し勘違いしているようだ」
「……勘違い?」大野は顔を斜めに傾けた。
「ああ、そうだ。確かに俺たちは、政府の意向とは相反する任務を行うことも多い。なんなら、俺たちNARDは、政府や軍部を疑うことが任務であるとさえ言える。そんな俺たちNARDスペシャルフォースが各方面から敵視されるのは必然だろう。だが、それは百も承知……。確かに危険というものは、時には避けることも必要だ。だがな、危険があるからといって、それを避けてばかりいても危険は無くならない。避けた危険は、自分たちをどこまでも追いかけてくることだってある。だからこそ、危険は最終的に、根本から徹底排除するしかないんだ。……あんたのおかげでまた一つ危険を排除しやすくなった。感謝するぜ」後醍醐は口を斜めにして微笑んだ。
後醍醐の様子に面食らった大野はしばらくそのままの表情で黙っていたが、やがて目を細めて微笑した。「後醍醐少将。あなたにひとつ、聞きたいことがある」
「なんだ」後醍醐は顔を上げて大野を見据えた。
「君たちの過去の任務実績を知る外部の私が見る限り、どうもNARDSFという部隊は、時々、国の意思や政府の意図とは違った目的を持って動いているように見える。なぜ君たちはそこまでして、危険を顧みずに戦えるんだ」
「そりゃあよ、うちは、部隊を管理してるボスがちょっと特殊なんだよ」後醍醐は口を斜めにして笑った。
「大隈大臣か」
「ああ、そうだ」後醍醐は頷く。「確かにちょっと変わったお方ではあるが、俺には、あの人にはちょっとした恩義があるんでね。だから、あの人の為だったら死ぬことなんて恐れない」
「そうか……」大野は和かに表情を緩めた。「……君たちNARDSFは、一体何の為に戦っている?」
「詳しくは言えねえ。関係者以外には極秘の事項っつうやつだ。俺はな、あんまり正義なんていう言葉は口にしたくはねえんだ。そんなものは、所詮、意味が曖昧で中身も薄いし、実態が無い。受け取る人間によってみんなそれぞれ少しずつ違う。そんな言葉、履くだけ無駄だと思わねえか? だったら、この腐った世界で自分の理想と正義を貫くには、無駄口たたかず黙ってじっと躰を張って、自分自身の行動で証明するしかねえ。俺はそう思っている」
「それが、環境エネルギィ省大隈長官の考えでもあるのか?」
「ああ……、そうかもな」後醍醐はかすれ声で頷いた。
しばらくの沈黙があった。
大野は、後醍醐の言葉を噛みしめるように何度か瞬きをして言うと、ゆっくりと立ち上がった。「そうか……、わかった」
「あんた、大野とかいったな」後醍醐は、立ち上がった大野の顔を見上げる。「このご時世に、天下の大警察さまを辞めて、これからどうするつもりなんだ」
「そうだな……」大野は、窓の外に向かって目を細めた。その瞳には、もしかしたら、あの大きな黒壁が映っていたのかもしれないが、彼の黒目がちな瞳では、それははっきりわからなかった。「私も、SATではなく、NARDSFに入っていれば、なにか世界が変わっていたのかもしれないな……」
「今からでも遅過ぎるっていうことはないと思うぜ」後醍醐は口を斜めにして顎を撫でた。
「いやいや。私はもう、燃え尽きたよ……」大野は首を振って、力なく笑った。「でも、最後に君たちのような軍人に出会えてよかった。まだまだこの国も捨てたもんじゃないな……」
「褒めてもなにも出ないぜ」
「そうだな」大野は微笑んだ。「……私はこれから、田舎に戻って畑でも耕すことにするよ」
「食料の少ないこんな時代だ。それもいいかもしれない」後醍醐はベッドに座ったまま、グローブのような片手を差し出した。「俺たちは、この国の食料や土壌を守るのも、大事な仕事なんだぜ」
「頼もしいな」
二人の男は笑顔で握手を交わした。
現在、2016年4月30日(土曜日)まで間、当作品の連続更新を行っています。いつも無告知ですみません。次回投稿は明日27日水曜日です!よろしくお願いします!
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