13. 所長 薫子
今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!
TVアニメ「終わりのセラフ」OSTより 澤野弘之
『pfSOTEad2』
https://www.youtube.com/watch?v=hZKsLOLQp84
ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでくださいな。
13
時刻は十二時五十分。自然研究所五階、研究会議室の前。
白くて清潔感のある広い廊下には、みつほ、巧、平太、エミリの、四人のNFIメンバが集まっていた。
事件が終結して以来、顔を合わせていない同士が、どこかぎこちなく、よそよそしく会話を交わした。
みつほは、袴田千草の一件を、巧と平太に伝えようかと悩んだ。けれども、少し考えあぐねている間に、こちらの思考を察したのか、エミリが素早く扉の前に立って入室用のICチップが埋め込まれたパスを壁面のスキャナにかざしてしまった。
すると、まるでSF映画のワンシーンのように、フシューという軽快なエア音を立てて両側に開く白いドア。
仕方なく諦めたみつほは、先行した三人に続いて入室すると、そこには既に、NARDSFの制服を着た女性隊員が一人、白くて長いデスクの前に座っていた。彼女は、先日の司令室で、ニーナの右前に座っていた髪の長い女性だった。
部屋に入ってきた四人に気づいた彼女は立ち上がり、坂口と名乗った。
初めてまともに出会う先輩隊員に対し、新米の四人は各々自己紹介をする。
「みんな、この前は本当に大変だったね……。お疲れさま」
長い髪を頭の上で団子状にまとめた坂口は、人懐こい笑顔で顔を傾け、耳がこそばゆくなるような愛らしい声で四人の新人を労った。
坂口を一目見たみつほは、(可愛い先輩……。きっとこの人、男性隊員にモテるんだろうなあ……)と、余計な詮索を向けて、ほんの少しこみ上げた、疚しい羨望の気持ちを自分で恥じた。いけないとわかっていても、つい、いつもの悪い癖が突発してしまうのだ。
その後坂口は、今日、自分がここにいる理由は、現在、テロ後の収拾活動の為、全国に散っている各部隊からの連絡内容をまとめてこの場で報告することだ、と簡単に説明を加えた。
坂口に着席を促された四人は、デスクの向かって右側奥から、みつほ、巧、エミリ、平太の順で席に座った。
坂口自身は、平太と向かい合う、入り口に近い席に腰を下ろし、目の前に照射された大きなホログラムモニタをタッチしながら、時々、デスク上の照射キーボードをタイプして黙々と作業を続けた。これから行われる会議の資料を整理しているのだろうと、みつほは思った。
部屋には、不自然なほどの静寂が染み渡った。
時々、坂口がデスク上のキーボードをノックする、こんこんと乾いた音だけが響く。先輩隊員を前にしているせいか、誰もしゃべらない。
坂口の対角線上に座ったみつほは、退屈だったので先輩隊員の目を盗みながら始めて入った会議室を見回した。
室内は、壁も、床も、天井も、置かれたテーブルやイスも、すべて白色で統一されており、座っているだけでも目がチカチカして眩しい。まるでショートケーキの生クリームの中にいるような気分になり、さしずめ自分はクリームの中に挟まれたイチゴだろうか、と余計なことも考えた。
部屋全体が白いため、始めは大きな部屋のように見えたが、目が慣れてくるとかなりこじんまりとした空間だということがわかる。デスクと椅子以外に無駄なものは一切ない。もしかしたら、盗聴などを警戒し、外部に聞かれてはまずい重要な会議をするときに使う部屋なのかもしれない。
「あの……」沈黙に耐えきれなくなったみつほは、ひと段落して手を休めた坂口に声をかけた。「えっと、坂口先輩は、国防軍にいつ入隊したんですか?」
坂口は、少し驚いた顔を上げて、けれども優しく微笑んだ。「私はまだ三年目だよ」
「それなのに、司令官の補佐なんてすごいですね」口にしてから、いつもより大人しめ目の遠慮した声だなと自覚した。相手が先輩だから緊張しているのかもしれないけれど、でも、みつほは本気でそう思っていた。それから、坂口のことをちゃんと覚えているんだということも伝えたかった。
「そんなことないよ」坂口は肩をすくめて照れ笑いした。「私は、みんなみたいに力も技術もないから、今の仕事で精一杯。実は、あの時だって結構必死でてんぱってたんだから」
「本当ですか……。全然そんな風には見えなかった」みつほは息を漏らした。
「本当に」坂口は、いたずらっぽく笑った。「上官には内緒だよ」
「はい……」みつほも微笑み返して頷いた。「でも、私なんか、本当になにも出来なくて……」
「そんなことないって。あの時、後ろにいたのは……、高嶋さんと、それから、あなた、海馬くんだよね?」
「あ、そうです」
みつほの隣で巧が頷いた。「はい、俺もいました」
「あの時さあ、みんなが居てくれただけでも結構心強かったんだよ」
「いえ。生意気で、出しゃばった真似をしてしまったと、反省してます」巧が軽く頭を下げて口を開いた。
「いえいえ」坂口は巧を見て口を斜めにした。「実は私ね、あんなに大きな事件の補佐をやらせてもらったの初めてだったんだけど、なんか、みんなの勢いにすっごく励まされたんだから。本当に感謝してる」
「感謝……、ですか?」みつほが上目遣いで聞いた。
「うん。だって、橘さんと大鎚くんだって、大活躍だったじゃない」
坂口の正面に座っていた平太は、褒められたことに気を良くしたのか、急にだらしない崩れた顔になり「どうも」と会釈した。
反面、エミリは黙って静かに頭を下げた。
「それにね、あの場でみんなのやり取りとか現場での発言や行動を見聞きして、本当に感激したっていうか……。なんかさ、みんな、若いし強いし熱いな! 私も負けてられないな! って、こう胸が熱くなったというかさ……!」嬉しそうに興奮した様子で語る坂口は、目尻に皺が寄るほど破顔だった。「何年か軍隊にいるとね、どうしても人の死と向き合ったりすることを避けられないから、結構気が滅入ったりすることも多くて……。でも、みんなの戦う姿を見て、改めて気を引き締めさせられた。多分、そう思ってるのは、きっと私だけじゃないよ。NARDSF内は、もうみんなの話題で持ちきりなんだから!」
「へえ、マジすか……」平太は驚いたのか、きょとんと肩を落として呟いた。
「まじまじ、大マジよ」坂口は平太にウィンクする。「あ、そうそう。それにしてもさ、大胆なことしたよね」
「え……? 大胆?」
みつほは、坂口が言いかけた言葉が気になって聞き返そうとしたが、坂口は急にしかつめらしい顔で、口を噤んでしまった。
気づけば、時刻は十三時。
坂口が黙り込んだ原因がすぐにわかる。
真っ白な白衣を着た背の高い女性を連れた大隈が入室してきたのだ。
座っていた全員は、すぐに一斉に起立。正確無比な敬礼を掲げた。
さっきとは打って変わって、硬質な緊張が場に降り立った。
白衣の女性は、上品な立ち姿で目を細めながら新人隊員の四人を、手前から順に見渡していく。
四人の中で最後に一瞥されたみつほは、女性と目が合った。
パーマのかかった栗色の髪の毛を丁寧にまとめあげた頭に、スクウェア型の大きめなべっ甲メガネ。その奥には、艶のある切れ長な瞳。高い鼻に、華麗な赤の唇、すらっと尖った顎。絵に描いたような美形の女性。同性のみつほにとっても、目が合うだけで少し照れくさく感じてしまうほど、相手の視線は色香に満ちていて、なによりも存在そのものに花があった。
白衣の女性はしばらくみつほと見つめ合った後、ゆっくりと視線を大隈に移し、少し枯れたハスキィな声で言った。「この子たちが、NFIですか?」
「そうだ」大隈は低い声で、自信有り気に頷いた。
大隈の返答を聞くや否や、その女性は無言のままこちらに近づいてきた。足元の艶やかな紫色のヒールが、真っ白な床をコツコツと叩く。
白衣の女性は、三人を通り越してみつほの背後に立った。
「ひぃ……」もしかしたら、驚いた声が漏れてしまったかもしれない。みつほは後悔したが、時すでに遅し。
予想していなかった状況に緊張したみつほは、姿勢を正し、ばりっと糊の効いたシャツに着させられたように背筋を張り伸ばした。その様子を横目に見た坂口は、なぜか必死に笑いをこらえているような顔に見えた。
(坂口先輩、なんで笑ってるの……?)
「あなた、名前は?」
「は、はい」みつほは正面を向いたまま、声を張り上げた。「私は高嶋みつほ准尉です!」
「そう……」女性は頷くと、突然背後からみつほの両腕をがっしりと掴んだ。か細い指が、制服越しでも冷たく感じた。「あなた、筋はいいわ。バネがあって、体幹がとても安定してる。身体能力の成績が高かったみたいだけど……、なにか特別なスポーツをやっている?」
「えっと……、幼少の頃から空手を少々……」動揺しながら答えた。
「なるほど……。あとは、精神力と度胸をもう少し鍛えないと……、ね」ハスキィな声が、背後で微かに笑ったように聞こえた。そして、常々、自分でも自覚している心の弱さを見抜かれたようで、心底驚いた。
女性は次に巧の背後に立った。それに気づいた巧は、聞かれる前に名前を答えた。「海馬巧准尉、二十二歳です」
「知っているわ。あなたは、海馬隼人少将の息子さんだったわね」
「はい、そうです!」巧ははっきりと答えた。
すると女性は、みつほの時と同じように巧の腕を掴んだ。「……ふう。確かに、よく鍛えてはいるようだけど、どうも体のバランスがよくないわね」
きっぱりとそう言われた巧の顔が、徐々に神妙な面持ちに変化するのをみつほは見逃さなかった。
「あなた。どこか、体調不良とか持病があるの?」
「心臓に……、少し持病の発作が……」巧は、半分振り返った横顔で告げる。
「やっぱり……」
女性が頷いた瞬間、巧は激しい呻き声を上げて身体を仰け反らせた。
驚いたみつほが女性の手元に視線をやると、彼女は背後から巧の腰を掴んで、親指を強く押しつけているようだった。
「ここ、痛いでしょ」
「は、はい……、痛いです」頷いた後、巧は再び呻いた。「ううっ……!」
「タバコとお酒は飲むの?」
「いえ、どちらもやりません」
「なにか常飲している薬がある?」女性は押さえつけていた手を離した。
「はい、いくつか心臓の薬を……」巧は、手を離されても尚、苦痛に歪んだ顔でいる。
「腎臓がやられてるかも」
「じんぞう……、ですか」巧は首だけ後ろを振り返って女性を見る。
「肝心要は肝腎要。肝臓と腎臓は、人間の身体にとって非常に大切な濾過機能を司る臓器。薬の影響もあるかもしれないけど、少し気を張りすぎよ。肩の荷を下ろしなさい。極度の緊張やストレスは、あなた自身の身体を蝕むもの。もっと気を軽く持って、リラックスしないと」女性は巧の両肩をぽんと叩いた。
「あ、ありがとうございます……」巧は、戸惑いながらも笑顔で小さく頷いた。
続いて女性は、スムーズな動きでスライドすると、今度はエミリの背後に立った。けれども、エミリに対しては「後ほどゆっくり」と一言告げて終わった。エミリ自身も、後ほどという言葉の意味を理解しているのか、無言で頷くだけだった。
次に、平太の後ろに立った白衣の女性は「問題はあなたね……」と言うや否や、自身の片足を平太の左足に絡み付け、そのまま左腕と上半身を平太の右脇の下から潜り込ませるようにして、平太の身体をくの字型に折り曲げるようにして両手で首根っこを掴んで押し下げた。
「ぐへえ……!」
一瞬にして、潰れたあんぱんのような顔になった平太は、これ以上にない苦悶の表情を浮かべて白目を剥いた。
「出たあ……、所長の十八番コブラツイスト……」苦笑した坂口が小声で囁いた。
ほつれた二人は、双頭のキメラ状態。
みつほら新人隊員は、突然の出来事に唖然とする他なく、いつもは冷淡なエミリでさえも、目の前で苦悶する平太を見つめたまま立ち尽くしていた。
「ちょ……、マジ……、グィブ、グイヴウ……!!」
平太が片手でデスクを叩くと、メガネの女性も繰り出した技の出来栄えに満足した様子で、乱雑に全身を解いてやる。平太は、履き古したステテコのように床に沈み込んだ。
「なんなの?! その怠け切って、たるんだ醜い躰は!」白衣の女性は、平太を鋭い視線で見下ろして、厳しい罵声を浴びせた。
声にならない声を上げて、沼に沈んで助けを求めるように、平太の震える手だけが白いテーブルから顔を出す。「助……、けてエミリ……」
「自業自得」いつもの白けた表情に戻ったエミリは、平然と言い捨てる。
「そんな……」平太の手は、ゆっくりと縮んで白い床に飲み込まれた。
「おいおい、薫子くん……」顔半分の筋肉を引きつらせて苦笑する大隈。「ちょっとやり過ぎじゃないかね……」
「いいえ、長官。彼の体型は、明らかに不摂生による肥満。これからこの国の安全と平和、未来を背負って立つ軍人としてあるまじき姿です。ましてやNFIに選ばれておきながら……」床に這いつくばる腐ったトドかブタのような平太を見て呆れ顔になった女性は、片手で頭を抱えて、露骨に苦悩する表情を見せてため息をついた。「……それで、あなた、一日に一体どれだけのカロリィを摂取したらそんな体になれるの」
震えた片手をようやくテーブルにつき、生まれたての子鹿のようにかろうじて立ち上がった平太は、くの字型に曲がったポーズのまま答えようとしたが、曲げられた部分が痛むのか、まだ声が出ない。
すると、突如エミリが口を開いて、声の出ない平太に変わって質問に答えた。「一日五食。好きなものは肉、油物、揚げ物、お菓子、砂糖、清涼飲料水、日々の晩酌、タバコは一日最低二箱。お米や野菜はほとんど食べません」
「お前、平太の親かよ……」苦笑した巧が、口元を斜めに上げてエミリに言った。
「もう十年近くの付き合いなんだから、親じゃなくてもこれくらい知ってるでしょ」横目で巧を見据えて、エミリは淡々と答えた。
(一輝よりひどい……)みつほは心のなかでそう呟いた。
「ありがとう」白衣の女性はエミリに向かってそう言うと、平太に視線を戻して言い放った。「そんな身体じゃ、当分、私たちの理想とする姿には近づけそうにないわね。大隈長官、彼の体質改善プログラム、作成してもよろしいですね?」
べっ甲メガネの奥で鋭く光ったレーザービームのような目線に射抜かれた大隈は「あ、ああ……」と頷かざるを得なかった。
「ひい、それは大変だあ……」坂口は両手で口を覆いながら、憐れみに満ちた視線を平太に向けた。
「ところで、薫子くん……」大隈は、入り口のドアの前に立ち尽くしたまま咳払いひとつする。「そろそろ……、始めてもいいかね」
薫子と呼ばれた白衣の女性は、ふと我に返ったように居住まいを正した。「失礼しました……」
不思議そうな顔をしたエミリと巧、みつほ。畳に落とした豆腐のような顔で、デスクにしがみついたままの平太。
部屋の一番奥、上座の位置には大隈が座り、みつほの正面には白衣の女性が座った。みつほは、巧とエミリの向かいの席が空席のままなことが気になったが、あまり深くは考えないことにした。
みつほは、大隈と白衣の女性に一番近い席だったので、少しばかりの緊張感を感じた。そして、長い前置きを終えて、ようやく本番が始まったような気分になった。
女性は、改まった様子で四人を見渡し、小さく咳払いしてから自己紹介をした。
「自然研究所の所長をやらせてもらっています、後醍醐薫子です。よろしく」
現在、2016年4月30日(土曜日)まで間、当作品の連続更新を行っています。いつも無告知ですみません。次回投稿は明日26日です!よろしくお願いします!
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