15. 隠される情報
今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!
TVアニメ「進撃の巨人」OSTより 澤野弘之
『omake-pfadlib』
https://www.youtube.com/watch?v=MWK9HjWYWfc
ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでくださいな。
15
みつほは、しつこくこみ上げてくるあくびをかみ殺すのに必死だった。その度に、用も無いのに下を向き、涙で潤んだ瞳をぱちくりと乾燥させる。
会議が退屈だったわけではない。
ただ、こんな大変な状況なのに、どれだけ我慢してもあくびが出てしまう自分を悔やむ。
寝不足だから。
会議室が真っ白で眩しいから。
緊張しているから。
から、から、から。
こうやっていつも、尤もらくて、けれども訳のわから無い甘ったるい口実を頭のノートに書き殴っては消す作業。
本当に情けない。
会議の中で、袴田千草について話題が上がるかとも期待していたが、それはなかった。
大隈はただ一言、この場に来る予定のなかったみつほ、巧、平太に向かって「君たちなら来てくれると思ったが、無理はしなくてもよい」と微笑みかけただけだった。
たるんだ頭の中でも、みつほは、後醍醐と名乗った女性所長と後醍醐少将の関係性が気になった。けれども、そんなみつほの思いを他所に、会議は小気味良いテンポで進んでいく。
坂口はまず、全国同時多発テロにおける全体の状況を報告した。
被害の規模は未だにはっきりとしないが、現在の見通しでは、最悪の場合、死者は六十万人を下らないとも言う。すでに各メディアやインターネット上では、根源的大虐殺に匹敵する大事件に発展するのではないかと、まことしやかに囁かれ始めている、と坂口は付け加えた。
爆破被害を受けたのは全国で百八十箇所。この数字には、場にいた全員が感嘆のため息を漏らしたし、みつほもさすがに眠気が覚める思いだった。
標的にされた場の多くは民間の施設や観光地。その他、都内の行政機関に加え、各地の軍事施設からも多数の被害報告がなされているという。
中央棟を爆破された北部中央基地は、相対的に見て被害はかなり小さく、一輝と達也の動きによって死傷者を一人も出さずに済んだ。けれども、救出活動に乗り出している軍部の兵士たちにも、極度の疲労で体調不良を訴える者に加え、想定外の事故で死亡してしまった隊員も出ているらしく、その数は百人以上にも上る。
この基地から全国に飛んだNARDSFの報告によれば、核兵器や生物兵器などの使用形跡は無く、現場の放射能汚染や被害者の被曝被害、ウィルス感染等の被害報告は今の所上がっていない。
さらに幸いなことに、全国各地の原子力発電所や水源地、農耕地など、恒久的かつ甚大な被害が予想される重要資源地の被害報告は皆無。今回のテロは、我が国を混乱状態に陥れることで国力全体を弱体化し、軍事的に攻め入る隙を作ることが目的で、世界的にも稀少な資源地は敢えて攻撃対象から外したのではないかという見方が、軍内各所で強まっている。
実際、約五十万人以上いる国防軍兵士のうち、その半数以上となる約三十万人が、被害現場での救助任務に掛かりきりとなっており、一時的とはいえ、今現在、国全体の防衛力が大きく削がれていることに変わりはない。加えて言えば、こう着状態とはいえ世界全体は戦時である。大規模な爆破テロ事件勃発から間もない今、救出活動にも終わりの目処は立っておらず、また、いつどこで同じような攻撃を受けないとも限らない危機的状況といえる。
約一万人の隊員を抱える特殊師団であるNARDSFの隊員たちも、大多数が事件の現場へ赴き救助活動に就いている。北部中央基地に残っているのは、草凪美都里少佐の率いる戦闘機部隊約百名と、空軍の一部の待機要員のみという状況だった。
聖戦による核汚染が着々と広がる中、世界にかろうじて残されたいくつかの外国間では、互いの資源を虎視眈々と狙い合いという極度の軍事的緊張が長期に渡って続いているし、その状況で我が国全土を襲った今回の同時多発テロは、各国の緊迫した状況を軍事的衝突に導き、世界情勢を大きく悪化させる危険性を孕んだものであることは否めないだろうと、大隈が付け加えた。
中でも、昨年二○九八年中頃、中東で非常に大きな軍事力を誇示し、近隣諸国の領土、特に、非核汚染地域の大半を占拠したアヴァドニア強国とイスリア共和国の二カ国が軍事同盟を結んだことは、資源豊かな我が国にとっても大きな脅威になりつつあるという。
つまり、大きな騒乱に国全体が翻弄されているこの状況下で、どこかの国が攻撃をしかけてこないとは言えないし、万が一の事態が起きた場合、現在はかろうじて保たれている世界の軍事的均衡が崩落し、アヴァドニアとイスリアの軍事行動を中心に、世界が再び大きな戦乱に巻き込まれる可能性が高まっている、ということらしい。
そんな中、NFIの彼らにとって、一番身近で、解決するべき謎のひとつは、これほどまでに大規模なテロであったにも関わらず、犯行声明が一切出されていないことだった。事件の首謀者はもちろん、その手段や目的までもが未だに不明なのである。このような事態は、過去の事例を照らし合わせても珍しい例らしい。
テロリズムとは本来、行う側の政治的、宗教的な主義主張を、暴力や恐怖によって半ば強制的に通そうという手段に過ぎない。にも関わらず、ここまでなにもアピールのなされないテロ行為は、やはり異質だろう。
「私からの報告は以上となります」報告を終えた坂口は、大隈の顔を見ながら早口で告げると、今度は新人隊員たちをゆっくりと見据えた。「なにか質問や、不明な点があればお答えします」
坂口の告げる過酷な状況報告に、その場の全員が神妙な面持ちで沈黙していた。
大隈は一人、テーブルの上に肘をついて、組んだ両手に頭を乗せながら祈るような姿勢で黙している。方や後醍醐薫は、手元のノートに手際よくメモを取っている様子だった。
しばらく沈黙が続いたが、みつほは、一瞬、坂口と目があったので、片手を遠慮がちに挙げて口を開いた。
「あの……、すみません。私の勉強不足かもしれないのですが、今現在、私たちの国の外では、軍事的な情勢や戦況というのは、どういう状況になっているのでしょうか。どうしても、テレビや新聞、インターネットを見ているだけではわからないことが多くて……」
みつほの質問を受けた坂口は、微笑んで首を傾けた。「そうね。うん、それは無理もない。普段私たちが目にする表側のメディアには、正確な情報……、特に世界情勢や軍事にまつわる情報はなかなか出てこないから。私たちのように軍隊に所属していて、しかも、情報の中心にいないと、どうしてもそういう情報は手に入りづらいよね」
「どうしてそういう情報はメディアを通じて私たちの元に届かないのですか?」みつほが聞いた。
「理由はいろいろあるけど、まず第一に、政府と軍部がメディアに情報を提供していない。それが大きいと思う。それから、今現在のマスメディアの役割は、正確な情報を国民に知らすことではない……、ということ」坂口は真剣な眼差しをみつほに向けた。
「どういうことですか?」
聞かれた坂口は、上座に控える大隈の顔を横目で一瞥。続けてもいいか? と、確認を取るためだろう。大隈は頷き、軽く片手を差し伸べて、継続を促した。
許可を得た坂口は小さく頷き、話を続けた。「これはね、私の個人的な感想も混じってしまうけれど、今のマスメディアは、情報を大勢に知らしめるというよりも、むしろ必要な情報を国民の目から隠すために動かされているという部分が大きいと思う」
「情報を隠す……」みつほは、復唱するようにつぶやいた。
「そう」坂口はみつほを見つめて頷く。「テレビや新聞に掲載される情報には、もちろん正しいことや真実も多い。でも、多くの情報は断片的で、それだけを見ていては全体の繋がりがまったくわからない。例えば、メディアに流れる戦争の情報もそう。アヴァドニア強国とイスリア共和国が同盟を組んだ……。その報道は事実。でも、仮にその事実が表面的に報じられることはあっても、その出来事がなぜ起こって、どのような意図があって、裏ではなにが起こっているのか。それによって、私たちに国にはどのような影響があるのか……。全体を詳細に伝えて、報じるメディアは本当に少なくなったわね。だから、そのような断片的な情報のかけらばかりをどれだけたくさん眺めていても、視聴者や読者、国民の多くは、今、高嶋さんが言ったように、世界全体で起こっている本当のことはわからない……。というよりも、情報全体が、真実をわからなくするようにつくられている……、と言うほうが正確かな」
「なるほどお……」みつほは頷いた。「やっぱり本当にそうなんだ……」
「もちろん今は戦時下だから、ある程度の情報統制が行われるのは仕方ないと思うの。でもね、今のメディアの有様は異常よ。強権的な言論統制にも近い過剰さを感じさせるというか……、私には、すごく不気味に見える。それに、こういうメディアの不自然さは、なにも戦争が始まってからというわけでもないらしいし……」
「それからあれね」坂口の言葉が途切れた瞬間、薫子が鋭く口を挟んだ。「私が思うのは、今の世の中、誰も真実を必要としていないということ」
「おっしゃる通りです、所長」坂口は、愛らしい二重の瞳を大きく開いて肩をすくめた。
「確かにメディアのあり方にも疑問はあるし、私だって、過去に相当嫌な目にあわされた経験がある。でもね、元はと言えば、メディアを利用する国民側が、本当に必要で有意義な情報や、自分たちにとって知るべき真実を必要としなくなったのも一因だと思うの。国民が正しい情報を必要としなければ、発信する側のメディアだって、お金にもならない必要とされないものをわざわざ好き好んで提供する必要はないと思うのが、ごく自然だと思うわ」
「あの……、それと同じかわかりませんけど、昔、お母さんがよく言ってました」みつほは神妙な面持ちで切り出した。
「なんて?」
「私の家、米農家なんですけど、野菜やお米を買う消費者が、虫食いのない見た目がきれいで形の揃った野菜ばかり求めるようになったから、農家は農薬を使うようになったんだって。本当は農家だって薬なんて使いたくないし、少しくらい虫に食われてても食べられるのに、消費者が求めていないものを作っても売れないからって……。なんか、今のお話を聞いて、すごくそれと似ているなあって」
「本当にそうね……」薫子は穏やかに微笑んだ。
「お母さん、素敵ね」坂口も笑った。
「いえいえ、そんなそんな」みつほは照れながら片手を顔の前で振った。
ふと横を見ると、巧とエミリは、平然とした様子で場を俯瞰していた。二人にとっては、今の話は知っていて当然の内容だったのだろうか……。坂口の話に驚きの隠せないみつほは、二人の大人びた冷静な様子を見て、今さらなにを聞いている、と言われたような気がして、少しだけ恥ずかしくて、それから、面白くなかった。
坂口は話を続ける。彼女の顔の右半分はホログラムに照らされて、うっすらと緑色に輝いていた。
「情報戦争っていう言葉があるでしょ。士官学校を出たみんななら当然知っていると思うけど、戦争において情報というのは非常に重要なものなの。大切な情報をどう管理して操作するか……。敵国に大切な情報を知られないことはもちろん、時には、偽物の情報を意図的に相手に流してこちらの都合の良いように戦況を支配して動かす。それは、なにも実際の戦争に限ったことではないし、敵対している国同士の間だけで行われることでもない。私たちが暮らしているこの国の中でも、政府や軍部、メディアは情報を管理しているの。どの情報を流して、どの情報をせき止め隠すかを選択しているの。自分たちに都合のいい情報はバイアスをかけてタイミングよく流して、国民が自分たちの都合の良い方向に流れるよう操作する。逆に、自分たちに都合の悪い情報……、例えば国民には知られて欲しくないこととかは、敢えて報道管制を敷いて私たちには知らせない。当然、メディアもそれに加担しているよ」
「……でもよ、本当にそんなことって、あるのかよ……。なあ。オレ、正直信じられねえ」しばらく黙っていた平太が、怯えたように目を丸くした。隣のエミリになにかを乞うように視線を送るが、エミリは、平太の存在を無視するように坂口を見つめたまま黙っていた。
すると坂口は平太に視線を移して、頷いた。「……入隊したてのみんなには、にわかには信じられないかもしれないけれど、私のような軍部の情報に近いところにいる人間から見れば、それは疑いようのない事実なの。もちろん、私たちNARDSFだって、必要な情報を全部手に入れているかといえば、それはわからないけれど」
「愛咲くんの乗った飛行機の墜落事故が、メディアでは一切報じられないことからも、その事実がわかる」大隈が、ぼそっと言い放った。「君たちがあの日見た墜落事故も、誰かにとっては知られたくない情報だったというだろうな」
「報道管制とかって、マジであるのか……」平太は再びつぶやいて、大隈を見た。「それ、達也も言ってました。政府や軍がメディアに圧力をかけて情報を流させなくするのは、特別じゃないって」
「神代くんのいう通りだな」大隈は頷く。
「だから、私たちNARDSFはもちろん、NFIのみんなも、戦闘の技術面だけでなく、情報や諜報に関わる部分も熟知して、常に周囲の状況を熟慮する目を養ってもらえたらいいなって思っています」坂口は人懐こい笑顔を四人に向けた。
「あ、ありがとうございます……」みつほは坂口に向かって頭を下げて微笑んだ。
すると、真っ白な部屋の中に、薫子の叩く拍手の音が軽く響いた。
「坂口さんの言う通りね。誰かの言うことを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考え、自分の目で実際に見たことを理解しようと努力する。それと同時に、常に自分の確信を疑って、柔軟に変化し、対応できる姿勢……。それは、私のような研究者にとっても求められる大事な姿勢ね」薫は、坂口を見て目を細めた。「立派にNARDSFの理想を貫いているわ」
「いえ、私なんてまだまだですよ……。でも、お褒めに預かり光栄です」坂口は顔を赤らめて照れ笑いした。
「それで、世界情勢のお話は?」薫子は、べっ甲メガネの奥の細長い瞳を光らせた。「私も普段、研究所にこもってばかりでテレビとか新聞なんて見ないから、最新の情勢については興味があるわ」
「あ、すみません、忘れてました……」坂口はみつほを見て、ごめんね、と舌を出して謝罪した。
「いや、坂口くんは座りたまえ。それについては私から話そう」
大隈は、話を続けようとした坂口を制して話を引き継いだ。
現在、2016年4月30日(土)まで間、当作品の連続更新を行っています。いつも無告知ですみません。次回投稿は明日28日木曜日です!よろしくお願いします!
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