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10. 革命の黒

今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!


終わりのセラフ OSTより 和田貴史

『Demon's Reborn』

https://www.youtube.com/watch?v=1Gt4e7EPom8


ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでくださいな。

10


 都内、軍立病院。


 狭苦しくて、消毒臭い、コンクリート打ちっ放しの牢獄のような病室には、川の字に並べられた三つのベッド。その上には、総理官邸事件で負傷した後醍醐、脇坂、永峰の三名が寝かされていた。


 三人三様、全身の至る所に包帯を巻かれた三人は、まるで絵に描いたようなミイラ男と化していた。比較的重症な後醍醐に至っては、露出している肌が見当たらないくらいの酷い有様である。


「しかし、あれだな……」中央のベッドで仰向けになった後醍醐が不満そうに、濁った声を吐き出した。


 彼の寝ているベッドは、左右二人のベッドよりふた回り以上大きいダブルサイズ。



「野生ゴリラの入院費用は、通常の倍はもらわないとやってられない」



 ナースステーションに詰める白衣の天使たちが、口々に、嫌味を込めて冗談ぽく口走っているのを、脇坂と永峰は何度も聞いて、知っていた。もちろん、それを後醍醐に告げることはないけれど。


 後醍醐は言葉を続けた。

「……仲間が倒れた時に見舞いにも行けないということは、自分が倒れた時も、誰も見舞いには来てくれないということなんだな……。なあ、おい、脇坂、永峰よお」


「そうですね……、切ないです」後醍醐の左手、入り口側のベッドに寝る永峰が頷いた。


「しかし、これこそが軍人。怪我の功名。俺たちの活躍無くして、今は無いという訳だな。がはは」後醍醐は大口を開けて品無く笑った。


「そんなミイラ男みたいな姿で言われても全然説得力ないっすよ……」後醍醐の右手、窓際のベッドに寝る脇坂が苦笑した。「それと、怪我の功名は意味が違います」


「うるせえな。細けえことはどうだっていいんだ」後醍醐は首を右に傾けて、もう一度笑う。


「でも、隊長はいいですよね。一応、奥さんいるんだから……」脇坂は口を尖らせて、窓の外にそれとなく視線を送った。


「そりゃそうだ」永峰が口を斜めにしてほくそ笑んだ。「俺たち独身組なんか……、なあ、脇坂」


「そうだよ」脇坂が、永峰に同調するようにふざけた声を上げる。「いいよなあ、既婚者は」


「なんだお前ら……。俺をからかってるのか?」後醍醐は顔を左右に傾けて二人の顔を順番に睨む。「それから、一応って言うな」


「そういう訳じゃないっすけどお……」脇坂は半分笑いながら、わざとらしく不貞腐れた顔をして見せた。「奥さん、お見舞いには来ないんですかね?」


「なあにが奥さんだ、馬鹿野郎」後醍醐は、呆れた口調で言い放つ。「来る訳ねえじゃねえか。あいつは、どうせ俺が死んだって葬式にさえ顔も出さねえよ」


「いやいや、それはないでしょ、いくらなんでも」脇坂は口を斜めにして笑う。


「いや、薫子さんなら有りえるな。仕事命だし」永峰は真顔で天井を見つめたまま言った。


「あのよ、お前らな……、俺がどれだけあいつに苦労させられてるか知らねえからそういう軽口叩けるんだよ」後醍醐は鈍重なため息をついて目を瞑る。「あいつがもうちょっと奥ゆかしい女だったら、俺ももう少しはなあ……」


「なんすかそれ」脇坂は枕に顔を押し付けるようにして頭を傾け、後醍醐を見やった。「もう少し……、何ですか?」


「うるせえ、黙ってろ」後醍醐は、ぎろっと目玉を動かし脇坂を睨んだ。


「はい、すみません」脇坂は、わざとらしい棒読みのロボット口調で答えた。



 彼の寝るベッドの横には、理由のわからない不気味なシミの目立つ、汚れた壁。その中央には、雨と埃でうっすらと煙ったガラス窓が設けられていた。

 後醍醐は、脇坂を睨むついでに、窓から見える小さな空を見上げてみた。しかし、小さな窓からは、古びたコンクリの渡り廊下が見えるだけで、その他にはなにも見えない。とても殺風景な風景だった。


「しかし、相変わらずシケた眺めだぜ。この病室はよ」後醍醐は、煤けた天井に目を移しながら、舌打をした。


「窓に近づけば、もっとシケた景色が見えますよ」おどけた口調で言った脇坂は、片手の親指で窓を指し示した。


「……やめろ。あんな気色の悪いもの、いちいち見なくたって、嫌という程頭にこびり付いてる。あれを見る度に、吐き気がして目眩が止まらねえほど、胸糞悪くならあ」後醍醐は上を向いたまま、嫌悪したように言った。そのまま何か思いつめたような表情で黙っていたが、しばらく経って分厚く乾いた唇を開いた。


「……もう、あれから十年か」

「ええ」永峰が答えた。

「ついこの間、神崎の命日だったばかりじゃないですか……」脇坂が続ける。

「そうだったな」

「早いなあ。歳取ったんですね、僕らも……」


 まさに川の字のごとく並んだ三人は、じっと天井を見つめながら、そのまま黙りこくった。恐らく頭の中では、たった今話題に上った十年前のことを回想しているのだろう。この病室に初めて担ぎ込まれた時のことを思い出していたのだろう。



 窓から見える渡り廊下は、隣の病棟へ行くためのものだった。少し顔を起こせば、三人の寝かされている病棟と同じく、古びたコンクリートのひび割れた壁や曇ったガラス窓が見える。その不気味な様相は、病院というよりも、監獄か刑務所に近いかもしれない。それはおそらく、この病院の患者はもちろん、務める医者や看護師、職員たちも同じ思いだろう。


 しかし、曲がりなりにも、清潔感が重要視される病院施設であるにも関わらず、なぜそう感じてしまうのか。その答えは、この病棟の古さだけが原因ではない。根本的な原因、この場の古めかしさを、不快な不気味さに変換しているものの正体。それは、景色のずっと奥、遥か彼方の遠景に聳える、巨大な黒壁だった。


 その壁は、この地球上のなによりも広大なはずの大空さえも、まるで闇の緞帳の如く、すべてを覆い隠すように占拠していた。この場からかなり離れた場所にあるにも関わらず、まるで、手を伸ばせば触れてしまうほど近くに存在していて、今にも崩落して、こちらに覆いかぶさってくる……。そんな過剰な畏怖や恐怖を感じ、悍ましい妄想を掻き立てるほどに大きい。


 仰げば(つぶさ)に見えるはずの爽快なスカイブルーは極僅かで、その残された空の隙間さえ、大地から迫る硬質な闇の幕に飲み込まれてしまうのではないかと思うほど、逼迫しているように見える。空との境界線である壁の頂上は、抜けるような晴れ空の下でも霞んで見え、黒壁の常軌を逸した巨大さを物語っていた。


 後醍醐は、黒壁がなんの目的で建てられたものなのかは、まったく知らなかった。しかし、彼は、過去に一度だけあの壁に近づいたことがある。否、正確には、あの壁が建設される前に、あの壁が現在区切っている区画に近寄ったことがある、というだけのことだが。


 それが十年前。根源的 大虐殺(ソウルジェノサイド)の起こされた、あの日だった。

 実は、あの壁の元となる防護壁が出来たのは、確か十年よりももっと前だったと記憶している。


 あの壁を作ったのは、当時、戦争を推し進め、軍備や核兵器の拡充を推し進めようとする超保守右派政権に猛攻的な反発をしていた左派団体、宇宙真理革命会(通称、革命会)である。後醍醐も、それはよく知っていた。


 彼ら革命会は、都内南部を二区に渡って占拠し、自分たちの生活圏にしていたという。そのテリトリを周囲に誇示し守るために、違法に建造した物が、あの壁の始まりと言われている。もちろん、その壁は建設当初、大人であれば簡単に乗り越えられる程度の、何の変哲もないただのコンクリ壁だったことは、この国の有識な国民であれば、誰もが知る事実だった。


 つまり、あの壁が、今の悍ましい姿にまで成り果てたのは、根底的 大虐殺(ソウルジェノサイド)の後の事。あの壁の中で行われた凄惨な大虐殺を封じ込めるために、という理由で、政府と軍部が、僅かに残されただけのコンクリート壁を、あそこまで巨大なものに増設し拡充したのである。


 後醍醐は、あの壁の中に入った事は一度もなければ、中の様子も見たことはないが、根源的 大虐殺ソウルジェノサイドが起こされるより数ヶ月前、調査目的で壁の中に足を踏み入れた軍関係者の提出した報告書には目を通したことがある。

 そこにはこう書いてあった。



『革命会の作り出した封鎖地区は、元々そこにあった港南区と潮原区の面影を強く残した、変哲のない通常の住宅街のままであった。多くの住宅や住居は、彼ら革命会メンバの居住地として機能しており、その他、地下基地や武器庫、弾薬庫などの施設は一切見られず。革命会に所属するであろう多くの住民(構成員と思われる)は、武装テロ集団とは思えないほどに、終始穏やかで、一般的市民となんら変わりのない生活を営んでいるだけだった。外部との人的交流、物的流通も平穏に行われており、中には、革命会と無関係の、古くからの居住者も多かった。結果、地域を封鎖したコンクリート壁の建設以外には、他地区には無い特殊な違法性等は一切認められなかった』



 全てを記憶している訳ではないが、報告書の内容を要約すると、そういう表現だったように思う。つまり、世間から過激派左派とのレッテルを貼られていた<宇宙真理革命会>の実態は、内実は不明瞭ではあるものの、ただの想集団、場合によっては、人畜無害な宗教集団だったかもしれないという事だ。


 しかし、軍からの平穏な報告が上がったにも関わらず、史上最大の虐殺は起こされてしまった……。


 そして、大虐殺から十年が経った今、あの壁の中は政府と国防軍陸軍部によって完全に封鎖されている。内部がどうなっているのかは誰にも知らされていない。表向きには、事件当時のままが残されているとなっているが、それが事実かどうかを確認する術はない。あの壁の中は国家レベルのトップシークレットであり、その事実を知っているのは、政府の一部要人と軍部のトップの人間達だけだという。過去、後醍醐はもちろん、環境エネルギィ省長官の大隈でさえもその事実を知らされることはなかった。

(次回投稿は一週間後、2016年4月21日木曜日。連続更新再開の予定は未定です。テキストに余裕ができきた場合、原則としてTwitterアカウントにおいてお知らせしますが、告知なく始める場合もございます。あらかじめご了承ください。)


※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。


※当作品内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。すべての文章、画像等は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

[ Copyright 2016 Koma Aoi. All rights reserved. Never reproduce or replicate without written permission. ]

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