09. あなたの人生はあなたのもの
今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!
GUILTY CROWN OSTより 澤野弘之
『Release My Soul』
https://www.youtube.com/watch?v=S3yVyubh5w8
ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでくださいな。
9
運転席の中、二枚の窓ガラス越しに軽く手を振ったみつほは、ピンクのハンドバッグを持って車外に出た。仕方なく、エミリもみつほに続いて車を降りた。
「エミリ、おはよう!」みつほは、車の屋根越しに声を投げて微笑んだ。「もう躰、大丈夫なの?」
エミリは車にキーを挿しながら、彼女の顔を見ずに冷めた口調で答えることにした。「もうお昼。それに、大丈夫だからここにいるんじゃないの?」
みつほは首を竦めて口を斜めにした。「じゃあ、こんにちは? って……、その様子なら、いつも通りに元気そうね」
「光剣くんは?」ドアノブに手をかけ、ロックを確かめ終えたエミリは、変わらずみつほを見ずに研究棟に向かってゆっくりと歩き出しながら言った。
「は……?」エミリの突然の口撃に、みつほは意表を突かれたと言いたげな表情で声を裏返した。「な……、なんのこと?」
「光剣くんは、元気だったの?」エミリは立ち止まって、車の真横で棒立ちのみつほを、顔半分で振り返った。
「だから、なに言ってるのよエミリ。わ、私は別に……」
「行ってたんでしょ、病棟」表情を変えずに言い切ったエミリは、再び正面に向き直って、研究棟に足を向け出した。
みつほは、早足でエミリの後を追いかけながら、彼女の背中に向かって聞いた。「……なんで分かったの」
「さあ」エミリは、速足で歩きながら短く答えた。
エミリの横に並んだみつほは、顔を伏せて足元を見ながら答えた。「元気……、だったよ」
自分も彼女も、全く同じ靴に制服。どこか違和感。少し気恥ずかしい。みつほは、誰かに見られていないか気になったのか、何度もしつこく周囲を見回したが、幸い、誰もいなかった。
「そう……。ならいいんだけど」エミリはそっけなく答えた。
「エミリはいっつも、なんだってお見通しね……」みつほは、後手に組んだ手で持ったハンドバッグを揺らした。
「高嶋さんは、どうしてここに?」芝生に刻まれたコンクリートの階段まで来ると、エミリは研究棟を見上げながら、急に話題を切り替えた。二人は、広い階段を足並みを揃えてゆっくりと上った。
「え、どうしてって……、十三時から打ち合わせだって聞いてたから」
「今日は、休みじゃなかったの?」
「うん、休みなんだけど、結局基地まで来ちゃったし、せっかくだから参加しようかなって」
「そう」
二人は一度、更衣室のあるNFIフロアに向かうため、研究棟を通り過ぎて、NARDSF本部一階のロビーに入った。誰もいない静かなロビーは、暖房が効いて少し暖かかった。
エレベータホールに向かおうとした時、正面のエレベータのドアが開いた。中からは、ゴシックの制服を着た袴田千草が現れた。
彼女は、ロビィにいるみつほとエミリの姿に気付くと、伏せ目がちで近づき、小声で「おはようございます」と呟くように言った。こちらを見ようともせず、顔を横に背けながら二人の横を駆け足で通り過ぎた千草は、そのままエントランスの自動ドアまで歩こうとした。
その事に異様な違和感を感じたみつほは、ロビィ中央まで到達した千草の背中に声をかけた。
「千草、どこいくの?」みつほの高い声が、周囲の大理石に反響し、広い吹き抜けの空間にこだました。「これから打ち合わせだけど、参加しないの?」
エミリも、みつほの声に呼応するように振り返り、千草の背中を見つめてから、細めた目だけを動かして、千草の手元に握り締められた茶封筒に視線を移す。
二人と千草の距離は、約五メートル。二人に背を向けたまま立ち止まった千草は、しばらくそのままの姿勢で黙ってしまった。
「千草……、どうしたの? 気分でも悪いの?」みつほはもう一度声をかけた。
するとエミリは、みつほのすぐ後ろで「辞表」と一言、呟いた。
「……は?」振り返ってエミリを見るみつほ。「辞表?」
「袴田さん、辞表持ってる」エミリはもう一度、淡々とした口調で告げた。
二人のやりとりに気づいた千草は、慌てて、手元に握りしめていた茶封筒をぐしゃぐしゃに丸めて、胸元のポケットに押し込めて隠した。
みつほは、風を切るように千草に向き直り、数歩前へ歩み出た。
「どういう……、こと……、千草」千草の慌てた素振りから、封筒の存在を確信したみつほは、僅かに震えた囁き声で問い詰めるように声を上げた。
「いえ……、なんでもないです」千草は、入り口を見つめたまま、ぎこちない笑い声で小さく答えた。
「なんでもなくないじゃない、それ」
「いえ……。本当に、大丈夫ですから……」
「大丈夫って……」みつほは勢いよく彼女に駆け寄ろうとしたが、背後から接近してきたエミリに、片手を挙げて制された。
みつほは咄嗟にエミリの顔を軽く睨んだが、彼女は行くな、と言いたげな冷たい表情で首を横に振って返した。
みつほを制したエミリは、微かに震え出した千草の背中を見つめながら口を開いた。
「袴田さん。あなた、どこへいくの?」いつも通り、お決まりの冷淡な口調で言ったエミリは、みつほよりも数歩前へ出て、千草に近づいた。
「時間が……、ないんです」千草は、震えたような声で言い放った。
「時間……?」エミリは軽く眉を潜めた。
「私のことは、気にしないでください。大丈……」
「逃げるの?」エミリは、千草の言葉に覆い被せるように語気を強めた。
すると千草は、しばらくそのまま沈黙した。
空調の効いた温暖なロビィは、冷たい水を張ったような静寂に満たされ、支配された。
「あなたは、戦いが怖くなった……。違う?」エミリは、ゆっくりと千草に近づきながら、追い打ちをかけるように続けた。けれども、千草は反応しない。「別に私には、あなたの行動を止める義務もなければ、制限する理由もない。あなたの考え方を非難する権利もない。ただ、これだけは言っておくわ」
千草の真後ろまで近づいたエミリは、彼女の耳元で囁くように言った。
「失敗を恐れて逃げ出す人間は、絶対に変われない。戦うことを恐れる人間に、世界なんて絶対に変えられない」
「エミリさん……」千草の声は、僅かに泣いているようだった。
エミリは、後ろからそっと千草の右手を掴んだ。「私は、この手がどれだけ汚れても構わない。それで、世界が変わるなら」
「エミリ……!」みつほは、不審な行動を取るエミリを咎めるように声を上げた。
しかし、エミリはみつほを無視して続けた。
「でも、私はそれをあなたに強制する気はない。あたなの好きにすればいいわ」そう告げたエミリは、握っていた彼女の手を離して、一歩後ろに退いた。「あなたの人生は、いつだって、あなたのものだから」
「……ありがとうございます」と言った千草は、ぎこちない仕草でこちらを振り返り、エミリとみつほを交互に見て大げさに頭を下げた。ようやく振り向いた彼女の顔は、見事に引きつった笑顔で、けれども頬には、大粒の涙の雫が何筋も伝っていた。
「千草……、あなた……」みつほは、本当に久しぶりにみた千草の涙に、心底驚いた。
「……力になれなくて、ごめんなさい……!」千草は、老化した砂壁のように崩れ落ちそうな顔でもう一度素早く頭を下げると、そのまま玄関を向いて一気に駆け出した。
「ちょっと、千草ってば!」みつほは叫んだ。
しかし千草は、みつほの声に振り向くこともなく、のんびり開く自動ドアの隙間を潜るように抜けて、前庭の芝生の階段を駆け足で降りていってしまった。
千草の姿が見えなくなった後、エミリはみつほの方を振り返って、再びエレベータホールに向かって歩き出した。
「行きましょう」エミリは、無表情で言った。
「ねえ……、エミリ」みつほは、自分の真横を飄々と通り過ぎたエミリを責めるような口調で言う。
「なに」名前を呼ばれたエミリは立ち止まった。
「なにじゃなくて……」みつほは肩を竦めた。「なにもあんな言い方しなくたっていいじゃない」
「そう?」
「もおう」吠えるように息を吐いたみつほは、エミリの横に駆け寄り、彼女のロボットのような無表情を睨んだ。「千草、なにか思いつめてたじゃない。あんなこと言って、辞めちゃったらどうするの?!」
「袴田さんは、そんなに弱い人?」エミリは、細めた横目でみつほを一瞥すると、再び歩き出した。
「弱いって……、それはわからないけど……」みつほは自信を失ったように口を窄めて尻込みした。「でもさ、千草って結構繊細だし、昔から大人しいし……」
「私はそうは思わないけど」エミリは冷たく言い放つ。
「でもさあ……!」
みつほがエミリを追いかけるように歩き出した時、正面のエレベータが開き、中から司令官のニーナが現れた。
純白の制服に身を包み、慌てた様子のニーナは二人の姿を認めると「袴田さんとすれ違わなかった?」と聞いた。
エミリが、千草が駐車場に向かって出て行った事を告げると、ニーナはロビィに向かって駆け出しながら、「あなたたちは先に行って、ミーティングに参加して」と告げた。
「ニーナ司令はどうされるんですか」みつほは、大きな声でニーナに問いかけたが、その声は届かず、彼女は勢い良く玄関から飛び出して行ってしまった。
(次回投稿は一週間後、2016年4月14日木曜日。連続更新再開の予定は未定です。テキストに余裕ができきた場合、原則としてTwitterアカウントにおいてお知らせしますが、告知なく始める場合もございます。あらかじめご了承ください。)
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