08. 苛立ち
今話のi2M (image instrumental Music) はこちら!
終わりのセラフOSTより 澤野弘之
『RGS-7:罪』
https://www.youtube.com/watch?v=PzJI4ev7lTA
ぜひ、すばらしいメロディを聴きながら、作品のイメージを膨らませて読んでくださいな。
8
橘エミリは、自然研究所の正面駐車場に車を停めて、ダッシュボードの時計に目をやった。
緑色のランプが表示する時刻は十二時三十分。計算していた予定到着時間よりも十分遅い。
遅れた理由は明確。普段使用している正門にマスコミ関係者たちの目障りな人だかりが出来ており、基地内に入る為に余計な時間を浪費させられたからに他ならない。つまり、それがなければ予定通りの到着だったはずだ。
エミリは、些細な苛立ちを露わにして、ため息と舌打ちを同時に行うという高等技術を、車内で一人、披露した。
今、この北部中央筑紫基地にマスコミが集まる理由は、恐らく一つしかない。某テレビ局が中継した総理官邸事件の映像についてだろうと推測した。
彼女は当然、総理官邸内に無断で侵入したマスコミ関係者が撮影し、生中継した映像が、既にインターネットを通じて拡散し、話題に上がっているのを知っていた。
映像には、映りこそ悪いが、戦闘服を着た自分の顔と姿がはっきりと残されていた。大方マスコミは、あの映像を見て、公式に発表されていない部隊員の姿……、つまりNFIの存在を嗅ぎつけ、この基地に詰めかけたのだろう。
なぜこの基地にNFIがあることがわかったのだろうか。
(すべての基地への消去法的な取材の結果か。それとも……)
隠したい情報ほど、人前に晒されるのは早い。
人類史の刻んだ、至極一般的な法則に則っただけのことだろうか。
(それにしても、なんであんなところにカメラが……)
エミリはネットで見た映像をふと思い出しながら心でぼやき、もう一度、舌打ちとため息の合わせ技を炸裂させた。
写りの悪い短な映像とはいえ、自分や平太の顔が公になった事は、今後諜報任務などを遂行する上でプラスになることは恐らく無いし、エミリ個人の将来的展望にさえ、決して喜べる状況ではない。もちろん、思惑なんかなくても、不特定大多数の、どこの誰かもわからない大勢が見ているような場所に、自分の姿が映し出されて、見世物にされたと思うだけでも、吐き気がする思いだった。あんなものに喜んで露出したがる人間たちの気持ちが本当に理解できない。それは、エミリの幼少の頃からの永遠の謎だったし、その謎は、多分死ぬまで理解できないだろうと思う。
幸い、基地に入場する際、貴重な十分ほどの時間こそ奪われたものの、マスコミは地味なシルバーカラーの軽自動車に乗ったエミリに気付く事はなかった。
それでも、エミリの中は珍しく湧き上がっている、激しい苛立ちの感情は、なかなか終息する目処は立たずにいた。
原因は分かっている。あれだけ騒ぎになり、ましてや事件の映像までもが全国中継され、その後もネット上で流出、今も拡散し続けているとなれば、当然、今の自分の姿や状況、居場所、存在を、知られたくない人間に知られてしまった可能性は否定できない。その、他人の不始末によって起こされた、不測の、しかも自分ではどう後処理することもできない面倒ごとに対して、彼女は心底怒り、苛立っているのだ。
もちろん彼女は、遅かれ早かれ、こういった事態を避けて通ることは出来ないことも十分わかってはいるつもりだった。
(……それならば、戦うのみ。逃げないって、決めたのだから……)
エミリはなんとか自分の苛立ちを宥めるよう言い聞かせ、こみ上げる苛立ちの頭をぐっと下に押さえ込むように、大きく深呼吸。今度は、舌打ちはせずに済んだ。
すると、オレンジメタリックのコンパクトカーが、エミリの視界右側に入り込んできた。よく見慣れた、高嶋みつほの車だった。
今日は十三時から、自然研究所での打ち合わせと、事件の検査報告会を行うと、大隈から呼び出しを受けていたが、参加者は確か自分だけのはず。みつほも呼ばれているのだろうか、とエミリは思った。やっとなだめすかした苛立ちが、ほんの少し、舌打ちと共に顔を出しそうになったが、辛うじて、その事態だけは防ぐことができた。
自分は、彼女ほど自制の効かない人間ではない。
エミリはそう思った。
(次回投稿は一週間後、2016年4月7日木曜日です)
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