25. 絶対に
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「大隈長官は、穂花と会った事があるのですか?」一輝は、病室に訪れたしばらくの沈黙を破った。
大隈は軽く目を細めて首を横に振る。「恥ずかしながら私と愛咲くんは、お互い、仕事以外のことを触れたことがないのだよ。家庭や私生活の事は、なにも知らない。今思えば、もっと色々と聞くべき事、話す事があったのかもしれない。後悔しているよ……」
「そうですか……」一輝は残念そうに俯いた後、兄の胸元で眠り続ける愛咲穂花を見つめた。
彼女は、先ほどと変わらず純粋な顔で寝入ったままである。
「この子のことが少しでも分かればと思ったのですが……」一輝はもう一度大隈を見て言った。
「だが、この子が愛咲くんの娘だということは間違いないだろう。今思えば、彼はよく会話の中で、娘の穂花が……、と言っていたよ。よくよく見れば、彼の面影が残っている」一輝を見ていた大隈は、穂花に視線を移し、その寝顔を見ながら微笑んだ。「それにしても、まさかこんなに小さな子供だったとは……」
「この子は、恐らくまだ五才にも満たないと思われます」歩が口を開いた。「海外に出てから生まれた子でしょうか」
「分からない……」大隈は再び首を横に振った。「だが、年齢的には恐らくそうなのだろう」
「でも、この子は大隈長官を知っていた……」歩は視線を下に向けて、穂花の寝顔を覗き込みながら言った。
「ああ、それはきっと、彼女もさっき言っていたように、愛咲くんから聞いていたのだろう。彼は私のことを、愛着を持ってくまさんと呼んでくれていましたから」
「なるほど……」
「私の家内が、愛咲くんとは遠い親戚だ。彼女に聞けば、この子のことや彼の奥さんのことも、なにか知っているかもしれない。それは、私が日を改めて聞いておくことにします」
「お願いします」歩は軽く頭を下げた。
「いずれにせよ、この子は、愛咲くんの研究成果について、なにかを知っている可能性がある」大隈は、再び一輝の方を見て言った。「彼女は、記憶を失っていると言ったね?」
「はい」一輝は頷いた。
「橘くんがブレインハックをしても、彼女の記憶のことは、ほとんど分からなかった……、と」大隈は独り言のように言う。
「はい、そうです。恐らく、墜落事故のショックで、一時的に記憶を失っているのではないか、というのが僕たちの見解ですが、本当のところは、正直わかりません」
「なるほど……」大隈は深く頷いた。「しかし、君たちは、この子が墜落に巻き込まれることなく、空から降ってきたのを目撃した……、と言ったね」
「ええ。とても不思議な光景でした。背中から綿毛のようなものを生やして、こう、ふわふわと……」一輝は片手をゆらゆらと揺らしてジェスチャし、穂花が舞い降りてきた時の様子を再現しようとする。けれども、あの時の光景は、簡単には表現できないと思って、途中で手を引っ込めた。
「そうか……」大隈は深いため息混じりにそう言うと、腕を組んでしばらく考え込んでから口を開いた。「恐らく、この穂花くんも、君たちと同じようにソリッドカルスの力の影響を受けているのかもしれない」
「穂花が……、ですか」一輝が言う。
「そうだ」大隈は頷いた。「そう考えれば、十二個あったと思われるシャーレが一個だけ無くなっていたということも説明がつく。もしかしたら墜落の直前、愛咲くんが愛娘の命を救うために、緊急の手段としてなにかに使ったのかもしれない。それこそ、君たちがしたように、この子にソリッドカルスを食べさせたのかもしれない」
しばらくの沈黙。
大隈は一輝の目を見つめていた。
一輝は、大隈に見つめられて、少しだけ、あの日の行為を責められているような気がした。大隈にそのつもりがないのは分かっていても、自然と気まずくなって目をそらせてしまう。
大隈は、一輝の顔を見つめながら続ける。
「それに、彼女がソリッド・カルスを口にしていると考えれば、さっき彼女がここで、我々の目の前で、不思議な光を放って君を完治させたことも説明がつく」大隈は、同意を求めるようは表情で、歩に視線を送った。
「確かに……。そうですね」歩は頷いた。「ソリッドカルスというものが、どういうものかわかりませんが、背中に生えた綿毛……、あの不思議な光……。どちらも目の当たりにしてまった私としては、ありえない話ではないと思います」
大隈は歩の言葉を受けて、力強く首を縦に振った。「いずれにしても、彼女が失っている記憶は、今後、我々の向かうべき道を指し示すための鍵になることは間違いないだろう。そのためには、まず、穂花くんを保護し、ソリッドカルスの力の詳細を解明する必要がある。そうすれば、愛咲くんの求めた千年花というものが一体何なのか……、それを掴むヒントくらいは得られるかもしれない。光剣くん、もちろん協力してくれるね」大隈は、俯く一輝の横顔を見つめて力強く問いかけた。
一輝は、顔を上げて大隈の目をもう一度見つめた。そして、力強く頷いた。
「もちろんです。むしろ、ぜひ僕にやらせてください」
「私も、外部の人間ではありますが、なにかできることがあれば、全面的に協力させていただきます」歩も、大隈を見て言った。
「ありがとう……」大隈は強い口調で言うと、柔らかい笑顔を浮かべて二人の兄弟を交互に見やった。
その時一輝は、天使のように眠る穂花の寝顔を見ながら、心の中で誓いを立てた。
(僕が、守るんだ……この子を。絶対に)
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