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26. おやすみ (第1期完結!)

『終末に捧げる千年花』第1期はこれで完結となります!

長い長いプロローグ、読んで頂きありがとうございました。


Twitterでは以前少しだけ触れて告知しましたが、

最終話のテーマ曲は、第1期のメインテーマでもある

yucatさんの『全知全能の樹』。

https://www.youtube.com/watch?v=4Lcj4hfYMGw

(しかもyucatさんご本人、公認?! って言ったら怒られるかなw

yucatさんすみません!)


この曲は、初期プロットを作成している頃に出会った曲で、

実は橘エミリを中心に、今作のイメージはこの曲にインスピレーションをいただいたところからスタートして構築されています。

歌詞と物語の詳しい説明は敢えて省きます。

皆さんでぞれぞれ想いを馳せて、今後の展開を予想していただけたら幸いです。

もちろん、物語終盤には『全知全能の樹』も登場しますし……(ってパクリ?w)

1期に何度も登場したカタカナ4文字のアレも、実は全知全能の……、

って、ネタバレはこの辺にしておきますね。


それでは最終話、お楽しみください!

26


「たつやあああ!」

 我を忘れた平太は、泣きじゃくりながら無我夢中で駆け出すと、そこら中に散らばった大小の氷片を蹴散らすようにしながら達也の元へ駆け寄った。握っていたガバメントを乱雑にホルダにしまい込み、うつ伏せになって倒れた達也の体を抱き起こした平太の顔は、すでに涙と鼻水でぐちゃくちゃで、病気にやられたジャガイモのようなだった。


「たつやああ……」平太は、目にいっぱいの涙を垂らしながら、薄灰色になった達也の顔を覗き見た。


 血色を失った達也の顔は、一瞬死んでいるかのように見えたが、しばらくの沈黙の後、紫色に染まった唇だけが震えながらゆっくりと開いた。


「へ……、ヘイちゃん……」

「達也!」平太は、達也の反応に嬉々とした声を上げた。

「オ、オイラさ……、目が霞んじゃって……、なにも見えないや……。でも、ヘイちゃん、無事みたいで……、よかった……。はは、泣いて……、るの?」

「お前、なんでこんな無茶したんだよおお」

「だ、だってさ……、オイラだけ……、上でのんび……、り、寝て……、るわけ…、には……、いかない……、でしょ」

「ばかやろおお……」大粒の涙を流した平太は、黒いボディスーツに見を包んだ達也の細い体を強く抱きしめた。黒いスーツが、平太の雫に濡れる。

「痛いよ……、ヘイちゃん……」達也は、口元を微かに上げて微笑した。


 すると、背後から、苦しげなか細いエミリの声が聞こえてきた。

「一時十五分……、任務完了。総理官邸を……、解放……、しました」意識を回復したエミリは、両足をハの字に広げて上半身だけを起こし、インカムに向かって語りかけていた。しばらくすると両手を床に突いてゆっくりと立ち上がった。「至急、負傷者全員の……、救護を、お願いします……」


「了解」即座に返ってきたニーナの声は、涙に震えていた。

 今は、バイザモニタは完全にオフ。誰の姿も、情報も表示されていない。ただの透明なプラスティックの板と化していた。


「おまえら、よおやったなあ……」ニーナに続いて、守の、元気のない声だけが聞こえた。


「いいえ、まだ……、終わってない」

 エミリはそう言うと、足元をふらつかせながら、ゆっくりと達也に近づいた。


「意識が消失するかと思うほどに朦朧とする……」エミリは小さく笑った。守への報告だろう。「眠いような、苦しいような、今まで味わったことのない疲労感ね」

「あほ、無理すんな」

「貧血……、かな?」

「知らんわ」

「荒田くん、私、死ぬかもしれない」エミリは口を斜めにした。

「お前は、殺したって死なんやろ」最後の守の言葉は、少しだけ笑っているように聞こえた。「これから死ぬやつは、死ぬなんてよう言わんわ」

「確かにそうね……」


 エミリは、倒れこみたくなる気持ちをなんとか抑え、心と身体に鞭を打って一歩一歩、達也に向かって歩き出した。


「どいて」達也を抱える平太に向かって、冷たく言い放つエミリ。

「お、おまえ、大丈夫なのかよ……」平太はしゃがみ込んだままエミリを見上げた。

「いいから早く! どいてってば!」エミリは、その場を動こうとしない達也に露骨な苛立ちをぶつけるように大声を上げた。「あなた、神代くん殺す気?」


 エミリに睨まれた平太は、達也の胸元に目をやる。暗くてよく見えないが、頑丈なはずのスーツを突き破ったような、小さな穴。そこから、脈動と共に流れ出ている赤黒い血液。


 平太は、何も言わずに達也をやさしく寝かせてその場を一歩離れた。


 ふと横に目をやると、会議室の入り口付近に立ち尽くす夢野さくらとカメラマンの富澤と目があった。二人は、呆然としたまま、蝉の抜け殻のような顔でこちらを見ている。


 平太は、カメラを構えたままのマスコミ関係者たちに、なんと言おうか迷ったが、たった一言だけ「早くこの場から逃げてください」と伝え、後醍醐たちの側に歩いていく。


 夢野と富澤の二人は、震えたまま無言で頷いたものの、動く気配がなかった。


 エミリは、達也の頭もとで膝を折り曲げ、正座をするように座った。蒼白して、生気を失いつつある彼の頭を両手でゆっくりと包み込むと、自分の太ももにそっと乗せた。


「エ……、エミリん?」彼女の声に気がついたのか、躰を動かされた達也は、震える唇を必死に動かした。


「いいから。しゃべらないで」エミリは冷たく言い放つと、達也の傷口に両手を当てた。


「エミリん……、いつもはすごく冷たいのに……、今日はなんだか……すごく暖かいや……。エミリんに膝枕してもらえる日が来るなんて、誰が想像できたかな……」達也はかすかに口を斜めにして笑ったような表情になる。「あれ、でも、やっぱり冷たい……。なんでかな」


「いいから黙って」エミリは、先ほどとは打って変わって穏やかに言いながら、目を閉じ、手元に意識を集中させるよう深呼吸した。


「あのさ、エミリん……」達也は、エミリの制止を無視して続けた。「命とかさ……、生きてるってさ……、やっぱり……、一度は失わないと……、気づかないのかな……」


 エミリは、しつこく話を続ける達也に呆れ、軽くため息をついた。彼女の吐いた息は、真っ白な冷気となって、そのまま消えずにふわふわと宙を上っていく。


 エミリは上目でその白い靄を追いかける。

 部屋が冷えているからだろうか。

 それとも私が、冷たいからだろうか……。

 靄は、上目では見えないほど高く上がって、暗闇の中に消えてしまった。


「オ……、イラ……、まだ……、生きてる……、よね」


「ええ、生きてる。でも、黙らないと、本当に死ぬわよ」


 エミリの背中で、枯れかけていたはずの紫陽花が、再び生気を取り戻して花弁を膨らませた。しかし、先ほどのような輝きは無く、半透明の幻のようで、萎れた花弁を力なく咲かそうとしているようだった。


「死ぬって……、結構怖いね……。いつも、生きてることって……、当たり前に思ってたけど……、今から自分が死ぬと思うと……、すごく怖いんだ」


「馬鹿ね。……死なせるわけ、ないでしょ」


「でも、体が……、心臓が……、どんどん……、冷たくなっていく感じがする……」

 達也の大きな傷口は、うっすらと氷の膜に覆われていく。


「もういいから。少し寝てなさい……」


「あはは……、やっぱり今日のエミリん……、優しいや。膝枕も気持ちがいい。……いっつもこうだったら……、本当はいいのに」


「うるさい……、黙って」


 今の「黙って」は、きっと最初の黙れとは違う意味、目的のある命令だったかもしれない。そんなことを考えながら、エミリは両手に力を込めた。


極 寒 の 冷 笑アークティック・ハイドランジア……。エミリんに……、ぴったりだね」


「なんのこと?」エミリは、知らないふりをしてごまかした。


「分からないけど……、雪女?」達也は目を閉じたまま、頬の筋肉を上げて小さく笑った。


「黙れ」今度のは完全に命令だった。


「ごめん……、でも……、すごく綺麗だったよ……」


「私が?」



「ううん、花が……」



「殺すわよ」


「もう、死んでもいいかも」


「だめ」


 エミリは、こんな状況なのに、少しだけ吹き出した自分が不思議だった。

 笑える……。

 そう、こんな状況、笑いとばすしかない……。

 いろいろあったけど……。


(綺麗なのは、神代くん……、あなたのほう……)


 言いたかったけど、その言葉は飲み込んだ。

 生だけが美しいとは思わない。

 死だって、もしかしたら、いいえ、多分、きっと美しいかもしれない。

 否。

 生きているものが、死ぬこの瞬間こそ、美しい。

 死が待っているからこそ、生は輝く。

 永遠の生だなんて、そんなもの、ただ醜いだけ。ふざけてる。

 生きているものは、いつか必ず死にゆく定め。


(なのに、私は……)


 命なんて、輝くのはほんの一瞬でいい。

 この星の寿命と比べれば、人の命なんてなかったも同然のようなもの。

 でも、だから、命は輝かしいのかもしれない。

 生も死も、どちらもきっと、美しい。

 私だっていつかは……。

 永遠は、一瞬の輝きの中にだけ、在る。


「今日は……、本当に……、疲れた……、ね……」達也は力なく言う。


「ええ、本当に……。初日から、死ぬほど疲れたわ」


「はは、オイラ、本当に死にそうだけども……。


「大丈夫、あなたは死なない」


「オイラもいつか、エミりんみたいに綺麗な花、咲かせられるかな」


「それは……、私にはわからない」


「綺麗な花だといいなあ」


「いいから。もう、寝なさい」


「うん、おや……、すみ。ありがとう」


「おやすみなさい」





 数分後。遮断されていた電気が外部から通電操作され、冷え切った官邸内には、ようやく暖かなオレンジ色の明かりが灯った。


 本来の姿を取り戻した総理官邸は、姿こそ廃墟のようだが、久しぶりに灯った電灯によって、事件の終わりを告げられたようでもあった。各フロアには、軍人、警察官、救急隊員、政府関係者。既に数え切れないほどの人間たちでごった返していた。


 すべての危険が取り除かれた途端、烏合のように現れた大勢を横目に見たエミリは、侮蔑と安堵の入り混じったため息を吐いた。


 人数があまりに多すぎて、すべての人間を正確に分類することはできなかったし、したくもなかったが、マスコミやメディア関係は、相変わらず立ち入り禁止のままであるようだった。先ほどまでこの場にいたはずの、三名のマスコミ関係者は、すでに姿を眩ましている。


 達也はつい先ほど、庭に降り立ったヘリによって緊急搬送された。後醍醐、脇坂、永峰の三人は意識もあり、予想よりも重症ではなかったため、達也が飛び立った後、緊急車両によって近くの病院に搬送された。


 謎の怪物と対峙したSAT隊員たちは、重傷者こそ複数名いたものの、幸運なことに死者はいなかった。すでに全員が搬送された後であるが、フロアには、不気味な色の粘液と混ざって、彼ら負傷者の吐き出したおびただしい量の血液が、今も尚、床面を浸すように溜まっていた。


 今回の事件における死者の数は、結局、謎のテロ集団十七名のみという結末となった。けれどもエミリは、上層からの報告に対して異論を唱えた。なぜなら、突入直後に射殺した複眼ゴーグルの男二名を含めれば、死者は十九名になるはずだからである。しかし、不思議な事に、その二名の死体は、あるべきはずの場所には一切見当たらなかった。それは、エミリが自分の目で確認をしたから間違いない。つまり、この場から消え去ったのは、謎の黒軍服の男二名に加え、二人の兵士らしき男たちの、計四名ということになった。


 そして、事件が起こってから約十三時間後。四階ホールに拘束されていた民間人の人質も、全員、無事に解放された。


 つい今しがた、一階ホールに立つエミリと平太の前を、大勢の民間人が横切り、表庭に出て行き終えた所だった。間もなく、外庭のずっと先、官邸の入り口付近で、溶接の火花のように激しいフラッシュが焚かれるのが垣間見えた。人質たちの解放を待ち構えていたマスコミが浴びせかけたものに違いない。彼らの掲げる照明で、深夜の夜空はうるさいほどに照らし上げられていた。


 この距離からでもわかるということは、相当な数のマスコミ関係者が詰めかけているのだろうと、エミリは思った。


「マスコミの連中、すげえ数いるんだな」平太が目を丸くした。

「ええ」エミリは頷く。「ジャーナリズムの皮を被った、ただの野次馬」

「野次馬……?」平太はエミリの顔を見下げて言う。

「そう」エミリは庭を見遣ったまま、静かに目を細めた。「騒いで扇いで……。体制側に都合の悪い本質には一切触れない。耳障りのいい言葉を並べて、センセーショナルな演出をして……、視聴者の感情を逆なでする。酷いだの、可哀想だの、絆だのって。見る側も、メディアの嘯く言葉のイメージに囚われて、騙されて、ただ笑って涙できればそれで満足。世の中では一体なにが起こっているのかなんてお構いなし。たとえ、報道の裏で、こうして人が大勢傷ついていたとしても」

「ああ……、なんか、わかる気がするぜ。安っぽいな」

「テレビやメディアなんて、所詮、意図的に作り出された情報を垂れ流すだけの扇動機関。安っぽくても仕方ないでしょ。無料なんだから」



 しばらくすると、二階から、停止したままのエスカレータを、大勢の特殊部隊隊員に囲まれながら誰かが降りてくるのが見えた。それは、黒軍服の男に殺されかけていたこの国の政府首長、内閣総理大臣だった。


 一階ホールに降りた総理大臣は、先ほどの苦しそうな表情とは打って変わって、清々しい様子で、終始、不気味なほどわかりやすい作り笑顔で周囲に接した。高級そうな生地のスーツは皺だらけで、所々破れているものの、この国のトップをアピールするには十分の、偽りの存在感だった。


 平太は、テレビ画面などでしか見たことのなかった生の総理大臣の姿に興奮しているようだったが、エミリは、その姿を見とめると、おぼつかない足取りで、総理を囲む人の群れに近づいていった。


「お……、おい、お前どこ行くんだよ」平太は、エミリの背中に声を投げるが、彼女は足を止めなかった。


 総理大臣は、人だかりの中、一人近づいてくる黒いボディスーツの若い女性隊員に目を留めた。寸前まで笑顔だった表情が、徐々に変化する。その顔は、もちろんエミリの姿を覚えている、といった表情だが、気恥ずかしさと気まずさに加え、どこかにやり場のない怒りのような感情が入り混じった顔にも見える。


「なんだね」エミリと目があった総理は、淡々と聞いた。


 総理を囲んだ人だかりがばらけ、エミリとの間に、小さな空間が出来上がった。


 エミリは軽く会釈した後、迷いのない姿勢で敬礼をして言い放った。


「橘エミリ准尉です。総理、ご無事でなによりです」


 総理は、エミリの足先から頭まで舐めるように見上げ終えた後、突如表情を一変させて声を張り上げた。「なぜ逃げた?」


 エミリは突然の相手の激昂に目を丸くした。


「お前、なぜあの時、私を助けなかったんだ!」


「仲間を……」エミリも、穏やかだった表情をきつく豹変させたが、それを隠すように俯いた。


 罵声が続いた。


 でも、エミリの耳には、まったく届いていない。



 ……やっぱり、どうせ、みんなこんなもの?



 エミリは両手を力強く握り締める。食い込むつめ先が痛かった。


 彼女は、床に落としていた視線を上げた。「私の仲間たちが、戦いの中で負傷し、先ほど搬送されました。一人は、幼少の頃からの大切な同級生です……」


「だからどうした?」総理は、舌足らずな口調で唾を飛ばして激しく言い切った。「お前たちは軍隊だ。国防軍だ。仲間? 人質? それがどうした? お前たちの任務はこの私を守ることじゃなかったのか?」


 

 ……そう、思った通り。



「お前たちは与えられた任務をこなしていればいいんだ!」

 目の前の総理の口から出る罵声が、遠くに聞こえる。


 そう、こうなることは分かってた……。 

 政治家なんて、有識者なんて、有名人なんて、人間なんて、みんな同じ……。

 みんな偽物。

 自己中心的で、我儘で、単絡的で、極度な視野狭窄に陥った人間もどきの集団。

 全部、世の中、腐ってる……。

 あの男も同じ。

 腐ってた。

 だから、私もこうして、腐ったの……。



「私は!」エミリは突然、態度を豹変させ、相手の声をかきけすくらいの大声を上げた。「私は! あなたみたいな人間の屑を助けるために銃を持ったんじゃない! あなたたちみたいな大人のために戦うわけじゃない……!」


 突然の声に驚いた総理は、予想外のエミリの声に一瞬怯んで沈黙した。

 周囲に、張り詰めた緊張が走る。


「国防軍は……、私たちNFIは、国民の負託に応える為にある!」


 穏やかな喧騒に包まれていたはずのフロアが、一瞬にして凍りついた。もちろん、エミリの紫陽花は、既に姿を消していた。にも関わらず……、である。


「ぶ、無礼な!」総理は、両手を振り上げて顔を真っ赤に激昂した。「君の部隊の責任者は誰だ!」


「あなたなんか……!」


 死んでしまえばよかった……、と言おうとしたエミリの口を、背後から誰かが塞いだ。

 

 汗ばんだ、生ぬるい手のひら。

 背後に迫った、不快に湿った体温。

 エミリは口を塞がれたまま背後を振り返る。

 そこには平太が立っていた。


「それを言いたい気持ちはオレも分かる。でもよ、時には、飲み込んだほうがいい言葉もあると思うぜ……」平太は、これまでに見せたことのない険しい表情でエミリの目を覗き込んで、誰にも聞こえないよう耳元で囁いた。そして、三角になった両目を釣り上げる総理に向かって、深々と頭を下げた。


「環境エネルギィ省直下NFI所属、大鎚平太です。仲間の無礼、お赦しください」


「NFI……?」部隊の名を聞いた総理は、眉を上げた。一瞬動揺したように目を丸くしたものの、あざ笑うように鼻から息を漏らした。「はあ、大隈くんの所か……、なるほどな。まあいい。この無礼、忘れはせんからな。覚悟しておけ」


 そう言い捨てた総理は、エミリを一瞥した後、大勢の護衛と関係者に囲まれたまま、その場を立ち去った。


 すべての人質が官邸を出たのを確認した平太は、明るい声を発して、無表情のまま立ち尽くすエミリに、わざとらしく笑顔を向け、そっと肩に手を置いた。


「さあ、帰ろうぜ」





 総理官邸から僅かに離れた議員会館。その中に、彼専用の事務室があった。


 室内は整然としており、無駄なものは一切ない。


 窓際に置かれたデスクと大きな背もたれのチェアが一つ。そこには、部屋の主が深々と座っていた。


 正面には、応接セットが一式と、大型のテレビモニタが一台置かれているだけの質素な部屋。窓の外は闇に包まれていて、ガラスには大きな革張りの背もたれが写り込んでいる。


 ポマードでオールバックにまとめられた白髪混じりの男が、この部屋の主だった。


 彫りの深い顔。つり上がった切れ長の目。高い鼻。薄い唇。尖った顎。銀の細いフレームのフチなし眼鏡。その奥には、病的に燻んだ虚ろな目玉が、気色の悪い動きで小刻みに震えていた。


 男は、その目玉を大きく開いて、モニタに映し出された映像を、瞬きもせずに凝視していた。


 男は、視線を映像に刺したまま、手元の受話器を上げてコールする。即座に相手先が出た。


「私だ、黒崎だ……」ねっとりとした神経質そうな声色で名を告げた。


「ああ……。たった今、総理官邸は解放された。NSCにはすぐに報告を上げろ。ああ、詳細にな。指揮はいずれ、私が取ることになる。……ああ。頼んだ」


 電話を切ろうと思った黒崎は、伝え忘れたことを思い出し、声を上げた。


「待て。一つ、そちらに調査を依頼したい。……そうだ、今、官邸内で撮影された映像を見ている。……いや、マスコミの流した映像とは別に、だ。……ああ、この映像に映っているのはNFIだな、大隈の所の。やはりそうか……。いいか、NFI、特にこの映像の女を徹底的に調査、マークしろ。いいな。……ああ、頼む」


 男は受話器を置き、もう一度椅子に深々と座り直した。


 そして、テレビ画面を凝視したまま口元を上げ、掠れた声で囁くように呟いた。


「見つけたぞ……、エミリ……」





『終末に捧げる 千 年 花(レクイエム)』第1期 完

(第2期の連載開始は、2016年3月24日を予定!約2週間、連載のお休みを頂きますが、その間に、2期のあらすじや登場人物紹介などは投稿します。どうぞお楽しみに!)


※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。


※当作品内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。すべての文章、画像等は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

[ Copyright 2016 Koma Aoi. All rights reserved. Never reproduce or replicate without written permission. ]

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