13. 蜘蛛の複眼
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「誰もいない……」登りかけの階段の途中。上のフロアを覗き込むようにして頭を出した夢野さくらは、背後で怯える伊達と富澤に向かって、潜めた声を投げかけた。
二人の男は、お互い顔を見合わせながらゆっくりと階段を上ってくる。
地下通路の中で何度も葛藤し、一悶着あったものの、結局彼らはさくらに引き摺られるようにして総理官邸の内部まで侵入していた。
銃撃戦が行われていた一階のメインホールと地下を繋ぐ大階段の中程である。
富澤は堂々と小型カメラを構えて撮影の準備を整えているが、伊達はあからさまに怯えて、何度も背後を振り返っては周囲を警戒していた。
「さっき、銃声が聞こえたわよね……」さくらが楽しそうに言った。
「これ、薬きょうじゃないすかね」富澤が足元からなにかを拾い上げた。「ほら、金属製の。センタファイア式薬きょうですよ」
「なにそれ。富澤くん、武器とか詳しいの?」
「まあ、一応……」富澤は得意げに答える。
「だったら、こういう場所も平気でしょ? カメラ回して先に歩きなさい」
「いやいや、それ全然関係ないっすよ。夢野さん、リポータなんだから先行ってくださいって」
「バカね、こんなところで中継したらすぐに警察と軍に見つかっちゃうじゃない。それに私、自分で言うのもなんだけど、そこそこ顔が売れてるのよ? こんなところに潜入したのがバレて怒られるのは嫌」
富澤は、心の中で、なんて勝手な人なんだと思いつつ、面食らった表情で肩を竦めた。けれども、あれだけ怖がっていた現場に実際に潜入してカメラを構えると、この状況を生中継でお茶の間に流したいという、不思議な衝動が芽生えつつあるのを感じていた。こういうのをプロ根性というのだろうか。富澤は、ここで諦めたら、もしかしたら一生後悔するかもしれないと意を決し、わがままリポータの説得を試みることにした。
「夢野さん、元々、中継するつもりでここまで来たんじゃないんですか?」
「違うわよ。私はただ、中の状況をカメラに収めたくて来ただけ。中継は、外にいる橋本さんのチームに任せておけばいいじゃない」
「でも、ここで生中継やったら、僕ら一躍ヒーローになれるかもしれませんよ。だって、他局の連中が外で指咥えて待ってる最中、僕らだけは内部に潜入して、しかも生中継なんて、マジですごいと思いません?」
富澤の頭の中には、各局がこぞって、全国同時多発爆破テロの特番を組んで、視聴率を競い合っているという事実が頭の中にあった。そんな中、自分たちだけが軍隊の特殊部隊とテロリストの銃撃戦を生中継できたら……。考えるだけでも武者震いが止まらなくなった。
「んー……」夢野は一瞬考え込んだ後、声を弾ませて答えた。「富澤くんがそんなに言うなら、やってみよっか。なんか、私も楽しくなってきちゃった」
「そうそう、そうこなくっちゃ!」富澤は気分が高揚し、自然と声が大きくなった。両手を叩いてさくらを指差す。「ここでやらなきゃ、夢野さくらの名が廃れますって。ね、伊達さんも、いいですよね?」
はしゃぐ二人とは対照的に、背後でうずくまる伊達は、青ざめた顔を上げて、力弱く言葉を垂れ流す。「いいけどさ……、俺、その後、どうなっても知らねえぜ……」
富澤はすぐに中継車と連絡を取り、本局との交渉を依頼したところ、難なく許可が下りた。それどころか、普段は怒鳴り散らしてばかりのディレクタから、よくやったと、大げさに褒められさえした。
約一名は渋々なものの、気分を良くし、意気揚々と生中継を始める彼ら。一階ホールに広がる闇を伊達の構える照明の光が払い除け、夢野の流暢かつ流麗《りゅうれい》なリポートが周囲に響く。
中継車からの連絡によれば、既に局の番組内では、自分たちが撮影しているこの場の生映像が流されているという。その場面を頭で想像するだけでも、富澤は、カメラマン魂が燃え上がり、テンションが一気に加速し高揚するのを感じていた。
夢野は、カメラのレンズに神妙な面持ちを向け、辺りの状況を言葉にしながら一階中央ホールをゆっくりと進む。二階に上がるエスカレータの前まで来ると、周囲には粉々に砕けたガラス片が大量に散らばり、激しい銃撃戦の様子を彷彿とさせる光景が広がっていた。破片は、二階のガラス柵が銃撃されて落下したものだろう。
富澤はファインダに目を当てがい、興奮した夢野を見つめている。わがままで破天荒な言動が玉に瑕だが、このような緊迫した状況下でも動じずに、いつも通りのリポートをこなす彼女はまさしくプロだな、と感心した。
富澤は、改めて、ファインダ越しに夢野の顔をじっと見つめる。
カメラを通せば、どれだけ相手を見ていても気づかれることはない。
自分だけの特権だ。
最初はしぶったものの、彼はここまで来てよかったと心から思った。
床に散らばるガラス片が照明に当てられ、キラキラと輝いた。
その少し奥。深い闇の中にも、ぼんやりと浮かび上がる丸いレンズのような光。
(レンズ……?)
富澤は、カメラを固定したまま、ファインダから目を放した。
闇の底をじっと見つめる。
始めは暗くて見えなかったが、徐々に目が慣れ、対象の光がゆっくりと浮き上がるのがわかった。
間違いない。闇の奥底から、大きななにかが起き上がった。
富澤は、もう一度ファインダを覗き込んだ。
闇に浮かび上がる複数の小さなレンズが、カメラのレンズを通してこちらを睨みつけていた。
ファインダ越しに目があったような気がした。
大きく丸い、二つの目。その左右に、小さな目が二つずつ並んでいる。
こちらを見ている。
昔、どこかで見たことがあった。
そう。子供の頃に見た、蜘蛛の図鑑。
蜘蛛の、複眼だ。
六つの目玉が、電子的な、燻んだグレィの光を湛えて、ぼんやりと光り出した。
リポートをする夢野の背後で、不気味な兵隊が立ち上がったのだ。
富澤と伊達はその様子を見て、絶句する。
あまりの恐怖に声も出ない。
多分、自分は今、恐怖に引きつったおぞましい顔をしていることだろうと、ぼんやりと想像した。
「どうしたの、富澤くん? 伊達さん?」
二人の異変に気付いた夢野は、ぎょっとした表情で目を見開き、苦笑した。
「ちょ、ちょっと、なによお! 中継中に脅かさないでってばあ」
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