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11. 官邸の幽霊

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11


 後醍醐ら六名が総理官邸に突入する数分前……



「夢野さん、本気なんすかあ……」小型のテレビカメラを肩に構えた短足胴長の細身な男。くたびれたジャケットに着せられている彼は、溶けかけた蝋人形のような顔を歪ませて、情けない声を出した。


「なあにそんな情けない声出してんの、富澤くんったら」夢野と呼ばれた女性は、カメラマンの背中を勢いよく叩いた。「あなた男でしょお」


「いや、そりゃあそうですけど……」


「だったら怯えてないで、率先して私の前に立ちなさいよ。情けない」


 彼女の名前は夢野さくら。某大手芸能事務所に所属するリポータだ。

 ロールケーキのように甘ったるいカールをかけたショートヘアに大きな飴色のサングラスを逆さに刺して、目の覚めるようなレモン色のカーディガンにブルーデニムのショートスカート、キャンディレッドのハイヒール姿。テレビ人らしく主張の強いアク付きの小顔には、肌の凹凸を巧みに隠す繊細なメイクが上塗りされ、所々に、蝶の鱗粉ようにキラキラと輝く派手なカラーが施されていた。


「私さっき見たんだからあ。軍用車両で乗り付けた男たち……、ううん、一人は華奢な女の子みたいだったけど、全部で六人。黒い全身タイツを着て、へんてこなヘルメットかぶったゴリラみたいな大男を先頭に、あの扉の中に入っていくのを」


 夢野が指差す先には、古びた鉄製フェンスに厳重に囲まれた地下道への入り口と思わしき建造物が、近づく者を睨むように佇んでいる。


 階段室はサンドウィッチのような三角形で、ひび割れたコンクリートブロックの剥き出し。誰をも阻む鉄製のドアは全体を深い黴のような錆びに侵食され、都会の中心に、違和感と共に現れた廃墟のようだった。


 フェンスの入り口の脇には、今にも崩れ落ちそうな木製看板で『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。


 夢野が立っているのは、総理官邸から数キロほど離れた大通り沿いだったが、歩行者は見当たらず、道路を行き交う車もまばらだった。官邸周辺の人だかりも、此の辺りまで影響を与えることはなく、周囲は、都会にしては珍しい静寂に包まれていた。


「そんなこと言われても……」富澤はしかめっ面で答えた。


「私思うの。あれ、国防軍の新しい特殊部隊よ。私もこの仕事長いけど、あんなぴっちぴちの戦闘服初めてみたもの。絶対に怪しい」夢野は目を輝かせて、子供のように純朴な笑みを浮かべた。


「でもさ、さくらちゃん、そいつら追いかけてどうするつもりよ」


 富澤の隣に立つ男性は、金髪に色メガネ。富澤同様、短足小太り。背中に下品な竜の刺繍が入った白いスカジャンを着込み、明らかにガラの悪いちんぴら風の風貌だった。撮影用の照明セットを全身にぶら下げ、寒い初春の夜中、汗だくになりながら声を上げている。胸元にぶら下げた名札には、小さな文字で伊達と書かれていた。


「ホント、あなたたちはダメねえ……」夢野は、伊達の言葉を聞くや否やため息をつき、野鳥のように細長い足を一歩前に踏み出した。「どうするって、決まってるじゃない。追いかけるのよ」


「はあ……?!」伊達と富澤は顔を見合わせ、眉を潜めた。


「きっとここは、総理官邸に繋がる秘密の通路の入り口に違いないわ。長年リポータをやってきた私の勘がそう言ってるの。だから、私たちもここを通って官邸に潜入して、中の状況を中継しましょう」


 ほんの僅かの沈黙の後、二人の男が揃って呆れ顔になって片手を揺らした。「いやいやいやいやいや……」


「勘弁してくださいよお、さくらさん。もし中にテロリストとかがいたら、どうするんすか。俺たちマジで殺されちゃいますよ」富澤は(すが)るように泣きべそをかく。


「バカね。そんなことを怖がってて本当の報道が務まるもんですか」さくらは顎を上げて、富澤を軽蔑するような目線で見下ろした。「他局の連中と同じことやってたって意味ないの。数字だって取れない。あんな遠くから官邸を映してるだけじゃあ、誰も視聴者喜ばないじゃない。誰にも取れない奇跡の絵を撮って、お茶の間にお届けするのが私たちマスメディア、報道の本当の仕事じゃないの?」


 夢野は一歩も引き下がるつもりはないと言いたげに両手を腰に当てて、二人の男性スタッフを覗き込む。


「そんなこと言ってもさあ……、いくらなんでもここはマジでマズいって、さくらちゃん」伊達は、無謀な提案を広げるリポータを説得しようと必死の形相だが、夢野はゆずらない。


「伊達さん。わかってる? マズいからこそ行くんじゃない。万が一、なにかあったらプロデューサに責任取らせるから安心しなさいって」彼女はそう言い放つと、豪華にスカートを捲り上げた。


「ちょ……!」


 目のやり場に困って動揺する二人の中年を差し置いて、彼女は(いと)容易(たやす)くフェンスを乗り越えてしまった。


「ほら、私、機材受け取るから。早くしなさいよ」スカートを元に戻して両手で払うと、さくらは平然と言いのけた。


 伊達と富澤は、顔を見合わせる。そして、諦めたように肩を落として深いため息をついた。


「さくらちゃんには敵わねえなあ……」伊達は舌打ちした。


「なにかあったらって……、死んじまったらそれで終わりじゃないすか……」富澤がぼやく。


「やった!案の定、鍵、開いてる」ドアノブに手をかけた夢野は、二人の声を気にも留めず、嬉しそうにウィンクした。






「官邸の幽霊?」伊達が聞いた。


「知らないの? 総理官邸に幽霊が出るっていう話」前を歩く夢野は、嬉々とした表情で振り返って答えた。彼女の甲高い声は、コンクリ壁に反響して、篭った声に変換された。


「そんなの、聞いたこともないっすよ」仏頂面の富澤がそっけなく答えた。


 夢野の後ろには、多様な撮影機材を抱えた二人の男が渋々と続く。


 二人は、夢野との仕事上の付き合いは長い。もう五年以上にもなるだろうか。彼女の強引なリポートには慣れっこだった二人も、さすがに今回は命の危険が関わっている。気が進まず、仏頂面になってしまうのは、命ある人間として当然だろう。


「もう何十年も前から言われているんだけど、まあ、都市伝説みたいなものかな」夢野は沈み込んだ二人のスタッフを尻目に、明るい口調で話を続けた。


「幽霊だなんて……」富澤が小馬鹿にした口調で言い放った。


「でも、官邸に住んだことのある歴代の総理大臣はみんな、真夜中に軍靴の音を聞いたり、旧日本軍の軍服を着た男たちの亡霊が廊下を歩く姿を見たりしてるのよ。中にはそれが怖くて、官邸に引っ越さずに任期を終えた総理もいたり、お祓いまでした人だっているっていうんだから、ちょっと興味沸かない?」


「まあゴシップ記事のネタとしてはいいかもしれないけど、今回の大騒動には関係ないんじゃないか」伊達は、地上にいるとき以上に汗をかきながら、しかつめらしい表情で言った。


「でも、こう考えたらどう? その幽霊の正体は、実は、過去の歴代政権に恨みをもつ人間の誰かの嫌がらせなの」


「嫌がらせって、例えばなんすか?」富澤が首を傾げた。


「んー、そうね。例えば……」夢野は人差し指を顎に当てて考えた。「そう。総理を官邸から追い出したい勢力の仕業とか……、なにか政治的なプレッシャを与えたかったとか。でも、それだと全然効果がなかったから、とうとう今回のテロ行為にまで至った……、というのはどう?」


「はは、そりゃいくらなんでも突飛過ぎだよ、さくらちゃん」伊達は、若いキャスタの大雑把な空想に失笑する。「発想としては面白いけど、ちょっとねえ……。それに総理官邸が、そうも簡単に外部からいたずらとか嫌がらせされるような甘い警護じゃ、そもそもマズいでしょ」


「そっかあ……、うん、確かに」夢野は悔しそうにうなだれるそぶりを見せる。


「でも僕、夢野さんのそういう発想力、結構好きっすけどね」富澤は、急に嬉しそうな声を上げ、がっかりした様子の夢野に微笑みかけた。


「そう? ならいいんだけど……」夢野は顔を上げて、力なく微笑み返した……、と思い気や、石膏像のような顔をしてその場に立ち止まった。


「な、なに……今の……」夢野の顔は、口元こそ笑っているものの、表情は明らかに凍りついていた。


「え?」富澤が眉を上げた。「ど、どうしたんすか?」


「今、なにか、聞こえなかった?」さくらの顔は、明らかに怯えて引きつっていた。


「いや……、なにも聞こえなかったっすけど。ねえ、伊達さん」


「あ、ああ。俺も、別に聞こえなかったけどな」


 次の瞬間、今度は、富澤と伊達の耳も聞こえるようにはっきりと。


 三人は、不気味に轟く声のような音を探すように、前方へと視線を送る。


 前方から怒涛のように流れてきた低い音は、今も尚、周囲の壁や天井に残響していた。


 さくらには、後の二人が唾を飲み込む音がはっきりと聞き取ることができた。


「官邸で戦闘が始まったんじゃないすかね……」富澤が、引きつった笑顔で言う。


 再び、遠くから聞こえ来る音……。


 深く、湿って、篭った、重々しい音……。


 夢野は真っ直ぐに続く通路の先を凝視したまま、首を横に振った。


 しかし、恐怖に囚われ、すぐに声が出せなかった。


 あれは、音ではない。


 なにかの声。


 否、咆哮だ……。


 聞いたものの足を竦ませ、全身を硬直させるような(けだもの)の呻き。


 目眩にも似た激しい悪寒が足元から舞い上がり、全身に絡みつく。


 さめ肌になるほどの鳥肌が立つ。


 再度、常軌を逸した叫びが、冷たい空気を伝ってくる。


 今度は、さっきよりも大きい。


 声の主は、猛っていた。


 声には、怒りに満ち、血に飢え、今にもこちらに向かって駆け寄ってくるような激しい感情に満ち満ちていた。……。


「おい……。や、やっぱり引き返したほうがいいんじゃねえか……。今の声、尋常じゃない。マジでヤバいってここ。なあ、さくらちゃん……」伊達のこめかみには、怯えからくる冷や汗が噴出すように浮かび上がっていた。


「いえ、いきましょう」夢野は、覚悟を決めたと言わんばかりにはっきりと言い放ち、胸を張って再び歩き出す。その表情には、どこか不敵な笑みさえ浮かんでいた。「総理官邸はすぐそこなんだから、今更、尻尾を巻いて逃げ帰るなんてありえないでしょ」


 呆然とした様子で、その場に立ち尽くす伊達と富澤。


 彼女があの顔になったら、テコでも動かない。


 長年、彼女と仕事の付き合いがある二人は、その事実をよく知っていた。

「これが俺たちの、最後の仕事になるかもしれないな……」と伊達。


「ですね……」と富澤。「こんなことになるってわかってたら、もっと美味いもん、たらふく食っておけばよかったっすよお」


「今更だぜ」

 二人の小太りは、がっくりと肩を落として仕方なしに彼女の後を追った。

※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。


※当作品内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用を禁止します。すべての文章、画像等は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

[ Copyright 2016 Koma Aoi. All rights reserved. Never reproduce or replicate without written permission. ]

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