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09. あたし、あいざき

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9


 朦朧とした意識の中、一輝は、辛うじて自分が目覚めたことを認識することができた。


 ゆっくりと、真冬の寒空で乾かしたタオルのように、硬く張り付いた瞼を剥がすようにこじ開けていく。


 視界はほとんど真っ暗で、見たことのない白い天井が、うっすらとオレンジ色にぼんやりと光って見えるだけ。


 果たして、自分はどれくらい眠っていただろうか。


 否、本当に目が覚めたのかさえ怪しい。


 なぜ眠っていたのかの記憶も半ば曖昧で、思い出せない。


 自分はもしかしたら死んでいるのかもしれない。本気でそう思った。


 最近よく見た、父と母に会うあのおどろおどろしい光景さえ、夢の中には出てこなかった。


 記憶がない。


 それくらい熟睡していたのだろう。



(そうだ、あの時、追い詰めた男たちに銃で撃たれて……)



 ようやく、眠気によってこびりついていた頭のエンジンが回り出したらしい。怒涛のように、次々と記憶の欠片が湧き上がってくる。


(達也の叫び声が聞こえて、犯人は逃げ出して……、そうだ達也!)

「達也!」


 一輝は急に大声をあげて、勢いよく上体を起こした。


 全身に張り巡らされていた透明の医療チューブが引っ張られ、その先に繋がれていた冷たい箱のような機器同士が、大きな音を立ててぶつかりあった。


 一輝は、霧の中のように定まらない視点を必死に調節した。


 僅かな頭痛。重い首。


 じわじわとピントが定まるに連れて、鮮明になる視界。


 どうやら自分は、ベッドに寝かされていたらしい。


 普段は畳の上に敷かれた煎餅布団だから、自室でないことは確かだ。


 一輝はすぐに人の気配を感じ、顔を左右に向ける。


 見慣れた兄の顔。それから、見知らぬ男性がひとり。反対側には、小さな少女がひとり、無垢な笑顔をこちらに向けて佇んでいた。


 少女は、ベッドの上で小さな両手を組み、その上に自分のまん丸な顎先を乗せて、顔を左右に傾けている。その様子は、陽だまりの中でゆらゆらと動く花形をした玩具のようで、今の状況を楽しみながら遊んでいる妖精にも見えた。


「イッキ、おかえりなさい」少女が弾んだ声で言い放った。


「一輝!」兄の叫び声が、鼓膜に痛いほど響いた。


「信じられん……」見知らぬ壮年男性は、唖然とした様子でこちらを凝視していた。どこかで見たことのある顔だが、思い出せない。


「兄さん……?」一輝は、周囲の状況が飲み込めなかった。


 呆然とした表情で兄を見つめる。久しぶりに見た兄の顔は明かりが少ないためによく見えなかったが、どこか泣いているような、けれども笑っているような、今まで一度も見たことのない不思議な表情だった。


「一輝、お前もう、大丈夫なのか?」歩は、餌をもらう動物園のキリンのように首を伸ばしながら、紳士の横を割って入り、こちらの顔を覗き込む。


「大丈夫って……?」一輝は、暖機運転中の頭をフル回転させながら、もう一度、室内をゆっくりと見回した。


 見慣れぬ寝室、見たことのない機器類、全身に張り巡らされた白や緑、透明の医療チューブ、躰に張り付く不快に湿った吸盤、薬品ぽい臭いのする空気……。


 一輝はようやく、ここが病院であることを理解できた。


 自分は、銃で撃たれて病院に運び込まれたのだ。しかし、それなのに、痛みもなければ不快も苦痛も一切ない。


 一体、なぜ……。


(そうだ……)


「達也は?! 基地の人たちは?!」今度は一輝が、兄の顔を覗き込むように首を伸ばした。


 すると、予想に反して、左隣に立っていた壮年男性が、ゆっくりとした口調で話を始めた。


「光剣くん、安心したまえ……。神代くんなら無事だよ。それから基地も大丈夫。すべて、君の活躍のお陰だ。ありがとう」



 それから一輝は、長官である大隈太一から、日中にあったすべてのことや現在の状況について、詳細に説明を受けた。



「そうでしたか……」一輝は考えを巡らせるように目線を手元に落とした。「大隈長官、ご迷惑をおかけしました。本当に、すみません」


 大隈は、歩に促され、病室に備え付けられた小さな丸椅子に座っていた。歩と穂花は、二人の様子を見守るように、部屋の片隅で佇んでいる。

「謝らなければいけないのはこちらのほうだ」大隈は、一輝の顔を真っ直ぐに見つめ、低いながらもはっきりとした口調で告げた。「不審な部外者の侵入を許してしまった責任は、すべて軍側にある。君があの時、勇気ある行動をしていなければ、今頃は大勢の犠牲者が出ていただろう。基地や建物は、予算さえ掛ければ、またいつでも建てられる。しかし、人の命は、一度でも壊れたら、もう二度とは元に戻らない」


「はい……」

 一輝は、褒められているのに、なぜか素直に喜べなかった。


 向けられた黒い銃口。


 にやけた口元。


 不気味な声色。


 背後から響く、逃げ惑う人々の狂乱。


 一輝は、昼間の光景を鮮明に思い出す。


 神聖な気持ちで挑んだ入隊初日。その清々しい気持ちと意識が、たった二人の男に蹂躙された。そんな、不快で陰鬱とした気分が停滞していたからかもしれない。


「犯人は……、犯人は見つかったんでしょうか」一輝は、大隈に詰め寄るように言い放つ。


 しかし、無情にも大隈は首を横に振った。「まだだ。しかし、今、軍部が行方を追っている。安心したまえ」


「そうですか……」

 不安だったわけではない。 

 

 ただ、一輝は急に、自分自身が情けなくなった。腹の底から、悔しさと共に、大粒の涙がこみ上げてくる。


 正義感だけで動いて、撃たれて、止められなかった。


 あの時あいつらを僕が止められれば……、こんなことにはならなかったのに。


 守る守るって意気込んでたくせに、自分は、なにも食い止めることができなかった。


 情けない。


 こうして、三人に囲まれていることさえ、本当は恥ずかしかった。


 見せる顔がないというのは、まさにこのことかもしれない。


 一輝は、流れる涙を隠したかった。無限に込み上げてくる苛立ちのような悔しさを、どこかに思い切りぶつけてやりたかった。でも、今はそれさえ叶わない。両手で布団を掴み、思い切り握りしめた。歯を食いしばった。


 それが精一杯。でも、そんなことをいくらしたって、どれだけ過去を悔やんだって、起こされた事実は変わらない。


 それがわかっていたから必死に動いたのに、止められなかった……。


(こんなことさえできないなんて……)


 一滴、二滴、白い掛け布団に、涙の雫が零れ落ちた。


「光剣くん……」大隈は、顔を伏せて必死に感情を抑えようとする目の前の一輝を見遣った。


 部屋には、歯を食いしばりながら、声を必死にこらえてすすり泣く、一輝の声だけが反響した。さっきまで動いていた医療機器は、今は役目を終えて、息を吹き返した一輝とは正反対に、まるで死んだ魚かロボットように冷たくなっていた。


 すると、部屋の片隅で、歩の陰に隠れてこちらの様子を伺っていた穂花が、そっと口を開いた。


「ねえ、イッキ、笑って……」

 ふいに掛けられた言葉に、一輝は意表を突かれた。


 穂花は淡いピンクの唇を噛み締めながら、今にも泣き出しそうな顔でこちらを睨んでいる。


「穂花……」一輝は、涙で赤く腫れた顔を起こし、彼女に向けた。


「なんで泣くの! あたし、イッキのこと助けたのにい!」穂花はいよいよ堰を切ったように泣き出した。一輝の足元にしがみつくようにして泣き崩れた。


「ごめんな、穂花。来てくれてたんだ……」


「イッキ、死んじゃだめえ……、イッキ、泣いちゃだめえ……!」


 感極まった穂花は、ベッドによじ登って、一輝の懐に飛びついた。


 一輝は、布団の中、自分の胸元に顔を(うず)めて泣き喚く少女を、ただ強く抱きしめることしか出来なかった。そして、ふと、少女の言葉を頭の中で反芻した。


「あのさ穂花……、助けたって、どういうこと?」


 きょとんとした表情で言う一輝に、歩が答えた。「手段や方法、理屈はわからないが、その子がお前の傷を治してくれたんだ。信じられないが、今この場で、目の前で……、な」


「穂花が……?」一輝は、兄の煮え切らない説明に首をかしげた。


 しかし、確かに、躰はどこも痛まない。


 一輝は、兄の言葉の真贋を確かめるように、腕を上げ下げし、肩を回し、上半身を動かした。


 両手で、傷口があるだろう箇所を触っても、痛みは一切感じない。使いかけのトイレットロールのように何重にも巻かれた包帯があるだけだった。


 銃で撃たれたにも関わらず、なぜ……?


 一輝は、その疑問の答えを求めるように、今度は大隈に目を向けた。


 「あ、あの、長官……?」


「光剣くん……。君、今、なんと言ったかね」大隈は、なにか確信めいた風に問いかけた。


「え、なにって……」


「その子の名前、なんと言ったかね」大隈は、泣き止む様子のない穂花に目を移し、もう一度同じ言葉を繰り返した。


 そこでようやく、兄の気まずそうな表情の訳が分かったような気がした。決して口に出してはならない名前を、一輝はたった今、大隈の前で口にしてしまったことにようやく気がついたのだ。


「ああ……」

(しまった……)一輝は、漏れだす吐息のような声をあげて呟いた。


「あ」の形のまま口を開けて、次の言葉を探す。


「ええと……、あの、その……、ですね……」

 結局、どれだけ探しても言葉は見つからず、困り果てた一輝は、助けを求めるように兄を横目で伺った。


 いつの間にか大隈の背後に回った歩は、顔をしかめて必死に首を横に振っていた。言わないほうがいい、ということだろう。


 一輝は戸惑った。


 本当にこのまま隠し通せばいいのか。


 それとも、本当のことをすべて話したほうがいいのか。


 一輝は、ベッドの上で真っ直ぐに躰を伸ばして、延々と泣きじゃくる穂花の姿を見下ろして、心に覚悟を決めた。


(守ると決めたのは、僕だ)


 一輝は、迷いながらも、彼女の名前を、喉の奥からひねり出すように言葉にする。


「ほのか……、です」


 一瞬、時が止まったかのような沈黙と静寂が部屋を満たした。その後、穂花の名前を耳にした大隈は、これ以上ないくらい大きく目を見開いた。完全なる、驚愕の表情である。そして、年の割には大きな躰を前傾に屈め、小な深呼吸を何度か繰り返した。そして、ゆっくりと病室の入り口を振り返り、歩を一瞥し、口を開いた。


「光剣くんのお兄さん……。この子は、親戚のお子さんだと聞いていたが……」


「え、ええ……、まあ」歩は、ばつの悪そうな顔で答えた。「そうですね」


「この子の苗字は?」大隈は、早口で詰め寄った。


 見を乗り出し語気を強めた大隈に、歩はたじろいだ。一輝から見ても瞳が泳いでいるのがよく分かった。


 この秘密をこれ以上隠せないし、隠す必要もないことを確信した一輝は、思い切って口を開こうとした。すると次の瞬間、布団に顔を伏せていた穂花がぱっと顔を上げ、一輝よりも早くその問いに答えた。


「あたし、あいざき」

真っ赤に腫れ上がり、涙に濡れた両目を向けて、穂花ははっきりと答えた。「あいざきほのか……。あたし、おじさん、写真で見たことある。お父さん言ってたの、おじさん、クマさん」


 大隈は、ぎょっとした顔で素早く穂花を振り返った。


「愛咲……、穂花?」大隈はまばたき一つせず、目の前の少女を見つめた。驚愕で全身が微かに震えている。「信じられん……。君はやはり、あの愛咲くんの?」


 きょとんとした表情で立ちすくむ穂花を他所に、歩は、諦めきった様子で天を仰ぎ、右手を額の上に乗せた。


 しかし、一輝に後悔はなかった。これでよかったと思った。きっと、隠しきれることではない。いつかは誰かに言わなければいけない時が来る。初めから、心の片隅では、こうなることを予測していた。


 歩と目が合う。


 たじろいだ兄に向かって一輝は力強くうなづき、大丈夫だと意思を示した。


 ひとしきり少女を眺めた大隈は、意を決した様子で一輝に目をやり、力のこもった声で言った。


「光剣くん……、君が知っていることを、教えてくれるね」


 一輝は大隈の目をしっかりと見て頷いた。


「はい。すべて、お話します」

※この物語はフィクションであり、実在する人物、法律、団体、名称とは一切関係ありません。


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