Ⅳ 死の影
恋。その話に夢中になるのは男女どちらかに限った話ではないだろう。今日も制服姿の四人の少女たちは、いつものように明るい教室の窓辺で笑いあっていた。
「陽子ってばズルイ、言わないなんて。友達でしょお?」
「そうよ、付き合ってるなんて全然知らなかった。」
口を尖らせた友人たちに詰め寄られて、陽子は顔を赤くする。早苗が席に座ったまま身を乗り出して楽しそうに言った。
「ほら、ここまで来たんだから言っちゃいなさいよ。お相手は誰なの?」
「嫌だよ、絶対に言わない。」
陽子はぶんぶんと首を横に振る。その拍子に、彼女の短いスカートのポケットからぽろりとケータイがこぼれ落ちた。
「おっと、ナイスキャッチ。」
たまたま隣にいた由依が受け止める。と、にやっと笑って陽子の手に渡しかけたケータイをぱっと取り上げた。
「なっ、何するのよ!」
「カレシの写真とか、入ってないかな?」
「わーっ、確かに! ツーショットとかありそう!」
歩美が叫ぶと、陽子の顔が面白いくらい真っ赤になる。悲鳴のような声を上げて、由依に飛びついた。
「返してっ! お願い!」
「やーだね。取り返してごらん!」
身軽にひらりと陽子の手から逃れた由依は、ピンク色のケータイを振り回しながらそこらを楽しそうに逃げ回る。陽子はムキになって追いかける。走り回る二人を、歩美と早苗は声を上げて笑いながら眺めていた。
「もう、二人ともほどほどに……っ!」
苦笑しながら叫んだ早苗の言葉が、不意に止まった。目を見開き、ぐっと胸を押さえる。呼吸もどんどん荒くなっていく。机に手をつき、それでも身体を支えきれずに床に崩れた。
「早苗ちゃん!?」
歩美が悲鳴をあげる。追いかけっこしていた二人も、ふざけている場合ではないと慌てて駆け寄った。しかし苦しそうな早苗に何も出来ず、ただおろおろと声をかけるだけ。
「発作!?」
「早苗! しっかりして!」
そんな中、歩美は急にぱっと立ち上がった。机の脇にあった早苗の鞄を取り上げ、開けて中を探し始める。しかしその時、
「待って。」
早苗が荒い息の中で弱々しく、しかしきっぱりと言った。
「大丈夫……大丈夫だから。」
早苗は強く繰り返す。まだ苦しそうだが、立ち上がろうともがいた。
「ダメだよ、無理しちゃ。」
「まだ喋らないで。今、薬出すから。」
友人たちが押さえるのも振り切って早苗は机を頼りに立ち上がり、笑顔を作ってみせた。
「ほら。もう、本当に大丈夫だから。ごめん、心配かけて。」
三人はまだ不安そうに顔を見合わせる。早苗が頷いてみせると、歩美は渋々といった風に鞄を元に戻した。陽子が手を貸して早苗を席に座らせると、早苗はふーっと大きく息をついた。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「ホント、ごめんね。ビックリさせて、心配させて…」
「いいのよそんなの。」
陽子が首を振ると、早苗はまた笑顔を見せる。やっとその場の緊張した空気が解けたようだった。歩美はまだ心配そうな沈んだ表情で、やがてぽつりと言った。
「最近は、あんまり発作ないと思ってたのにね……」
早苗もちょっと下を向いて、小さく頷く。それから何か決心したようにぱっと顔を上げて三人の顔をまっすぐ見ると、すがるような目で言った。
「お願いがあるの。この事、誰にも言わないで。特に、蓮くんに。」
それを聞いてみんな驚いたように早苗を見た。由依はビックリして聞き返す。
「お兄ちゃんに? でも……」
「お願い。心配、かけたくないの。」
早苗の真剣な目におされて、由依は仕方なく頷いた。
「……分かった。でも、無理は絶対にしないでよ。」
「うん、ありがと。ごめんね。」
それきり早苗は俯いてしまい、由依まで何か考え込んでしまって、歩美と陽子はなんだか不安げに顔を見合わせた。
その一部始終の様子を冷たい瞳でじっと見ていた死神の存在に気付く者は、誰もいなかった。




