君のことをもっと知りたい
――翌日。
リタと食堂で昼食をとっていると、彼女がふと尋ねてきた。
「スピカがドラート様に魔法を教えてもらっているって、本当なんですか?」
「うん、本当だよ。最近は放課後に魔法の練習に付き合ってもらってるんだ」
「すごいですね……。今までドラート様が、特定の方とあまりお話しされているのをお見かけしたことはなかったので」
リタは少し興奮した様子で続ける。
「やはり、神々しいといいますか……私たち平民なんかは、話しかけるのもためらってしまうくらいで。ドラート様は、全校生徒の憧れの存在なんですよ」
聞くところによると、アルクスは初等部の頃から魔法の才能がずば抜けており、すでに周囲から一目置かれる存在だったらしい。
中等部に上がってからは『仕事』のために学校へ来ることも少なくなったが、それでも成績は常に優秀。さらに、その『仕事』の内容から、登校自体も特別に免除されているのだとか。
「へえ……。確かに、なんか歩く芸術品みたいだもんね。アルクスって」
「まあ……! お名前で呼ぶくらい仲がよろしいんですね!」
リタは口元を押さえ、驚いたように目を見開いた。
「え?」
そう言われて、私は首を傾げる。確かに、婚約もしていない男女が名前で呼び合うのは、普通に考えれば珍しいことなのかもしれない。
けれど、アルクスがあまりにも自然に「スピカって呼ぶ」と言ったものだから、私は何の違和感も抱いていなかった。
「……そうなのかな?」
「そうですよ!」
リタは困ったように笑っていた。
◇◇◇
――翌日。
学校へ登校すると、私のクラスから突然、女子生徒たちの黄色い悲鳴が上がった。
「きゃあああ!」
「な、何……?」
教室の入り口には女子生徒たちが溢れかえっていて、中へ入るのも一苦労だ。一体何事なのかと人の隙間から教室の中を覗いてみる。
「え……?」
そこにいたのは、アルクスだった。女子生徒たちの憧れだとは聞いていた。けれど、まさかここまでとは思っていなかった。私のクラスの生徒だけではない。他のクラスや、さらには別の学年の生徒まで、アルクスを一目見ようと集まっているようだった。
そんな大勢の女子生徒に囲まれながら、アルクスはいつものように柔らかな笑顔を浮かべている。
そして――アルクスは私に気づいた。視線が交わると彼は、私を見つめたまま声を出さず、唇だけを動かした。
『スピカ、おはよう』
私も小さく笑って答える。
『おはよう』
――キーンコーンカーンコーン。
授業開始の鐘が鳴り響くと、女子生徒たちは名残惜しそうに教室を出ていった。ようやく静かになった教室で、私は鞄から教科書を取り出そうとする。
「スピカ、おはよう」
すぐ隣から声がした。
「おはよう! アルクスが登校してるの、初めて見たからびっくりした!」
そこで、ふと気づく。
「あれ? アルクスって……私の隣の席なの?」
「ううん。さっき変わってもらった」
「え?」
「俺の席、後ろの方だからあまり見えないし」
そう言って、アルクスは当然のように私の隣に座っている。
「そうなんだ……」
なんだか妙な感じがする。そんな私の気持ちなど気にする様子もなく、アルクスは長い脚を組み、頬杖をついた。
そして――授業が始まっても、なぜか私のことをじっと見つめている。
「ねえ、アルクス。黒板はあっちだよ?」
私は小さく黒板を指差す。けれど彼は黒板には目も向けず、私を見たままだ。
「今日はスピカのことを勉強しようと思って来たんだ」
「……え?」
「ねえ、スピカのこと、もっと教えてよ」
「……!? 私の何を知りたいの?」
「全部かな」
そう言って、アルクスは柔らかく微笑んだ。
「……」
私は思わず固まってしまう。彼は一体、何を言っているんだろう……?
◇◇◇
授業が終わると、いつものようにリタがお昼ご飯に誘いに来てくれた。けれど、アルクスが隣にいるせいか、少し話しかけづらそうにしている。
「あ……あの……」
「リタ、一緒にお昼食べに行こう!」
私はそんなリタの様子に気づき、すぐに声をかけた。
そしてアルクスには「ご飯食べるから、また後でね」と伝える。
ところが――。アルクスはまったく動く気配がない。
「……?」
教室の長テーブルは席同士の間隔が狭く、アルクスが退いてくれないと私は席を立つことができない。
「ちょっと! アルクス、そこ通らせて」
どうにか彼の横を通り抜けようとしていると、アルクスがリタへ視線を向けた。
「リタちゃん、俺もお昼ご一緒していいかな?」
「……ええぇ!?」
リタが目を見開く。
「あ……はい。もちろんです。ドラート様がよろしければ、ぜひ……」
こういう時、私ではなく、絶対に断れないであろうリタに聞くところが、なんとも策士だなと思う。こうして、私たちは三人で食堂へ向かうことになった。
その道中、私は全身に穴が開くのではないかと思うほど、女子生徒たちからの視線を感じていた。
「……すごいね」
「す、すごいですね……」
私とリタは思わず顔を見合わせる。食堂に着き、メニューを確認する。
「今日は……ハンバーグにしようかな」
そう呟いた瞬間、隣からアルクスが顔を覗き込んできた。
「スピカは何にするの?」
「私は……ハンバーグかな?」
「じゃあ、俺も同じのにしよ」
「え?」
なんだか先日までとは別人のようだ。以前はもっと落ち着いた雰囲気で、どこか距離があるように感じていた。
けれど今日は、やけに私との距離が近い。視線や行動から、私を逃がすつもりがないのではないか――そんな錯覚すら覚えてしまう。
「なんだか……ドラート様とお食事なんて、嘘みたいです。私なんかがご一緒して、本当にいいのでしょうか……?」
リタが恐る恐る尋ねる。
「もちろん。今日は俺から誘っちゃったけど、今度からはリタちゃんも俺のこと誘ってよ」
アルクスは口角を上げ、綺麗に笑った。
「リタちゃんはスピカの友達だしね。それに、俺のことはアルクスでいいよ」
「ひぇええ……。恐れ多すぎます……」
リタはすっかり限界のようだった。確かに、こんな美形を目の前にして平常心でいられるほうがおかしいのかもしれない。
私だって、最初に会った時はまともに目を見ることすらできなかったのだから。昼食を食べ終えると、アルクスは『仕事』ができたらしく、早退することになった。
「じゃあ、またね」
そう言って笑顔で手を振り、アルクスは食堂を去っていった。
「リタは、アルクスの『仕事』について何か知ってる?」
「いいえ、私も詳しくは知らないのです。ただ、学校でも公認されているようなので、怪しいようなものではないと思いますよ」
「そっか……」
アルクスって、一体どんな仕事をしているんだろう……?今まで詳しく聞いたことはなかった。今度会った時に、聞いてみよう。
◇◇◇




