お揃いの魔石
――翌日。
「あなた、生意気なのよ。アルクス様に媚びを売って」
「アルクス様は、あんたなんかが気安く話しかけていい人じゃないのよ。まったく釣り合ってないのが分からない?」
「友達ぶって話しかけて、私たちのアルクス様を汚さないでよ」
また、いつもの三人組に絡まれていた。彼女たちは何かと私に嫌がらせをしてくる。教科書を隠されたり、水魔法でずぶ濡れにされたり――。やりたい放題だ。
今までは我慢していた。けれど、ここまで言われて黙っていられるほど、私は大人しくない。
「私とアルクスは友達だし、友達と話すことの何がいけないの?」
思わず声を張り上げる。
「それに、釣り合うとか釣り合わないとか、そんなの勝手な周りの人たちの意見でしょ!」
「友達? 笑わせてくれるわね。アルクス様があんたなんか相手にするわけないじゃない」
「アルクスだって子供じゃないんだから、一緒にいる友達くらい自分で選ぶはずだよ」
「なによっ! 知ったような口を聞いて……!」
伯爵令嬢の彼女は、怒りに顔を歪める。
「あんたみたいなのが、一番嫌い!」
そう言うと、彼女は右手を思いきり後ろへ引いた。
「……!」
叩かれる――。
そう思った私は、思わず目を閉じた。
「……あれ?」
しかし、いつまで経っても痛みが来ない。私は恐る恐る目を開ける。
すると――。地面から伸びた細い糸のような魔法が、伯爵令嬢の腕に絡みつき、その動きをぴたりと止めていた。
「俺のいないところで、何やってるの?」
聞き慣れた声がした。
「……アルクス?」
顔を上げるとそこには、いつもの柔らかな笑顔とはまるで違う表情をしたアルクスが立っていた。金色の瞳が、伯爵令嬢を鋭く射抜いている。
彼女はその視線を受けた瞬間、身体を強張らせた。
「ねえ」
アルクスが静かに口を開く。
「俺の友達を傷つけるのは、やめてくれないかな?」
声は穏やかだった。けれど、その奥には明らかな怒気が滲んでいる。
「もし俺のことを思ってくれてるなら……俺が今、君に望んでいることも分かるよね?」
「ご……ごめんなさい……。そういうつもりじゃ……」
伯爵令嬢は今にも泣き出しそうな顔で謝る。するとアルクスは魔法を解いた。
「行っていいよ」
その一言を聞くと、三人は逃げるようにその場を去っていった。ふと周囲を見渡す。いつの間にか、たくさんの生徒たちが野次馬として集まっていた。
「スピカ、大丈夫?」
アルクスが私のところへ近づいてくる。
「いくら待っても来ないから、心配になって迎えに来たんだよ」
「……」
「……もしかして、俺がいない時、いつもこんなことされてたの?」
「いや……それは……」
「誤魔化すの、下手だね」
アルクスは小さくため息をついた。
「まあ、あとのことは俺に任せて」
「うん……ありがとう」
私は素直に頷いた。その日は、そのままアルクスと一緒に帰ることになった。
――帰り道。
ふと、アルクスが思い出したように口を開く。
「あ、そういえば」
「ん?」
「スピカは、俺のこと友達だと思ってるんだ?」
「うん。友達だと思ってるよ!」
私は迷うことなく答えた。
「……もしかして、迷惑だった?」
するとアルクスは、少しだけ目を細める。
「いいや」
そして、どこか意味深な笑みを浮かべた。
「いいよ。今は友達でも」
「……?」
「ただ、ちゃんと異性の友達として意識してね」
「え……?」
意味が分からず首を傾げる私を見て、アルクスは楽しそうに笑った。
「じゃあ、また明日」
そう言って、アルクスは顔をほころばせた。
今日は本当に大変な体験をしたなぁ。そんなことを考えながら、私は揺れる馬車に身を預けた。
◇◇◇
毎日のように勉強と魔法の練習に励み、穏やかな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。太陽の光を受けて、アルクスの耳元で何かがきらりと輝いた。
「アルクスのピアス、素敵だよね」
思わずそう口にすると、彼は自分の耳元に手をあてた。
「ああ、これ?」
そういいながら、雫型の金色に輝くピアスを指先でトンッと弾いた。
ガラスのように透き通った金色の魔石が、太陽の光を受けて一層まばゆく輝く。アルクスの魔力と同じ、鮮やかな金色。
この国の魔法使いは、ファーストピアスとして魔力を込めた石――いわゆる魔石を装飾品として身につける習慣がある。
魔石に蓄えられた魔力を使えば、自分の魔法を一時的に増幅させることもできるのだ。自分自身の魔力量には限りがある。
だから、いざという時に魔力切れを起こさないよう、魔法使いの多くは何かしらの魔石や魔道具を身につけている。
そして、その魔石は魔法が覚醒した際に、家族や大切な人から贈られることが多い。ただし、装飾品にできるほど大きく、美しい魔石を作るには高度な技術が必要だ。作れる人も限られているため、当然その価値はとても高い。
「いいなぁ……」
思わずピアスを眺めながら呟く。
「私も今度、お父さまにお願いしてみようかな」
そんなことを考えていると、アルクスがきょとんとした顔をした。
「そんなの、買う必要ないよ」
「え?」
「俺が作って、プレゼントしてあげる」
あまりにも自然に言われて、私は目を瞬かせた。
「魔石は、作った人の魔力の色になるんだよね?」
「うん。だから俺のピアスの魔石も自分で作ったんだ」
「えっ? アルクスは魔石を作れるの?」
驚いて声を上げる。
授業では、装飾品にできるほどの魔石を作るのは高度な技術が必要で、大人の魔法使いでも綺麗に作るのは難しいと習ったばかりだ。
「ああ。魔力を込めるだけだしね」
それなのに彼はまるで、何でもないことのように言ってのける。
「今度作って持ってくるから、少し待っていて」
「うん」
「結構魔力が必要だから、仕事がない時に作りたいんだ」
魔石を作ることを、まるで簡単な作業のように話す彼。やっぱりアルクスは、どこまでも魔法使いとして異次元のレベルなんだ……。
「うん、わかった。楽しみにしているね」
そう答えると、アルクスは満足そうに微笑んだ。そして、ふと思い出したように口を開く。
「ちなみに、俺以外の人に魔石をもらうなんてことはしないでね」
「……うん?」
どういう意味だろう?
魔石をもらえる機会なんて、そもそも日常生活ではなかなかないんですけど……。
◇◇◇
「はい。じゃあ、これを肌身離さず毎日つけてね」
あれから、ほんの数日。
アルクスの手には、彼の耳元に輝くピアスと同じ、ガラスのように透き通った金色の魔石のピアスがあった。
太陽の光を受けると、まるで小さな星が閉じ込められているかのように、金色の輝きがきらめいている。
「本当に……私がもらっちゃってもいいの?」
手のひらに乗せられたピアスを見つめる。
「これ、買うとすごく高いんじゃ……」
「スピカのために作ったんだから、もらってよ」
そういって、アルクスは優しく笑った。
「俺の魔力で作ったから、俺とお揃いになるんだけど……もしかして嫌、とか?」
「ち、違うよ!」
慌てて首を横に振る。
「絶対に高価なものだし……私がアルクスにあげられそうなもので、お返しになりそうなものも思いつかなくて……」
すると彼は少しだけ目を細めた。
「じゃあ、お返しなんていらない」
「え?」
「その代わり、毎日つけてきて」
「……うん!」
私は笑顔で頷いた。
「大切にするね!」
◇◇◇
その日の夕食、父と食卓を囲んでいると、父がふと私の耳元へ視線を向けた。
「あれ? スピカ、ピアスなんてつけていたかい?」
「ああ、これ?」
私は耳元のピアスに触れる。
「アルクスが作ってくれたの!」
「……ドラート様が?」
「うん! 彼の魔力で作った魔石なんだって!」
嬉しくなって、私は父にピアスを見せた。
アルクスいわく、この魔石を使えば無属性魔法を少しだけ使えるらしい。ただし効果は長く続かず、一度きりの効果なのだそうだ。
それに大前提として、魔法は自分の中でイメージできなければ、そもそも使うことができない。無属性魔法なんて、まだ私には具体的なイメージができない。だから、今の私には使いこなせる自信もない。
今はただ、大切なアクセサリーとして身につけておこうと思っている。
そんな話をしていると、なぜだか父がほっとしたような表情を浮かべた。
「そうか……」
そして、いつものように優しく微笑む。
「じゃあ、大事にしなさい」
「うん!」
「ドラート様に今度お会いした時は、私からもお礼を言っておくよ」
「うん! ありがとう、お父さま!」
私は嬉しくなって笑った。
「そうだ、お父さま!」
「ん?」
「魔道具で魔力を増幅したりもできるみたいなんだけど、今度見に行っちゃダメかな?」
カランッ――。
その瞬間、父の手からフォークが滑り落ち、床に転がった。
「お父さま?」
「……ああ、すまない」
近くにいたメイドがすぐに駆け寄り、落ちたフォークを片付ける。そして、代わりのフォークを父の前へ、そっと置いた。
父は少し動揺したような様子を見せながらも、いつものようににこやかに微笑んだ。
「お前は魔法が覚醒したばかりだし、まだ早いんじゃないかな?」
「そう?」
「もう少し魔法が上手く使えるようになったら、一緒に見にいこう!」
「わかった……」
私は少し残念に思いながらも頷いた。
「もう少し、がんばるね!」
けれど――。何やら、魔石の話をしてからの父の様子が気になって仕方がなかった。
魔道具を私が見に行くことにも、あまり前向きではなかったように感じる。
どうしてだろう……?そんな疑問を抱きながら、眠りについた。




