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金色の魔力

 ――昼休み。


 今日はリタが初等部の弟と一緒にお弁当を食べるそうだ。気分転換に、たまには外でご飯を食べようと思った私は、食堂でサンドイッチの入ったピクニックバスケットを買い、中庭の木陰で昼食をとっていた。


「もう試験まで一か月かぁ……」


 リタとの放課後の勉強会は楽しいし、順調に進んでいる。けれど、実技の方は先日の授業で思い知らされた通り、まったく進歩していなかった。


 まず、自分の魔法属性である『引力』という力そのものを、私はまだよく理解できていない。そのうえ、頭の中でイメージしたものを具現化して魔法を使うなんて、魔法使い歴二か月の私にはハードルが高すぎる。


 この二か月で魔法が使えるようになってよかったことといえば、読みたい本を自分の足で取りに行かなくても済むようになったくらいだ。


 さすがは異例の十四歳で覚醒しただけある。ハズレ魔法だ、と自分でも思う。


「魔法をうまく使えるようになりたくて魔法学校に入学したものの、なかなか上達もしないし……。どこかに魔法の使い方を教えてくれる人はいないかなぁ」


 そんなことを考えていると、どうやら思っていたことがそのまま口から漏れていたらしい。すると、頭上から声がした。


「ねえ、君。この間入ったっていう転入生?」

「ひゃっ!?」


(わ、びっくりした……! まさか木の上に人がいるなんて)


 あまりにも予想外の出来事に、思わず悲鳴が漏れてしまった。恐る恐る顔を上げると、木の枝の上には初めて見る顔の男の子がいた。


 銀色の髪。まるで芸術品のように整った顔立ち。彼は木の上から、こちらを見下ろしていた。


「そ、そうです。転入生のスピカ・キャンベルです。あなたは……?」

「スピカ……?」


 彼は私の名前を、小さく呟いた。そして、トンッと軽やかに木から飛び降りる。その瞬間、ふわりとホワイトムスクの甘く爽やかな香りが鼻をかすめた。近くまで歩いてきた彼は、私の顔を見るなり、なぜか目を大きく見開いた。


「お前……本当に俺が誰だかわからないのか?」


 まるで、私が彼のことを知っているのが当然だと言わんばかりの口調だった。こんなに綺麗な顔をした男の子を見たら、忘れるはずがない。もしかすると、この学校では有名な人物なのだろうか。


「ごめんなさい。あなたとは初めて会ったと思いますし、私は先月転入したばかりで学校のこともまだ詳しくないので……存じ上げません」


 正直にそう告げると、彼はわずかに不服そうな表情を浮かべた。


「……俺はアルクス・ドラート」

「ドラート……!?」


 ドラート家といえば、この国でも有名な公爵家だ。なんでも、その公爵令息は魔法に長けているという。さらに眉目秀麗で、彼に憧れる令嬢も多いらしい。

 そんな彼が、自分のことを知らないと言われれば、確かに面白くはないだろう。


「し、失礼しました! まさか公爵令息様だとは思わず……。でも、ドラート様の噂は聞いたことがあります。なんでも魔法の扱いがお上手だとか……」

「そうか……。本当に何も覚えてないんだな」


 彼は小さな声でそう呟くと、少し俯いた。そして、自嘲するように小さく笑った。


「え? 何か言いましたか?」


 うまく聞き取れず、私は思わず聞き返す。するとその男の子は「なんでもない」とだけ答えた。公爵令息様に失礼をしてしまったらいけないと思うと、少し緊張してしまう。


「確か同じクラスだよね? これからよろしく」


 そう言って彼は、ふっと表情を和らげた。


「それに、この学校では立場に関係なくみんな平等だから、敬語もいらないよ。あと、俺もスピカって呼ぶから、俺のこともアルクスでいい」


 彼は口元にきれいな弧を描きながらそう言った。アンニュイな声は驚くほど耳心地がいい。

 彼は私に眩しいほどの笑顔を向け、金色に輝く瞳でまっすぐ私を見つめてきた。男性への耐性がない私は、思わず視線を逸らしながらコクリと頷いた。こんな綺麗な男の子に見つめられたら、誰だってこうなるに違いない。


「そういえば、魔法の使い方がわからないとかなんとか言ってたけど……。もしよければ、俺が教えてあげようか?」

「え……? いいの……?」


 そんなの、願ってもないことだ。まだ入学して間もない私には、未知の魔法の実技について頼れる人が周りにいなかった。


「もちろん。俺が力になれることがあるなら、頼ってほしいな」


 魔法に長けているという公爵令息に、個人的に魔法を教えてもらうなんて恐れ多い気もする。けれど、何より魔法を教えてもらえる機会はそう多くない。ここは素直に甘えることにした。


「未熟者ですが、よろしくお願いします」


 そう言って私は胸の前に右手を差し出し、彼に握手を求めた。彼は私の手をそっと握り返し、優しい表情で言った。


「うん。こちらこそよろしく。俺、基本的に仕事があるから学校にいることは少ないんだけど、放課後なら時間が取れることも多いと思う。それに仕事がないときは、なるべく学校にも登校するようにするよ。じゃあ、さっそく今日の放課後から特訓しようか」

「うん、わかった! じゃあ放課後に、またこの中庭に来るね」

「ああ。じゃあ、また後で」


 彼は笑顔でそう言うと、寮の方へと去っていった。こうして早速、今日の放課後から特訓することが決まった。


 正直、噂で聞いていた彼は、眉目秀麗で天才魔法使い、それでいて公爵令息。どこか人間離れした人物なのではないかと勝手に想像していた。けれど、実際に会った彼はとても柔らかい印象だった。噂の人物とはあまりにもイメージがかけ離れていて、少し驚いてしまう。

 それに、仕事で忙しいと言っていたのに、私のために時間を使ってくれる。単純に、それが嬉しかった。



 ◇◇◇


 ――放課後。


 足早に中庭へ向かうと、木に背を預け、片膝を立てている銀髪の男の子が見えた。その光景は、驚くほど絵になる。

 この目の前の男の子が待っているのは、本当に私でいいのだろうか。そんな不安が湧いてくるほどだった。


「お待たせ。アルクス、早かったんだね」

「ああ。午後は先生と今期のスケジュールを打ち合わせしてたんだ。それが思ったより早く終わった」

「そうなんだ。なんだかすごいね。同い年とは思えないや……」

「まあ、別に俺が珍しい魔法だから使い勝手がいいってだけの話だよ」

「ちなみにアルクスは、なんの魔法なの?」

「ああ。俺は『無属性』の魔法だよ」

「無属性……? 属性のない魔法が使えるってこと?」

「そう。だから魔法属性の相性とかもないし、結構いろんなところで使い勝手がいいみたいなんだよね」


 なるほど。無属性の魔法なんて、確かに最強だろう。基本的に魔法使いは、火、水、雷、風、土、氷、闇、光の八つの属性のどれかになる。


 そして、それぞれに相性がある。魔法使いが魔物を討伐するときは、必ず優位に立てる相性の魔法使いが戦うのが基本だ。属性がないということは、相性を考えずとも戦えるということ。

 明らかに彼の魔法が規格外の強さなのは間違いなかった。そこが天才と呼ばれる要因の一つなのだろう。


「で? スピカは何の魔法なの?」

「私は『引力魔法』というものらしいのです……」

「引力?」


 彼は少し驚いたように眉を上げた。


「珍しいね。たくさんの魔法使いに会ったことがあるけど、引力の魔法っていうのは聞いたことがない」

「そうみたい。魔法鑑定をしてくれた人にも、見たことがないって言われて……。でも、自分でもこの引力魔法っていうものをまったくイメージできなくて、何をどうしたらいいのかわからないの」

「なるほどね。まあ、引力っていうのは意外と身近なものだと思うよ。例えば……」


 そう言って彼は、突然私の手を引いた。

 そして、そのまま私の身体を自分の方へと引き寄せる。


「え……っ」


 気がつけば、彼の胸元近くまで顔が近づいていた。ふわりと漂うホワイトムスクの香り。あまりにも突然の出来事に、頭が真っ白になる。


「あの……これは本当に引力なのデスカ……?」


 突然すぎる出来事に驚き、混乱した頭のまま言葉を発したせいか、自分でもよくわからない話し方になってしまった。


「あはは。急にごめんね」


 彼は楽しそうに笑いながら、私の身体をそっと離した。


「まあ今のは、明確には筋力によるものだね。でも実際、人間同士にも引力っていうものはあるんだよ。それは実際には影響を及ぼさない程度の、本当に小さな力だけどね。こういう、自分の能力に使えそうなことは覚えておいた方がいい。あくまでも魔法は、事実がどうかということよりも、自分がちゃんとイメージできるかどうかが大事だから。ただ逆に、自分がイメージできないものを魔法で実現しようとしても、その力は発動できない」

「そうか!」


 私は思わず声を上げた。


「イメージだけできればいいなら、実際とはちょっとずれていても実現できるんだ。……引き寄せるかあ」


 少し考えてみる。


「うん。なんだか、いろんなことができそうな気がしてきた!」

「でも実際そうだと思うよ」


 彼は楽しそうに笑った。


「練習すれば、重力を無視した魔法だって使えるはずだから。間違いなく最強クラスだね」

「重力を無視した魔法!?」


 なんだかすごい言葉が飛び出してきて、思わず耳を疑った。


「そうだね」


 彼はまるで大したことではないような軽い口調で言いながら、鞄から見覚えのある水晶を取り出した。それは以前、魔法鑑定の際に使った水晶だった。


「それ……魔法鑑定の時の水晶?」

「そうだよ」

「そんな大きなもの、どこに入ってたの?」

「魔法で圧縮して持ち歩いてるんだ」

「魔法で……圧縮?」


 なんともすごい魔法だ。


「じゃあ、この水晶に魔力を込めてみて。魔力の込め方はわかるよね?」


 私はこくりと頷き、自身の魔力を水晶へと流し込む。すると、水晶の中心が銀色に輝いた。


「うん。魔力量はかなり多い方だね」


 アルクスは水晶を覗き込みながら続ける。


「ただ、魔力の形がすごく不安定だ。わかる? この形。これは魔力コントロールがうまくできていない証拠だよ」


 アルクスが指さした水晶を覗き込む。確かに水晶の中には、銀色のおぼろ月のようなものが見えていた。それは常に左右へ揺れ動き、一か所に留まることがない。彼の言う通り、不安定な形をしていた。


 アルクスは水晶を私から受け取ると「見ててね」と言った。

 そして、水晶に自身の魔力を込める。


 ――その瞬間。


 水晶の中いっぱいに、美しい金色の円が寸分の狂いもなく現れた。その円はぴくりとも動かない。私の魔力の形とは、誰が見てもまったくの別物だった。


「綺麗……」


 あまりの美しさに、思わず声が漏れてしまった。


「ふふ、ありがとう」


 アルクスは少し嬉しそうに笑った。


「まあ、魔力コントロールに関しては練習あるのみだからね。きっと練習すればできるようになるよ。まずは少量の魔力でいいから、一定の量を流す練習をしよう。魔力の形が、ずっと同じ形になるように魔力を流し込むんだ」

「うん、わかった。やってみる」


 そう言って何度か試してみるものの、なかなかうまくいかない。


「もし難しかったら、声を出しながらやってみるといいよ」

「声?」

「一定の声量を保つように意識すると、魔力の量も安定させやすいから」


 なるほど。声と魔力を同じような感覚で考えるのか。


「ちなみに、この水晶はあげるから家でも練習に使うといいよ」

「え……?」


 私は思わず水晶を見つめた。


「でもこれって、かなり高価なものなんじゃない? さすがにもらうことはできないよ。お父さまに聞いて、買い取ってもらえるか相談してみるけど……ちなみに、いくらくらいするの?」

「多分、スピカのお小遣いの二十か月分くらいじゃない?」


(はい……?)


 この国で魔道具が高価なことは知っている。そしてもちろん、アルクスは私のお小遣いの額なんて知らないだろう。けれど私だって伯爵令嬢だ。それなりの額をもらっている自覚もある。彼も伯爵家の娘であることを知った上で言っているのだから、決して安いものではないはずだ。


「そんな高いものをもらえないよ!」

「いいよ、別に。気にしなくて」

「うーん……」


 私は少し考える。


「じゃあ、練習はしたいし、気持ちはすごく嬉しいから……借りるっていう形にしてもらってもいい?もし万が一壊してしまった時は、もちろん弁償させてください」

「あはは。別にいいのに」


 彼は困ったように笑った。


「壊しても俺が新しいのを用意するから、気にすることはないよ。とりあえず今は、スピカの魔法がうまくなることを最優先にしよう。あ、でもこの練習は自分が思っているより魔力を消費するから気をつけてね。魔力切れを起こすと、半日はまともに動けなくなるよ。いい?」

「うん、わかった」


 私はアルクスから水晶を受け取り、改めてお礼を言った。初日から、こんなにも真剣に練習に付き合ってくれるとは思っていなかった。アルクスには本当に感謝でいっぱいだった。


 これからは魔法の実技も頑張ろう。そう決意しながら、私はアルクスと別れ帰路についた。



 ◇◇◇


 家に帰った私は、自室で唸っていた。


「あああ……」


 声を出しながら、水晶へ魔力を流し込む。自分の声量と魔力量を同じように意識するとやりやすい、とアルクスに教えてもらったので、早速試しているのだ。


「あああ……あああ……」


 確かに、声を出している時の方が魔力のブレが少ない。もしかしたらアルクスは、すごく教え方が上手いのかもしれない。

 これはすぐに上達しちゃうかも。そんなことを考えていると――。


 ――コンコン。

 突然、ドアがノックされた。


「どうぞー」


 声をかけると、侍女のアンナが部屋に入ってきた。


「申し訳ございません。お取り込み中でしたか?」

「お食事の準備ができましたので、お呼びに参りました」

「あ! ごめんね。心配して見に来てくれたんだね?実は魔法の練習をしてたの!」


 そう言うと、アンナは少し安心したような表情を見せた。


「お嬢様のお部屋から、なにやら声が聞こえましたので……少し心配になりまして」

「あはは、それはごめん!」


 私は思わず笑ってしまった。そして、アンナに向かって胸を張る。


「でもね、アンナ。もしかしたら私、すごい魔法使いになれちゃうかも!頑張るから、応援してね!」


 そう言うと、アンナは満面の笑みを浮かべ、私の両手を握った。


「はい! もちろんです!私はいつだって、お嬢様を応援しておりますから!」


 そう言った後、アンナは少しだけ困ったように眉を下げた。


「……でも時には休憩も必要ですからね?お嬢様は熱中すると、周りが見えなくなることもございますので。今日は夕食を食べて、ゆっくりお休みになられてはいかがですか?」


 アンナは、私のことをいつも応援してくれる。そして、私のよき理解者でもある。


「そうだね。ふわぁ……」


 その瞬間、大きなあくびが出た。


「確かになんだか、すごく疲れたかも……。アンナ、呼びに来てくれてありがとう! 今日はゆっくり休むことにするよ!」


 熱中していて気づかなかったが、もうとっくに身体は限界に近づいていたらしい。今日の練習は終わりにしよう。夕食をとった後、私は自分でも驚くくらいすぐに眠りについた。


 ◇◇◇

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