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引力の可能性

 ――五月。


 いよいよ授業では、本格的な魔法の実技練習が始まった。私にとって実技の授業は初めてだ。この日を待ち遠しく思う気持ちと、うまくできるだろうかという不安が胸の中で入り混じっている。

 今日も担任のオリバー先生が授業を担当していた。


「今日は、みんながどれくらい魔法を使えるようになっているか確認するぞ」


 先生は生徒たちを見渡しながら、いつものように明るい声で続けた。


「まあ、今日は試験じゃない。成績にも関係ないから、気楽に取り組んでくれ。じゃあ、自分の一番得意な魔法を一人ずつ見せてもらおうか」


 そうして、一人ずつ皆の前で魔法を披露することになった。言われた通り、順番に魔法を使っていく。


 水魔法で天高く水柱を作る人。火を渦のように操る人。風魔法を使い、自分の身体をふわりと宙に浮かせる人。どの魔法も完成度が高く、思わず見入ってしまう。


(すごい……)


 さすがはSクラスというだけある。みんな、自分の魔法を当たり前のように使いこなしていた。そしてオリバー先生は、一人ひとりの魔法を確認しながら的確なアドバイスを送っていく。そんなクラスメイトたちの姿を見れば見るほど、自分の番が来るのが不安になっていった。


 やがて、リタの番が来る。リタは両手を前にかざし、回復魔法を披露した。淡い光が手のひらから溢れ、小さな傷をゆっくりと癒していく。


「ブリュスターは、もう少し全身の力を抜いた方がいいぞ」


 オリバー先生が腕を組みながら言った。


「余計な力を入れず、指先だけに集中しろ。もっと早く治せるようになるはずだ」

「はい。ありがとうございます」


 リタは素直に頷いた。


 そして――。とうとう私の番が来た。


「キャンベル、いけるか?」


 魔法に不慣れな私を気遣ってくれたのだろう。先生の声には、無理をしなくてもいいという優しさが滲んでいた。だけど、私は今の自分の実力を見てもらいたかった。せっかくなら、先生からアドバイスももらいたい。


「はい……やってみます」


 私はそう答え、前へ出た。胸の前に両手をかざし、ゆっくりと魔力を込める。狙いを定めたのは、少し離れた場所にある木。その枝には、小さな木の実がいくつも実っていた。


(あれを……私のところに引き寄せる)


 意識を集中させる。手の先に魔力を集めるように。すると、一つの木の実が小さく揺れた。


「……!」


 成功するかもしれない。そう思った次の瞬間。木の実が枝から外れ、こちらへ向かって飛んできた。


(やった――!)


 しかし……ぽとん。

 私の手元に届く前に、木の実は地面へと落ちた。


「……あ」


 一瞬、静寂が訪れる。


「あはは。なにあれ、みっともない」

「一体、何の魔法なのかしら?」

「初等部の子でも、もっと上手に魔法を扱えるわよ」


 後ろから、聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。あの三人組だ。私の魔法を見て、くすくすと笑っている。

 その言葉に、私はぎゅっと目を閉じた。悔しい。だけど、何も言い返せない。

 今の魔法は、誰が見てもひどい有様だった。自分でもわかっている。だからこそ余計に、情けなくて仕方がなかった。


「ははは!」


 突然、オリバー先生の豪快な笑い声が響いた。私は驚いて顔を上げる。


「キャンベル、いい魔法を持ってるじゃないか」

「え……?」

「木の実を自分のところへ引き寄せようとしたんだろ?」


 先生は地面に落ちた木の実を見ながら笑った。


「取りに行かなくても物を手元に持ってこられるなんて、便利じゃないか」


 その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。


「ただし、今のままだと魔力のコントロールが甘いな」


 オリバー先生は私を見て、少し真剣な表情になった。


「キャンベルは、まず魔力をコントロールするところから始めた方が良さそうだ」


 そして、後ろで笑っていた三人組へ視線を向ける。


「ほら、お前らも笑うくらいならキャンベルに魔法を教えてやれ」

「……っ」


 三人組は気まずそうに口を閉じた。先生が軽く笑い飛ばしてくれたおかげで、私も少しだけ気持ちが晴れた気がした。


 授業が終わった後、私はオリバー先生のところへ向かった。


「先生、質問してもいいですか?」

「ん? どうした?」

「魔力のコントロールって、具体的にどうすれば練習になりますか?」


 先生は少し考えるように顎へ手を当てた。


「そうだな……。まずは、手先に魔力を集めることを意識することだ」

「手先に……?」

「ああ。全身に魔力を流そうとすると、その分コントロールが難しくなる」


 先生は自分の手を見せながら説明する。


「それに、必要以上の魔力を使えば魔力切れも起こしやすい。だからまずは、自分がどれくらいの魔力を持っているのか知ること。そして必要な場所に、必要な分だけ魔力を集めることだな」


 なるほど……。ただ魔力を出せばいいわけではないらしい。


「まあ、引力の魔法なんて、使いこなせるようになれば便利でいいと思うぞ」


 先生はにっと歯を見せて笑った。


「頑張れ!」

「はい……! わかりました」

「珍しい魔法だし、期待してるぞ」


 先生との話を終えると、リタがこちらへ駆け寄ってきた。


「スピカの魔法、すごいですね」

「え?」

「物を引き寄せるなんて、私初めて見ました」


 リタは興味深そうに目を輝かせている。


「実は……私の魔法、引力の魔法なんだよね」

「引力……」

「なんか珍しい魔法ではあるみたいなんだけど」


 私は少し肩を落とす。


「でも、こんなの十四歳で覚醒したハズレ魔法だよ……」


 すると、リタは少し考えるような表情を浮かべた。


「引力ですか……。私も初めて聞きました」


 そして、すぐに柔らかく微笑む。


「でも、ハズレなんてことないと思いますよ」

「え?」

「引力って、その辺に存在しているものですよね?」

「うん……たぶん」

「でしたら、使い方次第でいろいろなことができるのではないでしょうか」


 リタは楽しそうに続けた。


「なぜでしょう。スピカなら、きっと面白い魔法を見せてくれるんじゃないかって思ってしまいます」

「そうだといいんだけど……」


 私は苦笑いを浮かべた。


 家族には魔法使いがいない。だから、日常的に魔法を使うという習慣もなかった。魔法が覚醒してから二か月ほど経ったが、実際に魔法を使う機会はほとんどない。

 まだまだ、自分の魔法を使いこなせる気はしなかった。



 ◇◇◇


 ――その日の夜。


 ベッドに入りながら、私は初めて魔法を使った時のことを思い出していた。


 あの日、私は父を助けようとしていた。馬車の中にいた私は、必死に武器になるものを探していた。


 そして――。

 馬車へ手を伸ばした。その直後、男たちは馬車へと引き寄せられ、ぴたりと張り付いて動けなくなった。


(あれ……?)


 私はベッドから身体を起こした。


(そうか)


 あのとき、私は自分のところへ物を引き寄せたわけじゃない。男たちを――馬車へ引き寄せたのだ。


「……そうか!」


 思わず声が出た。


「自分の方に寄せるだけじゃなくて、何かに引き寄せることもできるのか!」


 考えてみれば、あの時は硬いものや尖ったものを探していた。もしかしたら、馬車の金属部分に魔法が反応したのかもしれない。


「うん……なんか、できる気がする!」


 私は勢いよくベッドから起き上がった。さっそく魔法の練習をしてみよう。

 近くの机の上に置いてあった本へ視線を向ける。


(この本を……本棚へ戻す!)


 両手を前に出し、魔力を集中させ、本棚を意識する。本を、本棚へ。


「えいっ!」


 ……。


「……動かない」


 もう一度。


「えいっ!」


 ……。


「全然だめだ……」


 本はぴくりとも動かなかった。現実はそう甘くないらしい。


「まあ、まずは魔力のコントロールが大事って言われたし……そっちから頑張ろう」


 私は諦めてベッドへ戻った。今日はあまりいい夢は見られなさそうだ。そんなことを考えながら、明日に備えて目を閉じる。



 ◇◇◇


「あれ……?」


 目を覚ました私は、ぼんやりと窓から差し込む朝日を見つめた。どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。しかも、驚くほど頭がすっきりしている。


(私……寝られないと思ってたのに)


 昨日は魔法を笑われ悔しいことがあった。自分の未熟さを思い知らされた。きっと布団の中で悶々として、眠れない夜になると思っていたのに……。


「……爆睡してた」


 嫌なことを引きずって眠れなくなるどころか、ぐっすり眠っていたらしい。もしかすると私は、自分でも驚くほど図太い神経をしているのかもしれない。

 そう考えると、少しだけ笑えてきた。


「……まあ、いっか」


 私は大きく伸びをする。悩んでいても魔法が上手くなるわけじゃない。だったら今日も頑張ろう。そう決めて、私はベッドから飛び起きた。


第一章「ハズレ魔法使い」を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


ここまでスピカの魔法についてのお話が中心でしたが、第二章からはこの作品の「ヒーロー」であるアルクスの登場もあり、二人の距離も少しずつ近づいていきます。

二人の関係がこれからどうなっていくのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。


もし「続きも読んでみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、とても励みになります。


これからもスピカとアルクスの物語を、どうぞよろしくお願いいたします。

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