魔物と魔法
「みんなはこの一年で中等部を卒業し、来年からは高等部へ進むことになる」
午後の授業が始まると、オリバー先生は教壇の前に立った。
「高等部では将来就きたい職業に合わせ、より専門的な知識を学ぶことになる。だからこそ、みんなにはこの一年である程度、自分の将来について考えておいてほしい」
先生は教室を見渡した。
「今日は転入生もいることだし、復習も兼ねて、魔法使いが将来進む道について話をするぞ」
そういって先生は黒板に文字を書き始める。
「まず、攻撃魔法を使える者の多くは討伐隊に入る。国王の護衛なども、討伐隊で実力を積んだ者しかなれない。危険は伴うが、一般の騎士より圧倒的に稼ぎはいいぞ」
生徒たちの間から少しざわめきが起こる。
「そして回復魔法が使える者は病院に勤務するか、討伐隊の補佐になることが多い。その他、教員になりたい者や魔法具に興味がある者は専門学校へ進んだり、研究所で働くことになるだろう」
先生はチョークを置いた。
「まあ、今挙げたのはあくまでも一般論だ。家業を継ぐ者もいるだろうしな。しっかり自分と向き合って考えるといい。まだみんなには一年ある。焦らず、ゆっくり考えろ」
(将来か……)
まだ入学したばかりだ。将来のことなんて、あまり実感が湧かない。けれど先生の話を聞いて、この一年は自分自身と向き合う大切な一年なのだとわかった。
(私が使えるのは引力魔法だし……討伐隊で活躍するのは難しいのかな。魔法具の生成とかも、少し興味があるかも……)
そんなことを考えていると、先生が再び口を開いた。
「じゃあ、さっそくだが今日は、みんなが今後戦うことになるかもしれない魔物について学んでいこう。教科書の十三ページを開いて――」
◇◇◇
こうして午後の授業が終わった。しかし――。私は机に突っ伏していた。
「な……何にもわからなかった……」
一般学校では魔法史を学ぶことはあった。しかし、実際の魔法の使い方や実技、魔物の種類や討伐方法などは習わない。初めて聞く内容ばかりで、頭の中がすでにいっぱいだった。
「大丈夫ですよ」
近くにやってきたリタが、そんな私を見てくすりと笑う。
「魔物はこれからも見る機会が増えると思いますし、自然と覚えていくものですから」
「うう……」
リタは優しく励ましてくれる。けれど、このままではまずいことは確かだ。
(このままだと試験、赤点間違いなしだよ……)
最初の試験は二か月後。六月に行われる。帰ったら、まずは勉強あるのみだ。
そう心に決め、私はリタと別れ、馬車へ乗り込んだ。
◇◇◇
「ただいまー!」
放課後、馬車で帰宅すると、父が玄関ホールまで出迎えてくれた。
「スピカ、お帰り。学校は楽しかったかい?」
「うん! とっても楽しかった!」
私は笑顔で答える。
「友達もできたよ!」
「おお、それはよかった!」
父は嬉しそうに目を細めた。
「ぜひ今度、お友達を家に呼んで遊びに来なさい」
「初日だったから少し心配していたんだ。良い学校生活になりそうで安心したよ。今日は疲れているだろうし、早めに休みなさい」
「うん!とってもいい子だから、今度ぜひお父様にも紹介させて!きっとお父様も気に入ると思うから!」
私は笑顔でそう答えた。もちろん、昼休みにあった出来事は話さない。父は私を溺愛している。もし学校でいじめられたなんて話したら、あの三人にどのような報復をするかわからない。それはさすがに怖い。
その日の夜は父と夕食を取り、寝る支度を済ませた。そしてベッドに入る前、少しだけ今日の授業の復習をする。
(少しでも早く、みんなに追いつかないと)
魔法を使えるようになりたい。自分の魔法をもっと知りたい。そしていつか――。誰かを守れるくらい強くなりたい。そんな思いを胸に、私はこれから始まる魔法学校での生活に思いを馳せるのだった。
◇◇◇
――ある放課後。
今日はリタが、六月に控えている試験に向けて勉強を教えてくれることになっていた。
どうやらリタには初等部に通う弟がいるらしく、週に何日かは弟が図書館で絵本を読んでいる間、そこで待っているのだという。
その待ち時間を使って、私の勉強を見てくれるらしい。
「リタ、本当にありがとう!」
私は机の上に広げられた教科書を見ながら、リタに頭を下げた。
「私、一般の学校にはちゃんと通っていたんだけど……魔法のことは初めてで、どこから手をつければいいのかわからなくて。正直、すごく困ってたの」
するとリタは、ふわりと微笑んだ。
「もちろんです。私も復習になりますので、ぜひご一緒させてください」
そして一冊の本を手に取る。
「……では、さっそく魔物について説明しますね」
リタが手に取ったのは、分厚い魔物図鑑だった。表紙には見たこともない異形の生き物が描かれている。
(うわぁ……なんだか怖そう……)
思わずそんなことを考えていると、リタが本を開いた。
「基本的に、王都周辺には大きな結界――バリアが張られています。そのため、街中に魔物が現れることはありません。ただし、このバリアの外へ出ると、普通に魔物が生息しています……。スピカは、魔物を見たことがありますか?」
「ううん。私はまだないの」
私が首を横に振ると、リタは納得したように頷いた。
「そうですよね。普通は、なかなかバリアの外へ出ようとはしませんから」
そういいながら、リタは手元にある地図を広げた。そして王都を囲むバリアの範囲を、おおまかに指でなぞっていく。
学校や私の家は、もちろんバリアの内側にある。そのバリアは想像していたよりもはるかに広く、私の家から馬車で三時間以上進まなければ外へ出られないほどの範囲を守っているらしい。
「そして、魔物には基本的に物理攻撃が効きません」
「物理攻撃?」
「剣や拳などを使った攻撃のことです」
「ああ、なるほど」
「そのため、剣や拳だけで戦うよりも、魔法を使って討伐することが基本となります」
リタは魔物図鑑のページをめくりながら説明を続けた。
「さらに魔物には危険度によるランクがあります。DランクからSランクまでです。Dランクの魔物は比較的弱く、剣などの物理攻撃でも倒すことができます。……ですが、Cランク以上になると物理攻撃がほとんど効かなくなります。そのため、必ず魔法使いによる討伐が必要になるのです」
「へえ……」
魔物と一口に言っても、そんな違いがあるのか。私は初めて知ることばかりで、思わず身を乗り出した。
「そして、その時に重要になるのが魔法属性の相性です」
リタは図鑑の後ろに載っている相性表を指差した。
「例えば、火の魔物には水や風の魔法が有効です。逆に、水の魔物には雷魔法が有効だったりします」
「なるほど……」
「必ず属性には相性というものがあるのです。魔法使いは、その相性を利用して魔物を討伐します」
リタはページをめくりながら、さらに説明を続ける。
「そして、魔物はBランク以上になると非常に狂暴で強力になります。そのため、さまざまな属性の魔法使いが四人以上でチームを組み、協力して戦うのです。討伐隊が実際に討伐するのは、このBランクからAランクの魔物が中心だと聞いています」
「Sランクは?」
私が尋ねると、リタは少し考えるように視線を落とした。
「正直、Sランクの魔物はほとんど目撃情報がありません。私も詳しくは知らないのです。まだまだ未知の存在のようですね」
そういってリタは、魔物図鑑をパタンと閉じた。一度小さく息を吐き、再び口を開く。
「なにやらSランク以上に、SSランクというものも存在するらしいです」
「SSランク?」
「はい。災害級の魔物と言い伝えられています」
リタの表情が少しだけ真剣なものになる。
「二百年に一度ほど現れると言われていますが、ここ二百五十年以上は確認されていないそうですよ」
「二百年に一度……」
そんなものが存在するなんて……。想像するだけで恐ろしくなる。
「私は光属性なので、あまり自分の目で魔物を見る機会はありません。ですが、Cランクの魔物と戦っただけでも、大人の魔法使いが大怪我をしているのを何度も見たことがあります。ですから、ランクに関わらず、魔物に出会った時は注意が必要です」
リタは私の方を見て、にこりと笑った。
「……と、まあ最初はこんな感じでしょうか?」
「すごい……」
私は思わず呟いた。魔物について、私は何も知らなかった。
一般学校では、【魔物が現れた場合は避難すること】それだけしか教わらない。
魔法使いが実際に魔法で魔物を倒しているところも見たことがなければ、魔物そのものを見たこともなかった。
(私たちが普通に暮らせているのは、討伐隊の人たちが命を張って守ってくれているからなんだ……)
あらためてそう考えると、討伐隊という存在の大きさを実感する。私は丁寧に教えてくれたリタに向き直った。
「リタ、教えてくれて本当にありがとう」
そして、じっと彼女を見つめる。
「魔物って、本当に恐ろしいものなんだね……。ちょっと怖いけど……」
私はぎゅっと拳を握った。
「私も、いつか倒せるようになるまで頑張る!」
「そうですね!」
リタは嬉しそうに微笑んだ。
「実践的な魔法は、私もあまり上手く扱えないのですが……。私は勉強が趣味のようなものなので、座学であれば教えられることもあるかと思います!試験も近いですし、これから一緒に勉強しましょう」
「えへへ」
私は嬉しくなって笑った。
「これからもよろしくね、リタ!」
「はい。よろしくお願いします」
(もう、リタに足を向けて寝られない……)
神様、仏様、リタ様。私は心の中で、ありがたそうに彼女を拝んだ。
◇◇◇
それからというもの、放課後はリタとの勉強会。家に帰れば、その日の授業の復習と翌日の予習を毎日のように繰り返した。
最初は何を言っているのかさっぱりわからなかった魔法の授業も、少しずつ理解できるようになっていった。
もちろん、まだまだ覚えることは山ほどある。けれど――。
(私、ちゃんと魔法学校の生徒になれてるんだ)
そう思うと、少しだけ嬉しくなった。
六月の試験に向けて、私は今日も、魔法について学び続けるのだった。
◇◇◇




