魔法学校へ
◇◇◇
――四月。
私は十五歳になった。
朝、慣れない制服に袖を通し、その上から繊細な刺繍が施されたローブを羽織る。履き慣れないローファーの窮屈さに少しだけ違和感を覚えながら、父や使用人たちに見送られ、私は家を出た。
今日から私は、魔法学校へ入学するのだ。
馬車が王都の中心部へと近づいていくと、窓の外には大きくそびえ立つ王城が見えてきた。私の通う学校は、その王城のすぐ近くにある。
やがて大きな正門の前で馬車が止まった。御者が門番と何やら会話をしている。どうやら、ここからすでに学校の敷地らしい。門番はキャンベル家の馬車を確認すると、登録を済ませたのか、ゆっくりと門を開いた。
「どうぞ、お入りください」
馬車は再び走り出し、正門から真っすぐに伸びる桜並木を進んでいく。魔法学校は、王都の中でも屈指の広大な敷地を誇っている。
五歳から十歳までが通う初等部。十一歳から十五歳までが通う中等部。そして十六歳から十八歳までが通う高等部。それぞれの年代ごとに大きな校舎が建てられている。
学校の隣には寮も完備されており、毎日の通学が難しい生徒は親元を離れ、そこで生活しているらしい。さらに寮のすぐ近くには、魔物を討伐する部隊――討伐隊の本部まである。
やがて目の前に、中等部の校舎と思われる建物が見えてきた。馬車が止まり、その厳かな外観を前にすると、自然と背筋が伸びる。
(……いよいよ、私の魔法学校生活が始まるんだ)
手のひらにじんわりと汗が滲む。正直かなり緊張している。すでにたくさんの生徒が登校しており、校門の周辺では友人同士が楽しそうに話している。
私はそんな生徒たちを横目に見ながら、一度だけ深呼吸をした。そして意を決し、校門をくぐった。
まずは事前に聞いていた通り、先生のもとへ向かう。簡単に学校内を案内してもらい、一通りの説明を受けた。
魔法学校は、魔法が覚醒した者から入学が決まる。初等部では一般学校と大きく変わらない授業を行うが、中等部からは本格的な魔法教育が始まるらしい。
私は中等部五年生からの途中入学だ。つまり、これまで皆が学んできた四年分の魔法の知識を、これから追いついていかなければならない。
(……大丈夫かな、私)
少しだけ不安になる。。
クラスはSクラスからCクラスまでの四つに分かれているらしい。そして私が所属することになったのは、なんと一番上のSクラスだった。
どうやら入学前に受けた試験の成績が良かったらしい。普段から勉強は欠かさず行っていたため、一般教養の試験には問題なく答えることができた。
ちなみにクラス分けは学力だけではない。魔力量や魔法属性なども考慮されて決められているという。
(でも、私の魔法って引力なんだけど……)
本当にSクラスでいいのだろうか。そんな不安を抱えながら、Sクラスの担任であるオリバー先生に挨拶をした。
魔法学校の先生と聞いていたので、私は勝手に白髪で髭を生やした熟練の魔法使いのような人を想像していた。しかし実際に現れたオリバー先生は、三十歳前後と思われる若い男性だった。
「本当に十四歳での覚醒なんて異例だぞ」
先生は感心したように私を見る。
「まあ、初めての魔法の勉強で大変なことも多いと思うが……頑張れよ!」
「はい!」
そう答えると、先生は教室の扉を勢いよく開けた。
ガラッ――。
それまで賑やかだった教室が、一瞬で静まり返る。どうやらすでに全員そろっているようだ。先生の後ろに立つ私を見て、生徒たちが一斉に視線を向けてくる。
――誰だ?そんな声が聞こえてくるようだった。
「(この年で転入?)」
「(あれが噂の……)」
「(ついこの間、魔法が覚醒したらしいぞ……)」
ひそひそと囁く声が聞こえる。教室中から視線が突き刺さり、私は思わず緊張した。
けれど、ここで怯んではいられない。私は背筋をすっと伸ばし、オリバー先生の隣に立った。
「授業を始める前に転入生を紹介する」
先生が教室を見渡す。
「スピカ・キャンベルさんだ。彼女は魔法が覚醒したばかりで、魔法学校で学ぶのは今日が初めてになる。わからないことも多いだろうから、みんな助けてあげるように」
そう言って先生は私へ視線を向けた。
「スピカ・キャンベルです」
私は胸の前でそっと手を重ねる。
「魔法が覚醒したばかりで、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが……一日でも早く魔法を使いこなせるよう頑張ります。よろしくお願いします!」
そう言って、ちょこんと頭を下げる。すると教室のあちこちから拍手が起こった。
ひとまず自己紹介を終え、私は小さく息を吐く。案内された空いている席に座り、ようやく肩の力が抜けた。
その後、すぐに授業が始まった。最初の授業は魔法史だった。魔法史は以前通っていた一般学校でも学んでいたため、内容には似ている部分も多い。そのおかげで、初めての授業にしては意外と理解することができた。
そして授業が終わると、あっという間に昼休みになった。
(えーっと……食堂は確か……)
私は生徒手帳に載っている校内地図を見ながら、食堂へ向かおうとした。
「キャンベルさん」
すると突然、三人の女子生徒に呼び止められる。
「あなたは何の魔法が使えるの?」
「ついこの前覚醒したってことは、私たちの知らないような面白い魔法なのかしら?」
「ねえ、よかったら見せてくれない? あなたの魔法とやらを」
三人のうちの一人には見覚えがあった。以前、父に連れられて参加した社交パーティーで見かけた伯爵令嬢だ。やはり十歳を過ぎてから魔法が覚醒することは異例らしい。
強い魔法ほど早く覚醒する。つまり、十四歳になってようやく覚醒した私は、弱い魔法しか使えないと思われているのだろう。彼女たちの口調から、明らかな悪意を感じ取った。
(……馬鹿にされてる)
私は三人をまっすぐ見た。
「名前も名乗らないような人には、私の魔法は教えません」
にっこりと笑って続ける。
「私、食堂に急いでいるので。失礼します」
そう言って彼女たちの横を通り過ぎようとした。
その瞬間――ボンッ!
突然、目の前に光が現れた。次の瞬間、土の塊のようなものが目の前に現れる。
「えっ――」
咄嗟に避けようとしたが、間に合わない。
「きゃっ!」
私はそのまま前へと倒れ込んだ。
「何するのよ!」
床に手をつきながら顔を上げ、三人を睨みつける。きっとこの三人のうちの誰かが土魔法を使ったのだ。
「ふふ。こんな魔法も避けられないなんて、可愛らしいこと」
「今の魔法なんて十歳の子どもでも防げるのに」
「あはは! 本当に無様だわ!」
三人は転んだ私の姿を見て、声高らかに笑っている。
……悔しい。悔しくて、手をぎゅっと握りしめた。
(……絶対に魔法を使えるようになって、見返してやるんだから)
私は唇を噛みしめ、込み上げてくる悔しさを飲み込んだ。
◇◇◇
なんとか食堂にたどり着き、おすすめだという日替わり定食を一人で食べていた。
すると、一人の女の子がお盆を持ちながら近づいてくる。
「転入生のキャンベル様ですよね?」
声をかけられ、顔を上げる。そこには小柄で、深い栗色の髪をした女の子が立っていた。
「初めまして。私、リタ・ブリュスターと申します」
「はい。今日から転入してきました、スピカ・キャンベルです。よろしくお願いします」
そう言って私はぺこりと頭を下げた。すると彼女は柔らかく微笑む。
「ふふ。そんなにかしこまらないでください。今日転入してきたばかりだと、わからないことも多いですよね……。もしよろしければ、ご一緒してもいいですか?」
「もちろん!」
私が答えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして少しだけ言いにくそうな表情を浮かべる。
「……先ほどはすみませんでした。何もできなくて」
どうやら、あの三人に絡まれていたところを見ていたらしい。
「全然大丈夫だよ!」
私は慌てて手を振る。
「それに、なんだか燃えてきたんだよね!早く魔法を使えるようになって、見返してやろうと思って!」
私が拳を握ると、リタは目を丸くした。
「ふふ。キャンベル様はお強いのですね! ……彼女たちは、とても魔法を扱うのが上手いんです。そしてターゲットを見つけては、いつもいじめの対象にしていて……。それに三人のうち一人は伯爵令嬢ですし、なかなか言い返せる人もいなくて」
「そうなんだ」
私は先ほどの三人を思い出す。
「いかにも、お高く留まっている伯爵令嬢って感じだもんね」
そして、ぐっと拳を握った。
「見てて!私、負けないから!魔法を早く習得して、ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「ふふっ」
私の言葉に、リタが思わず笑う。
「キャンベル様は素敵ですね!」
そして少しだけ頬を赤らめながら続けた。
「あの……よかったら、ぜひ私にも魔法の勉強のお手伝いをさせてください。魔法の扱いはあまり上手ではないのですが、勉強ならお手伝いできると思います」
「ありがとう!」
私は思わず身を乗り出した。
「いいの!? そう言ってくれてすごく嬉しい!」
そして少しだけ迷った後、リタを見る。
「あの……もしよければなんだけど……。私のこと、スピカって呼んでくれないかな?敬語もなしで!私、あなたともっと仲良くなりたい!」
そう言うと、リタは少し目を見開いた。そして、柔らかな笑顔を浮かべる。
「はい!では、私のことはリタと呼んでくださいね。敬語は口癖のようなものなので、お気になさらないでください!」
「よろしくね、リタ!」
「はい。よろしくお願いします、スピカ」
私はリタと笑顔で手を取り合った。魔法学校でできた初めての友達。その存在が、少しだけ心細かった私の心を温かくしてくれた。
――キーンコーンカーンコーン。
午後の授業を知らせる鐘が鳴ると私たちは慌てて教室へ戻った。
◇◇◇




