私の魔法
――翌日
朝起きて窓の外を見ると、玄関前に一台の馬車が停まっていた。
「誰か来ているのかな?」
急いでアンナに身支度を整えてもらい、食堂へ向かう。するとそこには、見覚えのある背の高い男性が立っていた。
黒髪に深緑の瞳。右目にはモノクル。両耳には、いくつかのピアスが光っている。父と同じくらい――おそらく百八十センチを超えるであろう背丈。そして白いローブを纏っていた。
「ああ、スピカ」
父がこちらを見る。
「起きたんだね。昨日は少しでも眠れたかい?」
「うん」
「昨日は、本当にすまなかった」
父は申し訳なさそうに言う。
「私が不甲斐ないばかりに、危険な目に遭わせてしまった」
「ううん。そんなことないよ」
私は笑顔を作った。
「みんな無事でよかったよ。ほら!」
両手を広げる。
「ぐっすり眠れて、この通りピンピンしているよ!」
本当は、怖くてあまり眠れなかった。けれど、これ以上家族に心配をかけるわけにはいかない。
父は私の顔をじっと見た。
「そうか」
父は小さく、それだけ呟いた。もしかしたら私の嘘は、ばれていたのかもしれない。
「ああ、そうだ」
父が隣の男性を見る。
「今日は、魔法鑑定士のグレヴァード氏に来ていただいたんだ」
魔法鑑定士。
「昨日、お前の魔法が覚醒したからね。どんな魔法なのか判定してもらおうと思って」
すると父の隣にいた男性が、美しい所作でお辞儀をした。
「ご紹介に預かりました、グレヴァード・フェインと申します」
柔らかな声。
「スピカ様。この度は魔法が覚醒したとのこと。おめでとうございます」
そして、グレヴァードさんは、少しだけ表情を和らげた。
「……実は私は、あなたが小さい頃にもお会いしたことがあるのですが。覚えてはいらっしゃらないでしょうか?」
「グレヴァードさん!」
私は思わず声を上げた。
「お久しぶりです! もちろん覚えていますよ!」
「……」
「小さい頃、怪我を治してくれたり。傷ついた動物を治療してくれたこともありましたよね!?」
そう言うと、グレヴァードさんは、なぜか一瞬だけ困ったような表情を浮かべた。
けれどすぐに、私をまっすぐ見つめ目尻を下げた。
「そうですね。もうずいぶん前のことですが……よく覚えていらっしゃいますね」
どこか寂しそうな、とても優しい声だった。
「スピカさんも大きくなられて。より一層、美しくなられましたね」
「えへへ」
「その笑顔は、お母さまであるララ様にもよく似ています」
まるで、とても大切なものを見るかのような視線に少し照れくさくなる。
なによりグレヴァードさんは、私が小さい頃から憧れていた人だった。
テノールの美しい声に整った顔立ち。そして、いつも誰に対しても紳士的な振る舞いをする。
「なんだか、照れますね……」
私は恥ずかしくなり、頬を掻く。
「ところで今日は、私の魔法を判定してもらえるんですか?」
「はい」
「この年で覚醒したなんて、お恥ずかしい限りですが……」
そう。普通、魔法使いなら十歳を迎えるまでに魔法が覚醒する。一人につき、一つの属性。そして強い魔法ほど、早く覚醒すると言われている。
早い人では、五歳で魔法を使えるようになることもあるらしい。それなのに私は十四歳にもなって覚醒した。
どう考えても、自分はハズレ魔法なのではないか。そんな不安が、ずっと胸の中にあった。
「ええ。本当に稀ですね」
グレヴァードさんは穏やかに答える。
「複雑な気持ちもあるとは思います」
そして優しく微笑んだ。
「ですが、魔法が使えるということは喜ばしいことでもありますよ」
彼は大きな水晶を取り出す。透明で、どこまでも透き通った水晶だった。
「では早速。この水晶に手をかざしてみてください」
「はい」
私はこくりと頷き、言われた通りに水晶へ手をかざす。
……。
「……あれ?」
……何も起こらない。
(やっぱり……私、魔法使いじゃなかったのかな)
不安になり、グレヴァードさんを見上げると彼は、くすりと笑った。
「説明が足りませんでしたね」
「?」
「ただ手をかざすだけではなく、自分の魔力を込めるんです」
グレヴァードさんは自分の手を見せながら説明する。
「どちらの手でも構いません。手を水晶へかざし、指先に意識を集中させてください」
「指先……」
「自分の身体のエネルギーを、そこへ集めるような感覚です。きっとスピカさんなら、できますよ」
私は彼を見つめ、もう一度頷いた。
「やってみます」
再び水晶へ手をかざし、目を閉じて指先へ意識を集中させる。
(身体のエネルギーを……指先に)
目を閉じて集中する。
「……っ」
すると昨日と同じ感覚になった。指先が熱くなり、思わず目を開けた。
「……!」
すると、透明だった水晶が銀色の光を放っていた。
「えっ」
私は驚いてグレヴァードさんを見る。
しかし彼は、眉尻を下げ、複雑そうな表情をしていた。
(もしかして……変な魔法?)
私の顔に一気に不安が募る。
「あ……あの……」
そう言いかけた時、グレヴァードさんが、ゆっくりと口を開いた。
「スピカさん」
「はい」
「あなたの属性は――引力です」
「……へ?」
一瞬、理解できなかった。
「いん……りょく?」
「そうです」
あまりにも予想外の言葉に、間の抜けた声が出てしまう。
「私も、これまで千人以上の魔法使いを鑑定してきましたが……初めて見る属性です」
「初めて……」
「ええ」
グレヴァードさんは微笑んだ。
「きっとスピカさんは、素晴らしい魔法使いになれると思いますよ」
「……」
その言葉に、少しだけ疑問を抱いた。
(引力?)
物を引っ張る魔法?本当に、すごい魔法使いになれるのだろうか。先ほどまで浮かれていた気持ちは、どこかへ消えてしまっていた。
(引力って……何ができるんだろう)
そんなことを考えていると、隣にいた父が口を開いた。
「……魔法が使えるということは」
父がグレヴァードさんを見る。
「魔法学校への入学も可能でしょうか?」
「はい。もちろんです」
そしてグレヴァードさんは頷く。
「魔法学校は属性を問わず、魔法が使える方ならどなたでも入学できます」
「……!」
「今から手続きをすれば、来月の四月から入学できますよ」
私は目を見開いた。
「ちょうど新学期ですので、転入の時期としてもぴったりかと思います」
「えっ……えええっ!?」
思わず大きな声が出た。
「私が……憧れの魔法学校に!?」
「ははは」
父が私の反応に笑う。
「行きたい! ねえ、お父さま!」
私は父の元へ駆け寄った。
「私、魔法学校に入学したい!」
「そうだと思ったよ」
父は嬉しそうに笑った。
「スピカなら、きっとそう言うと思っていた」
「お願いします!」
「もちろんだよ。魔法をうまく使うには勉強が必要だからね。早速手続きをして、準備を進めようか」
「お父さま、ありがとう!」
憧れの魔法学校に通える……そう思うだけで胸の奥が熱くなる。
「私、この力を使いこなして……みんなをちゃんと守れるようになりたい!」
昨日の出来事を思い出す。
あの時、怖くて震えていた自分。
「まだ、どんな魔法なのかわからないけど」
私はぎゅっと拳を握る。
「学校で魔法の使い方を学んでくるよ!」
この時、胸の高鳴りを抑えられなかった。
魔法学校。
そこは一般の学校とは違い、魔法を専門的に学ぶことができる場所だ。私が今まで通っていた学校には、魔法使いがいない。魔法について学ぶことはあっても、それは歴史を学ぶ魔法史程度だった。
そもそも、この国で魔法が使える人間は全人口の三割程度。魔法使いそのものが珍しい存在なのだ。
十歳までに魔法が覚醒しなかった私は、当然、自分が魔法使いになるなんて、一度も考えたことがなかった。
この家で魔法を使えるのは私だけ。父も、アンナも、セバスチャンも……誰も魔法を使えない。
(だから今度こそ)
私は昨日の恐怖を思い出す。
(自分の力で、家族を……みんなを守るんだ)
そう心に決め、私は魔法学校への入学準備を進めることになった。
◇◇◇
スピカが自室へ戻った後、食堂に残った二人の男性は、声を潜めて話していた。
「……スピカには、魔法をコントロールできるよう頑張ってもらわないといけないね」
マーチャーが静かに言う。
「ええ」
グレヴァードは頷いた。
「ですが、きっとスピカ様なら、ご自身の魔法をコントロールできるようになると思います」
「……」
「マーチャー様のご心配なお気持ちはわかります」
グレヴァードは、スピカが去っていった扉を見つめた。
「私も近くで見守りますので」
「頼んだよ、グレヴァード」
マーチャーは、低い声で言った。
「もう、あの子が傷つくことがないように……」
「……はい」
グレヴァードは静かに答える。
「お任せください」
――まさか二人の間に、そんな会話が交わされていたことなど。
この時の私は、知る由もなかった。
◇◇◇




