↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/56

私の魔法

 ――翌日


 朝起きて窓の外を見ると、玄関前に一台の馬車が停まっていた。


「誰か来ているのかな?」


 急いでアンナに身支度を整えてもらい、食堂へ向かう。するとそこには、見覚えのある背の高い男性が立っていた。


 黒髪に深緑の瞳。右目にはモノクル。両耳には、いくつかのピアスが光っている。父と同じくらい――おそらく百八十センチを超えるであろう背丈。そして白いローブを纏っていた。


「ああ、スピカ」


 父がこちらを見る。


「起きたんだね。昨日は少しでも眠れたかい?」

「うん」

「昨日は、本当にすまなかった」


 父は申し訳なさそうに言う。


「私が不甲斐ないばかりに、危険な目に遭わせてしまった」

「ううん。そんなことないよ」


 私は笑顔を作った。


「みんな無事でよかったよ。ほら!」


 両手を広げる。


「ぐっすり眠れて、この通りピンピンしているよ!」


 本当は、怖くてあまり眠れなかった。けれど、これ以上家族に心配をかけるわけにはいかない。


 父は私の顔をじっと見た。


「そうか」


 父は小さく、それだけ呟いた。もしかしたら私の嘘は、ばれていたのかもしれない。


「ああ、そうだ」


 父が隣の男性を見る。


「今日は、魔法鑑定士のグレヴァード氏に来ていただいたんだ」


 魔法鑑定士。


「昨日、お前の魔法が覚醒したからね。どんな魔法なのか判定してもらおうと思って」


 すると父の隣にいた男性が、美しい所作でお辞儀をした。


「ご紹介に預かりました、グレヴァード・フェインと申します」


 柔らかな声。


「スピカ様。この度は魔法が覚醒したとのこと。おめでとうございます」


 そして、グレヴァードさんは、少しだけ表情を和らげた。


「……実は私は、あなたが小さい頃にもお会いしたことがあるのですが。覚えてはいらっしゃらないでしょうか?」

「グレヴァードさん!」


 私は思わず声を上げた。


「お久しぶりです! もちろん覚えていますよ!」

「……」

「小さい頃、怪我を治してくれたり。傷ついた動物を治療してくれたこともありましたよね!?」


 そう言うと、グレヴァードさんは、なぜか一瞬だけ困ったような表情を浮かべた。

 けれどすぐに、私をまっすぐ見つめ目尻を下げた。


「そうですね。もうずいぶん前のことですが……よく覚えていらっしゃいますね」


 どこか寂しそうな、とても優しい声だった。


「スピカさんも大きくなられて。より一層、美しくなられましたね」

「えへへ」

「その笑顔は、お母さまであるララ様にもよく似ています」


 まるで、とても大切なものを見るかのような視線に少し照れくさくなる。

 なによりグレヴァードさんは、私が小さい頃から憧れていた人だった。

 テノールの美しい声に整った顔立ち。そして、いつも誰に対しても紳士的な振る舞いをする。


「なんだか、照れますね……」


 私は恥ずかしくなり、頬を掻く。


「ところで今日は、私の魔法を判定してもらえるんですか?」

「はい」

「この年で覚醒したなんて、お恥ずかしい限りですが……」


 そう。普通、魔法使いなら十歳を迎えるまでに魔法が覚醒する。一人につき、一つの属性。そして強い魔法ほど、早く覚醒すると言われている。


 早い人では、五歳で魔法を使えるようになることもあるらしい。それなのに私は十四歳にもなって覚醒した。

 どう考えても、自分はハズレ魔法なのではないか。そんな不安が、ずっと胸の中にあった。


「ええ。本当に稀ですね」


 グレヴァードさんは穏やかに答える。


「複雑な気持ちもあるとは思います」


 そして優しく微笑んだ。


「ですが、魔法が使えるということは喜ばしいことでもありますよ」


 彼は大きな水晶を取り出す。透明で、どこまでも透き通った水晶だった。


「では早速。この水晶に手をかざしてみてください」

「はい」


 私はこくりと頷き、言われた通りに水晶へ手をかざす。


 ……。


「……あれ?」


 ……何も起こらない。


(やっぱり……私、魔法使いじゃなかったのかな)


 不安になり、グレヴァードさんを見上げると彼は、くすりと笑った。


「説明が足りませんでしたね」

「?」

「ただ手をかざすだけではなく、自分の魔力を込めるんです」


 グレヴァードさんは自分の手を見せながら説明する。


「どちらの手でも構いません。手を水晶へかざし、指先に意識を集中させてください」

「指先……」

「自分の身体のエネルギーを、そこへ集めるような感覚です。きっとスピカさんなら、できますよ」


 私は彼を見つめ、もう一度頷いた。


「やってみます」


 再び水晶へ手をかざし、目を閉じて指先へ意識を集中させる。


(身体のエネルギーを……指先に)


 目を閉じて集中する。


「……っ」


 すると昨日と同じ感覚になった。指先が熱くなり、思わず目を開けた。


「……!」


 すると、透明だった水晶が銀色の光を放っていた。


「えっ」


 私は驚いてグレヴァードさんを見る。

 しかし彼は、眉尻を下げ、複雑そうな表情をしていた。


(もしかして……変な魔法?)


 私の顔に一気に不安が募る。


「あ……あの……」


 そう言いかけた時、グレヴァードさんが、ゆっくりと口を開いた。


「スピカさん」

「はい」

「あなたの属性は――引力です」

「……へ?」


 一瞬、理解できなかった。


「いん……りょく?」

「そうです」


 あまりにも予想外の言葉に、間の抜けた声が出てしまう。


「私も、これまで千人以上の魔法使いを鑑定してきましたが……初めて見る属性です」

「初めて……」

「ええ」


 グレヴァードさんは微笑んだ。


「きっとスピカさんは、素晴らしい魔法使いになれると思いますよ」

「……」


 その言葉に、少しだけ疑問を抱いた。


(引力?)


 物を引っ張る魔法?本当に、すごい魔法使いになれるのだろうか。先ほどまで浮かれていた気持ちは、どこかへ消えてしまっていた。


(引力って……何ができるんだろう)


 そんなことを考えていると、隣にいた父が口を開いた。


「……魔法が使えるということは」


 父がグレヴァードさんを見る。


「魔法学校への入学も可能でしょうか?」

「はい。もちろんです」


 そしてグレヴァードさんは頷く。


「魔法学校は属性を問わず、魔法が使える方ならどなたでも入学できます」

「……!」

「今から手続きをすれば、来月の四月から入学できますよ」


 私は目を見開いた。


「ちょうど新学期ですので、転入の時期としてもぴったりかと思います」

「えっ……えええっ!?」


 思わず大きな声が出た。


「私が……憧れの魔法学校に!?」

「ははは」


 父が私の反応に笑う。


「行きたい! ねえ、お父さま!」


 私は父の元へ駆け寄った。


「私、魔法学校に入学したい!」

「そうだと思ったよ」


 父は嬉しそうに笑った。


「スピカなら、きっとそう言うと思っていた」

「お願いします!」

「もちろんだよ。魔法をうまく使うには勉強が必要だからね。早速手続きをして、準備を進めようか」

「お父さま、ありがとう!」


 憧れの魔法学校に通える……そう思うだけで胸の奥が熱くなる。


「私、この力を使いこなして……みんなをちゃんと守れるようになりたい!」


 昨日の出来事を思い出す。

 あの時、怖くて震えていた自分。


「まだ、どんな魔法なのかわからないけど」


 私はぎゅっと拳を握る。


「学校で魔法の使い方を学んでくるよ!」


 この時、胸の高鳴りを抑えられなかった。


 魔法学校。

 そこは一般の学校とは違い、魔法を専門的に学ぶことができる場所だ。私が今まで通っていた学校には、魔法使いがいない。魔法について学ぶことはあっても、それは歴史を学ぶ魔法史程度だった。


 そもそも、この国で魔法が使える人間は全人口の三割程度。魔法使いそのものが珍しい存在なのだ。


 十歳までに魔法が覚醒しなかった私は、当然、自分が魔法使いになるなんて、一度も考えたことがなかった。


 この家で魔法を使えるのは私だけ。父も、アンナも、セバスチャンも……誰も魔法を使えない。


(だから今度こそ)


 私は昨日の恐怖を思い出す。


(自分の力で、家族を……みんなを守るんだ)


 そう心に決め、私は魔法学校への入学準備を進めることになった。



 ◇◇◇


 スピカが自室へ戻った後、食堂に残った二人の男性は、声を潜めて話していた。


「……スピカには、魔法をコントロールできるよう頑張ってもらわないといけないね」


 マーチャーが静かに言う。


「ええ」


 グレヴァードは頷いた。


「ですが、きっとスピカ様なら、ご自身の魔法をコントロールできるようになると思います」

「……」


「マーチャー様のご心配なお気持ちはわかります」


 グレヴァードは、スピカが去っていった扉を見つめた。


「私も近くで見守りますので」

「頼んだよ、グレヴァード」


 マーチャーは、低い声で言った。


「もう、あの子が傷つくことがないように……」

「……はい」


 グレヴァードは静かに答える。


「お任せください」


 ――まさか二人の間に、そんな会話が交わされていたことなど。

 この時の私は、知る由もなかった。


 ◇◇◇


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。