二人だけの約束
そして、ある日――。
俺はようやく、噂のグレヴァードに会うことになった。
それから俺は、討伐隊の本部へ行けばスピカとララに会えることを知り、何度も足を運ぶようになっていた。
けれど、その日はララもスピカもいないようだった。
(今日はいないのか……)
そう思い、帰ろうとした時だった。
「おや、もしかして……アルクス様ですか?」
後ろから声をかけられ、振り返る。そこには背の高い、穏やかな雰囲気の男性が立っていた。その姿を見た瞬間、なぜだかわかった。――スピカがいつも話しているのは、こいつだ。
男は穏やかに微笑むと、丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。グレヴァード・フェインと申します。アルクス様のお噂は、かねがね伺っております」
(やっぱり、こいつがグレヴァードだ)
「ありがとうございます。アルクス・ドラートです」
「ララ様とスピカさんから、あなたのお話はよく聞いておりますよ。珍しい魔法を、その年齢ですでに使いこなしているなんて。本当に素晴らしいですね」
「……はい」
なぜだろう……。胸の奥が、もやもやする。別に、こいつに嫌なところがあるわけじゃない。
むしろ逆だった。俺の目には、魔法使いの持つ魔力が色として見える。グレヴァードの周囲には、見たこともない黄緑色の魔力が見えていた。きっと光魔法の中でも珍しいのだろう。その魔力の大きさから見ても、相当な魔力量を持っていることがわかる。
所作も美しく、俺のような子どもにも対等に接する。完璧な人間だった。そしてなぜか、俺は思ってしまった。――こいつには敵わない。
その時だった。
「わっ! グレヴァードさんだ!」
聞き慣れた声が響く。
「アルクスも! おはよう!」
スピカだった。彼女は俺たちを見つけると、嬉しそうに笑った。
……何気なく呼ばれた名前の順番すら気になってしまう。俺より先にグレヴァードの名前を呼んだ。俺に会えたことより、こいつに会えたことの方が嬉しいのだろうか。
「この前、グレヴァードさんが助けてくれた猫ちゃんがね――」
そういいながら、スピカはまっすぐグレヴァードのもとへ駆け寄っていく。楽しそうに話す彼女。俺には見せたことのないような笑顔のように見えた。
……ああ。あんな顔をさせられるのが、俺だったらいいのに。そんなことを思った自分に、少し驚いた。
その後、グレヴァードと別れ、俺はスピカと二人で過ごした。
「アルクス、最近よくここにいるね」
「なんだよ。邪魔?」
先ほどのことが気に入らず、つい不愛想な言い方になってしまう。するとスピカは目を丸くした。
「ううん! むしろその逆だよ!」
「……逆?」
「会えて嬉しい!」
その言葉だけで、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
「僕も……」
それだけいうと、スピカは嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ! 今日はね、お星さまにまつわる本を持ってきたの!」
そういって、彼女は一冊の天体図鑑を取り出した。
「一緒に見よう!」
「お星さま?」
「うん!」
スピカは嬉しそうに本を抱きしめる。
「スピカは本当に星が好きなんだね」
「うん! この前、お母様にお星さまについていろいろ教えてもらったんだけどね」
彼女は楽しそうに続けた。
「お空には、私の星があるんだって!」
「へえ」
思わず笑ってしまう。そんなの、もちろん知っている。
星の中に『スピカ』という名前の星があることくらい。けれど、あまりにも楽しそうに話す彼女の言葉を遮りたくなかった。
「教えてよ。どんな星なの?」
「待ってね!」
スピカは天体図鑑をぺらぺらとめくる。そして、おとめ座のページを開いた。
「私の星はこれ!」
小さな指が、一つの星を指さす。
「春になると、とっても明るく光る星なんだって!」
「へえ」
「今は秋だから見られないけど、春になったら見えるんだよ!」
彼女は目を輝かせながら言った。
「青白くて、すごくきれいな星なんだって!」
「そっか」
俺は彼女を見つめる。
「君にぴったりな星だね」
「そうかな?」
「うん」
すると彼女は、少し照れたように笑った。
「えへへ……なんか嬉しい」
その笑顔を見ていると、自然と言葉が口からこぼれた。
「ねえ、じゃあ約束しよう」
「約束?」
「春になったら、一緒に星を見に行こう」
スピカの瞳が大きく開く。
「本当に?」
「うん」
「これは、君と僕だけの秘密」
「うん!」
彼女は勢いよく頷いた。そして突然、俺の前に小さな手を差し出す。
「じゃあ、小指出して!」
「小指?」
「約束は二人の小指を結ぶんだよ!」
「そうなの?」
「そうなの!」
自信満々に言う彼女がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「じゃあ」
俺も小指を差し出した。小さな二人の小指が絡み合う。
「約束だよ」
「うん! 約束!」
スピカは今まで見たことのないほど、あどけない笑顔ではにかんだ。
その瞬間――。胸の奥が、どくんと大きく跳ねた。俺も、そんな彼女を見て嬉しくなり、つられて笑う。
「アルクスって笑顔がとってもかわいい!」
「……は?」
「ねえ! もう一回、今の顔やってみて!」
「そんなの、できるわけないだろ」
俺は少しむっとする。
「それに、男にかわいいとか言うもんじゃない」
「え?」
「かわいいなんて言われて喜ぶ男なんていないし……」
そういって腕を組む。
「もっと、他にあるだろ?」
するとスピカは慌てた。
「ご、ごめんって!」
「ふん」
「アルクスは世界一かっこいいよ!」
「……!」
「初めて見た時、びっくりしたもん! 本当だよ!」
俺は思わず顔を背けた。
「だから許してね!」
「……ふん」
冗談だとしても『世界一かっこいい』そんな言葉が嬉しくてたまらなかった。
その気持ちを隠すように、腕を組んでツンとした態度を取る。けれどきっと、俺の顔は笑っていたと思う。




