↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/56

温かな場所

 彼女は、自分の好きなものについてよく話してくれた。演劇が好きなこと、綺麗な花を見るのが好きなこと。そして、夜空に輝く星が好きなこと。


 スピカと過ごす時間が増えるにつれ、俺は少しずつ彼女のことを知っていった。そして不思議なことに、彼女の好きなものを知れば知るほど、俺もそれらに興味を持つようになっていた。


 もっとスピカを喜ばせたい。もっと、彼女の楽しそうな顔を見たい。彼女の好きなものについて、隣で一緒に語り合えるくらい知識をつけたい。


 そんな思いから、今までつまらないとしか思っていなかった勉強にも、自分から取り組むようになった。

 花の名前を覚え、星の名前や星座について調べた。演劇についても、たくさんの本を読んだ。すべては、彼女が楽しそうに話す姿をもっと見たかったからだ。


 そしてある日――。

 いつものようにガーデンパーティーでスピカと会っていると、スピカが嬉しそうに俺の手を引いた。


「アルクス! 今日はね、お母さまがいるの!」

「お母さま?」

「うん! 紹介するね!」


 そういって連れて行かれた先には、一人の女性が立っていた。スピカと同じ栗色の髪。そして、同じように澄んだ青い瞳。彼女を見るなり、スピカは嬉しそうに言った。


「こちらが私の自慢のお母さまよ!」


 俺は慌てて姿勢を正した。


「初めまして。アルクス・ドラートと申します。スピカさんとは、仲良くさせていただいております」


 いつものように丁寧に挨拶をする。

 すると――。彼女の母親は、ぱちぱちと目を瞬かせたあと。


「……可愛い!」


 とだけ言った。


「え?」


 思わず間の抜けた声が出た。


「私はララよ。よろしくね、アルクスくん」


 にっこりと笑う彼女の笑顔は、スピカにそっくりだった。眩しいくらい明るくて、柔らかい笑顔。

 この家族は、みんなこんなふうに笑うのだろうか。伯爵家だというのに、今まで会ってきた貴族たちとはどこか違っていた。


「スピカがいつもあなたのお話をしているのよ」

「……俺の?」

「ええ。無属性の魔法使いなんでしょ? 五歳で覚醒したなんてすごいわね」

「ありがとうございます」


 スピカだけじゃない。ララもまた、俺の肩書きではなく、俺自身を見て話してくれているような気がした。


「ねえ、そんなにかしこまらなくていいのよ」

「え?」

「スピカのお友達なんでしょう? だったら、私とも仲良くしてほしいわ」


 そういって、ララは少し屈んで俺と目線を合わせた。


「だから、ララって呼んでね」

「……うん」


 大人にこんなふうに接されたのは、初めてだった。大人に甘えることも、大人と友達のように話すことも。俺にはほとんどなかった。初めて自分が子ども扱いされた気がした。


「ふふ。素直で可愛いわね」

「お母さま! アルクスは私のお友達なんだから!」

「ふふ。取らないわよ」


 そんな二人のやり取りを見ているだけで、不思議と心が温かくなった。


 ふと、ララを見る。俺の目には、彼女の魔力が見えていた。ララの魔力の大きさは――信じられないくらい大きなものだった。そして銀色で、スピカと同じ色だった。俺は改めて、二人が親子なのだと実感した。


 キャンベル家については、その後少し調べた。


 ララ・キャンベル。討伐隊に所属する、星属性の魔法使い。国内でも有数の実力を持つ魔法使いであり、討伐隊では数々の功績を残しているらしい。

 ……正直、目の前にいる彼女からは想像もできなかった。今は討伐隊で事務仕事を中心にしているらしい。


 一方、スピカの父親であるマーチャー・キャンベルは元平民だった。商人として成功し、今では社交界でも彼の扱うワインは高い評価を得ている。身分や経歴だけを見れば、決してありふれた夫婦ではない。けれど、そんなことを感じさせないほど、スピカの家族は温かかった。


 ――そんなある日。

 父から、討伐隊本部へ挨拶に行くと言われた。


「お前も近い将来、世話になる場所だ。今のうちに顔を覚えてもらっておけ」


 俺は父に連れられ、討伐隊本部を訪れた。一通り案内を受け、建物の中を歩いていると――。見覚えのある栗色の髪が目に入った。


「……ララ?」


 俺は思わず名前を呼んだ。


「あら!」


 ララがこちらを振り返った。


「アルクス! こんなところで会うなんてびっくり!」

「え? アルクス?」


 ララの足元から、小さな顔がひょこっと現れた。スピカだった。

 まさか、こんなところで会えるとは思っていなかった。胸が一気に高鳴る。


「なんでアルクスがいるの?」

「今日は討伐隊への挨拶回りなんだ」

「へえ……なんだかすごいね」

「スピカは何をしてるの?」


 そう聞くと、スピカは、今まで俺に見せたことのないような、とびきり嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「私はね、グレヴァードさんに会いに来たの!」

「……グレヴァード?」


 また、その名前だ。俺は一度しか聞いたことがないはずなのに、なぜかすぐに思い出した。

 以前、怪我をした蝶を連れて行くと言っていた相手。グレヴァード。一体、誰なんだろう。


「でも、今日はお仕事でいないみたい」


 スピカは目に見えて肩を落とした。そんなに残念そうな顔をするほど、会いたかった相手なのだろうか。……悔しい。俺には、そんな顔を向けたことがない。


「じゃあ」


 気づけば、言葉が口から出ていた。


「僕と話そうよ」


 スピカは驚いたように俺を見る。けれどすぐに笑顔になった。


「うん!」


 その笑顔を見た瞬間、少しだけ胸の中が軽くなった。すると、少し離れた場所で別の隊員と話していた父が、こちらに気づいた。


「君たちは……」


 父の視線を感じると、ララはすぐに一歩前へ出た。先ほどまでの柔らかな雰囲気とは違う。背筋を伸ばし、美しい所作で頭を下げる。


「失礼いたしました。ドラート公爵」


 その姿は、まるで別人のようだった。


「アルクス様とは、以前から仲良くさせていただいております。ララ・キャンベルと、娘のスピカでございます」


 やはり、彼女も貴族なのだ。普段の姿からは想像できないほど、完璧な立ち振る舞いだった。


「よろしければ、このままアルクス様をお預かりしてもよろしいでしょうか?」


 ララは父をまっすぐに見つめる。


「責任を持って、キャンベル家からお送りいたします」

「ああ。では頼む」


 父はそれだけ言うと、すぐにその場を離れていった。一度も俺の方を見ることなく。……たぶん、俺が誰と過ごそうと興味なんてないのだろう。


「アルクス」


 ララが俺の名前を呼び、俺は顔を上げる。


「おいで」


 そういって、ララは俺の小さな身体を、そっと抱きしめた。一瞬、何が起きたのかわからなかった。


「……?」

「よく頑張ってるわね」


 優しい声だった。まるで、俺の心の中を全部見透かしているような。


「ここでは、無理に笑わなくてもいいのよ」


 その言葉を聞いた瞬間。胸の奥に押し込めていた何かが、一気に溢れ出した。俺はララの服をぎゅっと握った。

 そして、声を出さないように必死に堪えながら。少しだけ、泣いた。誰かの前で泣いたのは、いつぶりだっただろう。


「アルクスだけずるーい!」


 すると突然、スピカの声が響いた。


「私も!」


 そういってスピカがララに抱きつく。


「ふふ。はいはい」


 ララは笑いながら、俺とスピカを一緒に抱きしめた。暖かかった。母の体温を知らない俺は、誰かの体温が、こんなにも安心するものだなんて知らなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。