誰も僕を見ていない
――十年前。
物心がついた頃には、すでに厳しい教育が始まっていた。身分の高い貴族には、感情をコントロールする力が必要らしい。
泣きたい時でも泣かない。怒りたい時でも怒らない。嫌なことがあっても、常に笑顔でいる。
自分の気持ちを押し殺し、誰から見ても完璧な人間を演じること。
そんなことをして、一体何になるというのだろう。
……当時の俺には理解できなかった。
それに加え、毎日のように多国語や幅広い知識、貴族社会のしきたり、魔法の歴史などを学ばされた。
勉強だけではない。マナーの練習、ダンス、乗馬、ヴァイオリン。何かと習い事も多く、厳しい教師たちに怒られる毎日の繰り返しだった。
母は元々身体が弱く、俺を産んですぐに亡くなった。
父は教育には厳しかった。コンクールで一位を取っても、成績がどれだけ良くても、俺を褒めることはなかった。ドラート家の跡取りなのだから、それくらいできて当たり前。父はそう思っていたのだろう。
そんな中、五歳の時に俺の無属性魔法が覚醒した。周囲はさらに期待の目を俺へ向けるようになった。
けれど、俺にはもう一つ、人にはない特別なものがあった。――俺の目だ。
俺の目には、魔力を持つ人間の魔力が見える。火属性の魔法使いなら赤。水属性なら水色。風属性なら緑。土属性なら茶色。魔法使いによって、それぞれ違う色の魔力が見えるのだ。幼い頃から、それが当たり前だと思っていた。
けれど、ある時、俺以外の人間には魔力など見えていないのだと知った。最初は不思議だった。みんなには見えないものが、どうして俺には見えるのか。
父に話したこともある。けれど、父は少し考え込んだあと『そのことは、あまり人に話すな』とだけ言った。それ以上、何も言わなかった。だから俺は、自分のこの目について誰にも話さなくなった。
俺の目が何なのか。なぜ魔力を見ることができるのか。今でもよくわからない。ただ一つだけわかっていることがある。俺の目に映る魔力の色は、その人間が持つ魔法そのものを表しているということだ。
だから、俺は人を見る時。無意識にその人の魔力の形、色まで見ていた。
そして後に、この目があったからこそ、俺は誰よりも早くスピカの異変に気づくことになる。その頃の俺は、まだそんなことを知る由もなかった。
◇◇◇
父は俺の顔を売りたいのか、社交パーティーにも頻繁に連れて行くようになった。昼夜を問わず、連日のように父と二人で参加させられた。
今日もまた、そのうちの一つだった。王城で開かれる、格式高いガーデンパーティー。会場に着くと、同い年くらいの令嬢や少し年上の女たちが、すぐに俺の周りへ集まってきた。
他愛もない会話。やたらと俺を褒める言葉、そして媚びるような笑顔。なんとも退屈な時間だった。俺は、この時間が大嫌いだった。
(この人たちは、俺の何を知っているんだろう)
俺の名前、ドラート公爵家の跡取りという立場、無属性魔法を持つ魔法使いという才能。そして、この容姿。彼女たちが見ているのは、きっとそれだけだ。
身分や肩書、外見だけで人を判断するような人間が、俺は大嫌いだった。
社交パーティーに行けば、そんな人間ばかりがいる。
すべてが嘘で塗り固められた世界。綺麗な服を着て、綺麗な言葉を並べているくせに、その中身は欲望ばかりだ。
俺には、この世界がひどく汚く、醜いものに思えた。
絶え間なく令嬢たちが挨拶に訪れる。俺は厳しい教育の中で身につけた完璧な笑顔を浮かべ、一人ひとりに対応していった。
けれど、いつまで経っても列は途切れない。さすがに疲れてしまった。
「ごめん。僕、少し風に当たってくるね」
そういって、俺はその場から逃げ出した。
廊下を歩いていると、ふと他の招待客らしき母親と娘の会話が耳に入った。
「いいこと? ドラート家のアルクス様に気に入られてきなさい!」
思わず足を止める。
「ここで良縁を掴めれば、好きなものをたくさん買ってあげられるし、おいしいものを食べて暮らせるわよ」
「はい、お母さま」
「わかったわね? なんとしてでも話しかけてきなさい。他の令嬢に負けるんじゃないわよ!」
「はい!」
……なんとも馬鹿馬鹿しい。この社会は、なんて滑稽なのだろう。自分は自分のはずなのに、誰も俺自身を見てなどいなかった。
無属性魔法の才能があったところで、それが俺自身の価値になるわけじゃない。俺の中には、虚しさばかりがあった。
見つからないように反対側の廊下を足早に抜けた。




