君に伝える想い
私は今日、アルクスに「屋敷で二人きりで話がしたい」と言われた。彼はいつも寮にいるため、ドラート家の屋敷を訪れるのはこれが初めてだ。
一体どんな話をされるのだろう。どうしたものかと、朝からずっと落ち着かなかった。
リタにそのことを話すと、なぜかとても楽しそうにしていた。けれど、きっと話の内容は私にかかっている魔法のことなのだろう。そう思っていた。
もちろん、リタにはまだ何も話していない。魔法がかかっているということも、まだ確証があるわけではないのだから。
――放課後。
正門の前には、ドラート家の馬車が停まっていた。その前にはアルクスが立っていて、私の姿を見つけると、いつものように手を差し出してくれる。
「行こうか」
「うん」
彼の手を取り、一緒に馬車へ乗り込んだ。けれど、今日のアルクスは、どこか様子がおかしかった。
何かを考え込んでいるようで、いつもより口数も少ない。元気がないようにも見える。
「ねえ、アルクス。元気? 大丈夫?」
私は心配になり、声をかけた。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」
そういって、アルクスは私に笑顔を向ける。
「一時間くらいで着くから。スピカも休んでていいよ」
確かに昨日は、いろいろ考えてしまってあまり眠れていなかった。馬車の揺れも心地よく、少しずつ眠気がやってくる。
「おいで」
アルクスがそういうと、私の身体を自然と自分の方へ引き寄せた。肩と肩が触れ合うと、ふわりと彼の香水の香りがする。いつものホワイトムスクの香り。
いつからだろう……。彼の香りを嗅ぐと、安心するようになったのは……。目を閉じると、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
気づけば、馬車はドラート家へ到着していた。
◇◇◇
馬車を降り、目の前に広がる光景を見て思わず息を呑む。
「すごい……」
キャンベル伯爵家とは、まったく規模が違う。門から玄関まで続く道は長く、その先には大きく立派な屋敷が建っていた。
改めて、アルクスが公爵家の子息なのだと思い知らされる。
屋敷へ入ると、たくさんの使用人たちがアルクスを出迎えた。その人数も、我が家とは比べものにならない。
「す……すごいね」
「ん? 何が?」
「だって、すごく大きなお屋敷だし……なんだか緊張しちゃう」
「大丈夫だよ」
アルクスは小さく笑う。
「ほら、こっち」
そういって、いつものように私の手を取った。その仕草があまりにも普段通りで、少しだけ緊張が和らぐ。
彼に連れられ、屋敷の中の長い廊下を進んでいく。そして案内されたのは、アルクス自身の部屋だった。
「ここがアルクスの部屋……」
少し緊張しながら中へ入る。部屋には大きなソファがあり、私たちはそこに並んで腰を下ろした。
すると、すぐにメイドがティーセットを運んできてくれた。軽くお礼を伝え、一口お茶を口にする。
「おいしい……」
「そう? よかった」
アルクスは、少しだけ嬉しそうに笑った。
「このお茶、俺も好きなんだよね」
その言葉を聞いて、なんだか嬉しくなる。アルクスは外出先でも、私と同じものを注文することが多い。だから、彼が好きなものを知ることができた気がして嬉しかった。
けれど、今日のアルクスは、やはりいつもと違う。どこか緊張している。
いつも余裕そうに笑っている彼から、こんなにも緊張感を感じるのは初めてだった。その気持ちが伝染するように、私まで緊張してくる。
一体、何を話すつもりなのだろう。すると、アルクスがゆっくりと私を見つめた。
「スピカ」
「うん?」
「スピカが俺に思いを伝えてくれた時……俺は、返事ができないって言ったよね」
「うん」
「ちゃんと全部話せるようになったら、俺から言うって」
「うん」
あのローズガーデンでの出来事を思い出す。
私は自分の気持ちを伝えた。けれどアルクスは、返事を保留にした。そして、もう少し待っていてほしいと言ったのだ。
「あの時は、ごめんね」
アルクスは、少しだけ視線を伏せた。
「自分に、自信がなかった」
「……」
私は思わず言葉に詰まる。アルクスはいつだって自信満々だった。
俺様で、余裕があって、何でもできて。私の前ではいつも、迷いなんてないように見えた。
そんな彼が、自信がなかったなんて、想像したこともなかった。
「俺は……」
アルクスの言葉が止まり、一度、息を吐く。そして再び、私を見つめた。
「俺は、スピカが思っている以上に」
金色の瞳が、わずかに揺れた。
「スピカのことが好きなんだ」
その瞬間、彼の真剣な瞳から、目を逸らすことができなくなった。
「スピカを好きになったのは最近じゃない」
アルクスの声は、静かだった。けれど、一つ一つの言葉が胸に深く落ちていく。
「ずっと前から」
彼は私の目を見つめたまま続ける。
「君だけが好きなんだ」
その言葉を聞いた瞬間――。
なぜだろう……突然、涙が溢れ出した。
自分でも、どうしてこんなに涙が出るのかわからない。嬉しいから? ずっと聞きたかった言葉だったから?
それとも……彼の言葉に、何か心が反応しているのだろうか。止まらない涙が、頬を伝っていく。
「……スピカ」
アルクスが少し困ったように私を見る。私は慌てて涙を拭った。
「ごめん……嬉しくて」
そういうのが精一杯だった。するとアルクスは、少しだけ安心したように微笑んだ。
「これから話すことで、スピカを悲しませることもあるかもしれない」
彼の表情が、再び真剣なものに変わる。
「傷つけることになるかもしれない」
「……」
「それでも、ちゃんと全部話すから」
少しだけ震えるような声だった。
「聞いてほしいんだ」
私は、ゆっくりと頷く。
「……うん。聞きたい」
「俺の弱いところも」
アルクスが言葉を続ける。
「汚いところも」
一瞬だけ、苦しそうに笑った。
「ちゃんと誤魔化さずに話すから……聞いてね」
「うん」
私は、もう一度頷いた。
アルクスはしばらく何かを考えるように黙っていた。けれど、やがて決意したように口を開く。
「十年前の出来事を――」




