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知らない魔法

 その後も宝石や雑貨など、たくさんのお店を見て回った。けれど、さすがにかなり歩いたからだろうか。足がだんだんと疲れてきた。

 

 ……少し休もうかな。

 そう思った、その時だった。


「きゃっ!」


 私は、盛大に転んだ。


「ははっ。スピカは本当にどんくさいね」


 アルクスは、私が何もないところで派手に転んだ姿を見て、呆れたように笑っている。


「いたたた……。ちょっと運動不足なだけだもん!」

「ほら、立てる?」


 アルクスが私に手を差し出す。


「ありがとう」


 お礼を言って彼の手を取り、立ち上がろうとする。


「……っ、いたっ!」


 思ったように足に力が入らない。


「なんか思ったより……ちゃんと足首を捻って痛いかも……」

「大丈夫?」


 アルクスはすぐに表情を変えた。私の身体を支えながら、近くのベンチまで連れて行ってくれる。


「どれ? 見せて」


 アルクスは眉を下げ、少し困ったように微笑んだ。そして突然、私の前で片膝をつく。


「え?」


 彼は私の左足をそっと掬い上げた。怪我を確認するためなのだろう。靴下を下ろそうとする。

 アルクスの顔が、私の膝のすぐ近くにある。その距離に、私の顔が一気に熱くなった。


「ちょっ……ちょっと! 待って!」

「ん?」

「こんなの、おかしいって! 自分で脱ぐから離して!」


 あまりの恥ずかしさに耐えられず、両手で彼の胸を押した。けれど、押したところで、アルクスはびくともしない。今度は身体ごと離れようとする。


「ほら、あんまり動くと悪化するから。少し大人しくしてて」


 そういって、彼はそのまま私の靴下を下ろしていく。好きな相手に靴下を脱がされるなんて……。


(恥ずかしすぎる……!)


 耐えられなくなった私は、両手で自分の顔を覆った。アルクスはそんな私を気にすることなく、怪我をした箇所を確認する。


「ああ。本当に結構な怪我だね」


 彼の指が、そっと足首の周りに触れる。


「捻挫して青くなってる。これじゃ歩くのも大変じゃない?」

「うぅ……」

「一旦、俺の魔法で痛覚を感じなくさせるから」


 アルクスはそういって私を見上げる。


「家に帰ったら、ちゃんと治療してもらうこと。いい?」

「うん」

「残念ながら、俺の魔法じゃ傷そのものを治すことはできないからね。でも、少しは楽になると思うよ」

「ありがとう」


 アルクスが触れている左足から、彼の手の温度が伝わってくる。それだけで心臓がうるさいほど鳴り始めた。


(この心音……聞こえてないよね?)


 そんなことを考えていると、アルクスが私の足首に手を当て、魔法が発動させた。

 ――けれど、ぱあっと一瞬だけ光が現れ、そのまま消えてしまった。


「あれ?」


 アルクスが首を傾げる。


「おかしいな」


 もう一度、魔法を発動させようとする。けれど、やはり光が一瞬現れただけで、魔法は発動しなかった。


「もしかしてスピカ、俺の魔法を拒否してる?」

「してないよ! そんなこと!」


 もちろん拒否なんてしていない。


(もしかして、この恥ずかしいって気持ちが魔法の邪魔をしてるとか……?)


 そんな馬鹿なことを考えている間にも、アルクスはもう一度魔法を試す。しかし、やはり発動しない。

 私は観念して、自分の気持ちを正直に話そうとした。


 その時だった。


「……もしかしてお前」


 アルクスの表情が変わった。


「身体に、何らかの魔法をかけられてる?」

「え……?」


 あまりにも予想していなかった言葉に、私は言葉を失った。


 回復魔法などは別だが、身体に直接作用する魔法は基本的に一つしか維持できない。同じ身体に複数の魔法を重ねてかけようとしても、後からかけた魔法は発動しないのだ。


 けれど私は、自分に魔法をかけられた覚えなんてない。

 そもそも人に魔法をかける時は、基本的には双方の合意が必要だ。勝手に誰かが私へ魔法をかけようとしても、簡単には成立しない。


「かかってない……と思うけど」


 まったく身に覚えがない。けれど自分自身のことなのに、なぜか自信を持って否定することもできなかった。


「いや、そんなはずはない」


 アルクスは真剣な表情になる。


「ちょっと俺の方を見てて」


 そういうと、彼は自分自身に魔法を使ってみせた。一瞬だけ光が現れる。けれど、それ以上何も起こらない。


「ほら」


 アルクスが説明する。


「俺には常に身体強化魔法がかかってる。だから別の身体干渉魔法を重ねようとしても発動しない」

「……」

「お前に魔法をかけようとした時も、同じ反応だっただろ?」


 そういわれて、私は納得した。

 けれど、自分の身体のことなのに、何も知らない。その事実が、急に怖くなった。

 まるで、自分が自分ではないような感覚に、胸の奥に不安が広がっていく。


「まあ……身に覚えがないなら、俺も少し調べてみるから」

「……うん。ありがとう」


 お礼を言ってアルクスを見る。すると彼は、なぜか少し気まずそうな顔をしていた。


「とりあえず今日は家まで送るよ。一緒に帰ろう」

「うん」


 そう答えた次の瞬間。私の身体がふわりと浮いた。


「ひゃっ!?」


 気づけば、背中と膝裏を支えられ、私はアルクスの腕の中にすっぽりと収まっていた。


「わ、わわ……!」


 お姫様抱っこだと理解した瞬間、顔が一気に熱くなる。


「うぅ……もうなんか……今日は本当に恥ずかしいことばっかりだよ」


 思わず顔を覆い隠す。


「穴があったら入りたいし……そろそろ顔から火が出そう……」

「……」


 しまった。思わず口に出してしまった。恐る恐るアルクスを見上げる。

 すると、アルクスは少し驚いたような顔をした後、今まで見たことがないほど満面の笑顔を見せた。その笑顔に、また胸が高鳴る。


「スピカが本当に俺を意識してくれてるみたいで嬉しいよ」

「……っ」

「でも、こうすると少し落ち着くでしょ?」


 そういわれて、私は少しだけ力を抜いた。彼の腕の中は温かい。アルクスの体温が、とても心地いい。

 不思議と、先ほどまで胸を埋め尽くしていた不安が、少しずつ消えていく。


(本当に……アルクスの優しさには救われてばかりだ)


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