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忘れられない君

 ――放課後。


 アルクスに話がしたいと伝え、いつもの中庭へ向かった。二人でベンチに腰掛ける。


 まずは試験の報告をした。石を丸くすることができたこと。プラネタリウムで見た星からヒントを得たこと。アルクスのおかげで、新しい魔法の使い方を見つけられたこと。

 それらを話すと、アルクスは自分のことのように嬉しそうに笑っていた。


 そして、いよいよ本題に入る。急に緊張してきた。一体……この質問をして、彼は誰の名前を答えるのだろう。


 私は一度深呼吸をしてから口を開いた。


「あの、アルクスってデビュタントは出席するよね?」

「うん」

「相手って、もう決まってるんだよね?」

「もちろん」


 彼はあまりにも当然のように答えた。その言葉に少しだけ不安な気持ちになる。


 ーーそして意を決して聞いた。


「その相手って……誰なの?」


 すると、アルクスは眉間に皺を寄せ、不思議そうな顔をした。


「は?」

「いや、私……アルクスに相手がいるなんて知らなかったから、誰と踊るのかなって……」

「そんなの、スピカに決まってるじゃん」

「え?」

「え? 俺と踊らない気?」

「いや、だって誘われてないし!」

「は?」


 今度はアルクスが心底理解できないという顔をした。


「俺がスピカ以外と踊るわけないでしょ。それに、スピカも当然俺と踊る気でいると思ってたから」

「はああぁぁ……」


 安心した瞬間、大きなため息が漏れた。するとアルクスが、呆れたようにこちらを見る。


「なに、そのため息」

「いや……なんか安心した。そういえばコーネリア様も言ってた。アルクスは言葉が足りないって」

「あいつ余計なことまで言ってるな」

「でも、本当にそうだと思う」


 私がそういうと、アルクスは少し考えるように黙った。


「……まあ、確かに。ちゃんと誘ってなかったのは俺だから」


 そういって、アルクスはベンチから立ち上がった。


「今、誘わせて」

「え?」


 次の瞬間、アルクスは私の前に片膝をついた。

 そして私の手を取り、まっすぐ目を見つめる。


「スピカ・キャンベルさん、俺と踊っていただけますか?」


 その姿があまりにも様になっていて。思わず笑ってしまいそうになるくらい、嬉しかった。


「喜んで」


 もちろん、そう答える。二人で顔を見合わせ、微笑み合った。

 やっぱりきちんと言葉にしないと伝わらないことはたくさんある。そう、改めて思った。


 その後は冬休みの予定を話したり、またデートの約束をしたり。穏やかな時間を過ごした。


 そしてふと、以前から気になっていたことを思い出す。


「ねえ、そういえばアルクスってグレヴァードさんと仲良いの?」

「別に」


 即答だった。


「グレヴァードは国筆頭の光魔法使いだから、現場で顔を合わせることは多いかな。まあ、あいつは回復魔法のエキスパートだから、いると討伐が楽になるんだよね。攻撃魔法にも長けてるし、あいつがいると仕事が早く終わる」

「へえ……」


 やはり、かなり優秀な魔法使いなのだろう。するとアルクスは、少しだけ考えるように続けた。


「でも、あいつの魔力量だけは素直に尊敬してるかも。王都のバリアも、グレヴァードと数人の魔法使いで維持してるらしいけど、その大半は、グレヴァードの魔力らしい」

「え……?」


 情報量が多すぎる。


「グレヴァードさんって、そんなにすごい人なの?国筆頭の魔法使いで、王都のバリアまで維持してるの?」

「ああ」

「お父さまとも普通に話してるし……私も小さい頃からお世話になってたのに、そんなすごい人だなんて、全然知らなかった」

「だろうね」


 アルクスはそう答えた後、少しだけ嫌そうな顔をした。


「でも俺は、あんまり好きじゃないけどね」

「なんで?」

「いや、なんか嫌な感じがする……」

「そうかな? いつも優しいよ。私、小さい頃からグレヴァードさんに憧れてたし!」

「ああ、知ってる」

「え?」


 思わず、アルクスの顔を見る。


「アルクスが子どもの頃の私なんて知ってるはずないでしょ? その頃は会ったこともないんだし」


 そういった瞬間、アルクスの表情が変わった。

 ほんの一瞬だったけれど、ひどく苦しそうな顔をした。


「ん? 大丈夫?」

「ああ、ごめん。嫌なこと思い出しただけ」

「そうなんだ」


 私は少し心配になった。


「なんかあれば言ってね。いつも頼ってばかりだから、たまには私にも頼ってよ」


 すると、アルクスは優しく微笑んだ。


「ありがとう」



 ◇◇◇


 そんな会話を、スピカとしたからだろうか。


「スピカ!」


 ただ、いつものように名前を呼んだだけだった。

 それなのに……。


「……きみ、だあれ?」


 君は、俺のことを忘れていた。


「――っ」


 俺は、勢いよく目を覚ました。


「はあ……っ、はあ……」


 呼吸が荒い、全身は汗で濡れている。胸の奥が、嫌な音を立てていた。


(……今さら、この夢を見るとか)


 何百回。いや、何千回と繰り返し見てきた夢。スピカに忘れられる夢。


 今のスピカは違う、いつだって俺を見てくれる。名前を呼べば笑ってくれる。俺の隣にいてくれる。もう、この夢が現実になることなんてない。……ないはずだ。


 それでも、君に忘れられた、あの瞬間の恐怖だけは、十年経った今でも俺の身体に深く刻みついたままだった。


「……スピカ」


 誰もいない部屋で、もう一度だけ彼女の名前を呼んだ。

 まるで――。そこにいることを確かめるように。


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