たからもの
――アルクスとのデート当日。
「ふふっ。最近はドラート様とのお出かけも増えて、お嬢様もずいぶんご機嫌ですね」
鏡の前で髪を整えながら、アンナが楽しそうに笑う。
「うん! 好きな人とのデートって、本当に幸せなんだなって思ったよ」
自分の口からそんな言葉が出ることに、少しだけ照れてしまう。
恋を自覚してから、苦しいこともたくさんあった。嫉妬したり、落ち込んだり、自分でも嫌になるくらいアルクスのことばかり考えたり。それでも、彼と一緒にいられる時間は、やっぱり幸せだった。
「うふふ。お嬢様、最近ますますお綺麗になった気がします。きっとドラート様のおかげですね!」
「そうかな……?」
「そうですよ!」
アンナは満足そうに何度も頷く。
「あっ、そうだ! アンナ! 今日は髪につけてほしいものがあるの」
「はい。どちらでしょうか?」
「ちょっと待ってね。今持ってくるから」
私は立ち上がり、部屋の奥にある棚へ向かった。そこは、私が昔から大切なものを保管している場所だった。
アルクスにもらったブレスレットはもちろん、髪飾りも、すべてここにしまっている。
「確か、この辺に……」
棚の中を探していると、目当ての箱を見つけた。
「あった! これの箱!」
そういって手を伸ばした時だった。
ふと、その隣に置かれていた小さな箱が目に入る。そこには、子どものような文字でこう書かれていた。
『たからもの』
「……あれ?」
こんなの、あったっけ?私は首を傾げながら、その箱を手に取った。
恐る恐る蓋を開けると、中に入っていたのは、小指の先ほどしかない小さな石と、星の形をした髪飾りだった。
「なに、これ……?」
私のものなのだろうか。まったく覚えていない。手に取ってよく見てみると、小さな石は私がいつも身につけているピアスの石とよく似ていた。
「これ……魔石?」
そう呟いた瞬間だった。
――ズキンッ!
「うっ……!」
突然、激しい頭痛が頭を貫いた。
「お嬢様!?」
視界がぐらりと揺れる。何かが頭の奥に引っかかっているような。思い出さなければならない何かがあるような。けれど、それが何なのか分からない。
「う、ぁ……」
耐えきれず、その場に膝をつく。
そして――私の意識は、そのまま暗闇の中へと落ちていった。
「お嬢様! お嬢様!」
遠くで、アンナが私を呼ぶ声だけが聞こえていた。
◇◇◇
次に目を覚ました時、私は自分のベッドの上にいた。窓の外を見ると、まだ空は明るい。
「……そうだ」
今日は……。
「デート!」
思い出した瞬間、私は勢いよく起き上がろうとした。
「おはよう、スピカ」
その時、聞き慣れた声が聞こえた。とっさに顔を向ける。
「え?」
すると、ベッドのすぐ横の椅子に、見慣れた銀色の髪の男の子が腰掛けていた。
「アルクス!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃん」
「なんでいるの!?」
「スピカを迎えに来たら、スピカが倒れたってメイドに聞いてさ。心配だったから、様子を見てた」
「そっか……」
アルクスは安心したように微笑む。
「でも、元気そうでよかった」
その優しい声に、胸がきゅっと締め付けられた。
「心配かけてごめん。でも、もう本当に平気!」
私はすぐに布団から出ようとする。
「今何時? 早く準備しなきゃ!」
「今日は休んでなよ」
「え?」
「デートなんか、いつでも連れていってあげるから」
「でも……」
今日のデートを、私は本当に楽しみにしていた。せっかくアルクスと一緒に過ごせる休日なのだ。
「本当に大丈夫!」
私は彼を見つめる。
「今日のデート、すごく楽しみにしてたから……」
そして少しだけ上目遣いになる。
「……だめかな?」
しばらく沈黙があった。するとアルクスは、困ったように笑った。
「そんなに可愛い顔でお願いされたら、断れないな」
「本当!?」
「ただし、今日はゆっくりできるところだけね」
「うん!」
思わず笑顔になる。
「アルクス、ありがとう! すぐ準備するから待っててね!」
「ああ」
そういってアルクスは部屋を出ようとした。しかし、棚の上に置かれた小さな箱にふと、視線を止める。
『たからもの』
幼い子どもの文字で書かれた箱。その中には、星の髪飾りと小さな魔石が入っている。
「……まだ、持ってたんだ」
その声はひどく小さかった。懐かしむような。それでいて、何かを失った人のような声だった。
けれど、その言葉が私の耳に届くことはなかった。




