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禁書の棚

 次の日の昼休み――。


 私は図書館へ向かった。図書館の先生が他の生徒と話しているのを横目に、禁書の棚があるエリアへ近づく。もちろん扉には鍵がかかっている。入ることはできない。

 でも、鍵は先生がいつも座っている椅子の後ろに保管されていることを知っていた。私は扉の前まで行き、周囲を確認する。


 鍵さえ手に入れば……私一人でもなんとかなりそう。

 今日の放課後、決行しよう――。


 アルクスは一緒に行ってくれると言ってくれた。それでも彼に迷惑をかけたくなかった。


(アルクス、ごめん)


 心の中で、彼に謝った。



 ◇◇◇


 放課後――。


 図書館の先生が別の生徒と話している隙を見計らう。誰にも気づかれないよう、そっと手を伸ばす。そして、引力魔法を使った。鍵が静かに宙を滑り、私の手の中へ収まる。


「……よし」


 禁書の棚は図書館の奥。

 普段、生徒が近づくことはほとんどない場所だ。鍵さえ手に入れば、入ること自体は難しくない。

 周囲を確認するが誰もいない。私はゆっくりと鍵を差し込み、扉を開けた。


 ――ギィ。


 小さな音を立てて、扉が開く。中には、普通の図書館とは違う空気が漂っていた。薄暗く、静かで、どこか息苦しい。私は足音を殺しながら、中へ進む。


 そして、魔物の出現報告について書かれた資料を見つけた。


「これだ……」


 急いでページをめくる。十年前。十年前……。日付を追っていく。


「あった」


 ちょうど今から十年前の資料。

 一月、違う。二月、違う。三月、違う。該当するような魔物は出てこない。

 確かに強力な魔物は出現している。でも、記録されているのはAランクの魔物ばかりだった。


 四月、違う。五月……出てこない。

 あまり長くここにいると、見つかってしまうかもしれない。焦りで手のひらに汗が滲む。


 六月、違う。七月違う。八月もない。九月――。


「……あれ?」


 ページをめくる手が止まった。九月以降、魔物の出現報告が、異様に増えている。

 今まで一か月二十ページ程度だった報告書が、その倍近くになっている。


「この辺りで……何か異変が起きた?」


 九月の報告書を開いた。その瞬間。


 トタトタトタ――。足音がする。


「……っ」


 誰かが近づいてくる。

 まずい。そう思った時には、すでに遅かった……。隠れる時間もない。


 ――ギィ。音を立てて扉が開く。


 そして、入ってきた人物と目が合った。


「……グレヴァードさん?」

「スピカさん?」


 なぜ、彼がこんなところに?


「なんで、ここに……?」

「それはこちらの台詞ですよ」


 グレヴァードさんは少し驚いた表情を浮かべた。


「なぜあなたが禁書の棚に?」

「それは……」


 つい言葉に詰まってしまう。私の表情を見て、何かを察したのだろう。グレヴァードさんは小さく微笑んだ。


「ここにいたことは内緒にしておきます」


 そういって、人差し指を自分の唇に当てる。


「静かに」


 その直後――。

 再び足音が聞こえてきた。


「誰か来ます」


 グレヴァードさんが小声で言う。


「きっと巡回ですね」


 そして、私の方を見る。


「私の後ろに隠れていてください」


 私はこくりと頷いた。できる限り小さくなり、グレヴァードさんの背後にしゃがみ込む。


 ――ギィ。


「おや? グレヴァード様。こんなところで何を?」


 巡回の人らしき男性の声が聞こえる。


「ああ、勝手にすみません」


 グレヴァードさんは穏やかな声で答えた。


「研究がはかどらなくて。過去の事例を見返す必要がありまして」

「なるほど」

「許可もなく勝手に入ってしまいましたね。申し訳ございません」

「いえいえ。グレヴァード様でしたら、何も問題ございません」


 その男性は、どこか嬉しそうな声だった。


「グレヴァード様のおかげで、この王都も安泰でございますから」

「……」

「どうか、お体を無理なさらないように。適度にお休みになられてくださいね」

「はは。ありがとうございます」


 グレヴァードさんが柔らかく笑う。


「もう少し調べものをしたいので、今日はこちらの鍵を私が閉めますね」

「承知いたしました。それでは失礼いたします」


 足音が遠ざかっていく。完全に聞こえなくなってから、グレヴァードさんが振り返った。


「大丈夫でしたか?」

「はい。ありがとうございます、グレヴァードさん」


(グレヴァードさんって、一体何者なんだろう)


 学校では研究員をしていると言っていた。でも、禁書の棚への立ち入りも許されている。しかも巡回の人から、あれほど信頼されていた。


「それにしても」


 グレヴァードさんが少し困ったように笑う。


「スピカさん。ここで探し物なんて、褒められた行為ではありませんね」

「……はい」

「あなたのことですから、何か事情があるのでしょうが」


 私は少し迷った。でも、ここまで助けてもらったのだ。隠す必要もないだろう。


「実は」


 私は口を開いた。


「十年前に出た魔物について調べたくて」


 その瞬間、グレヴァードさんの顔が、ほんの一瞬だけ強張った……気がした。


「十年前……ですか」

「もしかしたら、私の母がその時に何かあったかもしれないんです」


 私は彼を見つめる。


「グレヴァードさんは、ご存じですよね?」

「あなたのお母さまは、事故で亡くなられたと聞いていますが……」

「……はい」

「なぜ、そう思ったのですか?」

「まだ確信はないんです」


 私は今までの出来事を簡単に説明した。十年前の魔物について詳しく話したがらないエイダン隊長。十年前の『あの魔物』もしかしたら母が、大きな魔物の出現に巻き込まれたのではないかという考え。


「そうなんですね……」


 グレヴァードさんは静かに目を伏せた。


「あなたのお力になりたいのは山々なのですが……。こればっかりは」


 言葉を探すように、彼は小さく息を吐いた。


「すみません。あなたには、幸せに生きてほしいのです」


 ……なぜかその言葉が、妙に引っかかった。

 まるで――。何かを知っている人のような言葉だった。


「グレヴァードさ――」


 そう言いかけた時だった。彼の手が、私の額に触れた。


「……え?」


 次の瞬間、眩しい光が視界いっぱいに広がった。


「な……に……」


 身体から力が抜けて、目の前が真っ暗になった。



 ◇◇◇


 次に目が覚めた時、私は自分の部屋にいた。


「……あれ?」


 どうして?

 確か私は、図書館の禁書の棚にいて――。


「お嬢様!」


 アンナが部屋に飛び込んできた。


「大丈夫ですか!?」

「アンナ……?」

「急に倒れたと聞いて、本当に心配しました」

「倒れた?」

「はい。グレヴァード様が、お嬢様を家まで送ってくださったんです」

「グレヴァードさんが……?」


 私はゆっくりと身体を起こした。頭が少しぼんやりする。でも禁書の棚で起きた出来事は、はっきりと覚えている。


 グレヴァードさんは、十年前のことを聞いた瞬間、明らかに動揺していた。そして、私の額に手を当てた。あの光は、一体なんだったのだろう。


(グレヴァードさんは……)


 私は右手のブレスレットをぎゅっと握った。


(お母さまについて、何かを隠している)


 そう確信した。……そして同時になぜか胸の奥に、言葉では説明できない違和感が残っていた。



 ◇◇◇


 三日後――。


 アルクスが登校してくると、私は禁書の棚で起きた出来事をすべて彼に話した。


「はぁ……」


 話を聞き終えたアルクスは、深いため息をついた。


「お前のことだから、どうせ勝手に動くだろうとは思ってたけど……」


 呆れたようにこちらを見る。


「見つかったのがあいつじゃなかったら、どうするつもりだったんだよ」

「ご、ごめん……」


 思わず肩をすくめる。怒られると思っていたけれど、アルクスの顔には怒りよりも心配の色が浮かんでいた。


「こんなことになるなら、魔力増加の魔道具じゃなくて、スピカを監禁できるような魔道具にすればよかった」

「……?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「か、監禁?」

「そう」


 あまりにも軽い口調で言うものだから、余計に怖い。


「そんなに心配ばかりかけられるとさ」


 アルクスはにっこりと笑った。


「俺、お前のこと自由にさせてあげられなくなるかも」

「……」


 きっと冗談なのだろう。


「でも、アルクスに迷惑かけたくなかったの」


 私がそういうと、アルクスは少しだけ困ったように眉を下げた。


「その気持ちもわかるつもりだけど」


 そういって、私の頭に手を置く。


「お前が俺にかける迷惑くらい、どうにかなるから」


 優しく髪を撫でられる。


「もっと俺を信じて」

「……うん」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。私がどんなに迷惑をかけても大丈夫だと言ってくれる人がいる。そんな存在がそばにいてくれることが、嬉しくて仕方なかった。


「ちなみに」


 アルクスがふと思い出したように言う。


「監禁するっていうのは、あらかた嘘じゃないからね」

「え?」


 思わず顔を上げる。けれどアルクスは、いつものように楽しそうに笑っていた。

 ……今の、本気だった?



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