向き合う気持ち
学校に着くと、私は無意識のうちに教室を見渡していた。
けれど、今日もアルクスの姿はない。
「……今日もいないんだ」
少しだけ残念に思ってしまった。昨日、リタに話を聞いてもらったことで気持ちは随分落ち着いた。
それでも、アルクスへの恋心を自覚してしまった今、以前のように何も考えず彼と接することができる自信はなかった。
そしてもう一つ。フランシスくんにも、きちんと自分の気持ちを伝えなければならない。そんなことを考えながら、私は教室へ向かった。フランシスくんには、先日の劇に誘ってくれたお礼を伝えた。
「この前は誘ってくれて、ありがとう」
「うん、またどこか行こうね」
彼はいつものように嬉しそうに笑った。その笑顔を見ると、余計に胸が痛くなる。きちんと伝えなければ。中途半端な態度を取るのは、彼にも失礼だ。私はそう心に決めた。
――昼食の時間。
教室に見慣れない女性が訪ねてきた。その姿を見た瞬間、教室内がざわつく。
「……あれ?」
「あの方、高等部の……」
「公爵令嬢のコーネリア様じゃない?」
そんな声が聞こえてくる。コーネリア様は真っ直ぐ私の方へ歩いてきた。
「キャンベルさん」
「はい」
「よかったら少しお話をしたいのだけれど、ご一緒していただけるかしら?」
「え……?」
まさかコーネリア様の方から声をかけられるとは思わなかった。周囲の生徒たちの視線が一斉に私へ向けられる。この状況で断る勇気などあるはずもない。
私はちらりとリタを見る。するとリタは、安心させるように小さく頷いた。
「はい。もちろんです」
コーネリア様は優雅に微笑んだ。
「名前を覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
そういって、私たちは食堂へ向かった。
食事を取り、少し人の少ない席へ座る。一体、何を話されるのだろう。
緊張している私とは対照的に、コーネリア様はとても落ち着いていた。
しばらくして、彼女が静かに口を開いた。
「……なんだか最近、アルクスが悩んでいるみたいなのだけれど」
その言葉に心臓が跳ねる。
「あなたは何かご存じかしら?」
「……」
やっぱり。アルクスの話だった。
「いえ……私は何も聞いていないので、わからないです」
俯きながら答える。自分でも少し素っ気ない態度になってしまったと思う。
でも、コーネリア様の口からアルクスの名前が出るだけで、胸の奥がもやもやしてしまう。
すると、コーネリア様は小さく笑った。
「ふふ。ごめんなさいね」
「え?」
「今のは少し意地悪だったわ」
「……?」
「あなた、私のことを警戒しているでしょう?」
思わず顔を上げた。
「えっ」
「図書館で会った時もそうだったけれど」
コーネリア様は紅茶に口をつける。
「私とアルクスのことを気にしているのかしら?」
「そ、それは……」
言葉に詰まってしまった。そんな私を見て、コーネリア様は優しく微笑む。
「きっと、私とアルクスの婚約の噂を聞いたのでしょう?」
「……はい」
「安心して」
彼女はあっさりと言った。
「私と彼は婚約なんてしていないわ」
「え……?」
「もちろん、彼のことを恋愛的な意味で好きだと思ったこともない」
思わず目を見開く。
「でも……すごく親しそうでした」
「ああ、それは幼馴染だからよ」
コーネリア様は少し呆れたように笑った。
「幼い頃からの付き合いなの。だから、アルクスの面倒な性格もよく知っているわ」
「面倒な……」
「ええ」
彼女は即答した。
「あんなに執着心の強い男、私はごめんだわ」
思わず笑いそうになった。アルクスのことをそこまで堂々と言える人は、きっとコーネリア様くらいだろう。
「最近は、私の父が作っている魔道具に興味を持っているみたいでね」
「魔道具?」
「ええ。何か欲しいものがあるらしくて、随分熱心に調べているみたい」
「そうなんですね……」
アルクスも魔道具に興味があるんだ。少し意外だった。
「ただ」
コーネリア様がふっと笑う。
「最近のアルクスは、魔道具のことよりあなたのことで頭を悩ませているみたいだけれど」
「私?」
「ええ。あなたと何かあったのでしょう?」
「……」
何も言えなかった。アルクスを避けていたのは私だ。彼が困っていたとしても、不思議ではない。
「勝手に勘違いして、アルクスのことを避けてしまいました」
私が小さく呟くと、コーネリア様は優しい表情になった。
「だったら、ちゃんと二人で話してみたら?」
「……はい」
「アルクスは言葉が足りないところがあるから」
「そうなんですか?」
「ええ」
コーネリア様は少し遠い目をした。
「昔からそうなのよ。自分の気持ちは勝手に伝わると思っているの」
なんだか想像できる。
「だから、あなたから聞いてあげた方が早いと思うわ」
「……」
私は少し考えてから、ゆっくり頷いた。
「あの、コーネリア様」
「なにかしら?」
「ありがとうございます」
私は素直に頭を下げた。
「お話できてよかったです」
コーネリア様は少しだけ驚いたような顔をした。そして「そう」とだけ言って、優しく笑った。
私はずっと勘違いをしていた。
コーネリア様はアルクスのことが好きで、私のことを邪魔に思っていたから、図書館で声をかけてきたのだと思っていた。
けれど、実際に話してみた彼女は、私が想像していたような人ではなかった。
落ち着いていて、大人っぽくて……。どこか頼りになるお姉さまのような人。
そして何より、本当にアルクスのことを恋愛的な意味で何とも思っていないようだった。
なんだか胸の中にあった重いものが、少しだけ軽くなった気がした。
「ちゃんと、話してみようかな」
今度は逃げずに、自分の気持ちを。きちんと向き合ってみよう。
そう思えたのだった。
◇◇◇
「あの、フランシスくん。ちょっといいかな?」
私はもう、自分の気持ちに嘘をつけなかった。フランシスくんに、きちんと自分の思いを伝えよう。そう思い、彼を呼び出した。
彼も何かを察したのか、人気の少ない場所まで一緒に移動してくれた。
「あの……」
言葉を探していると、フランシスくんが先に口を開いた。
「スピカさんは、気づいたんだね? 自分の気持ちに」
「え……?」
まるで最初から分かっていたかのような顔だった。
「ごめん」
私がそういうと、フランシスくんはゆっくりと首を横に振った。
「謝らないで」
優しい笑顔だった。
「僕は、それでもスピカさんと楽しい時間を過ごせて幸せだったから」
「フランシスくん……」
「これからは本当に友達として、関わってください」
少しだけ寂しそうだったけれど、その声はとても穏やかだった。
「うん……ありがとう」
胸の奥が少しだけ苦しくなる。
「告白してくれたのがフランシスくんでよかった。本当にありがとう」
彼は一瞬驚いたような顔をしたあと、いつものように笑った。
「こちらこそ。ありがとうございました」
こうして私は、フランシスくんへの気持ちにひとつの区切りをつけた。




