すれ違う想い
――翌日。
少し気になった私は、コーネリア様について調べてみた。
コーネリア・ヴィリアーズ。公爵家の令嬢。
そして、アルクスの婚約者だという噂があることを。
「……」
昔から流れている噂らしく、リタはそれを否定していた。
けれど昨日、図書館で会った時の彼女の態度と、私とアルクスの関係を確認するような質問。
あれはまるで――。
「牽制、されたみたいだったな……」
胸がズキリと痛んだ。きっと婚約者からすれば、私の存在なんて面白くないだろう。考えてみれば、私はアルクスの優しさに甘えすぎていたのかもしれない。
いつも魔法を教えてもらって。困ったら頼って。休みの日まで一緒に出かけて。……少し距離を置いた方がいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、午後の授業からアルクスが登校してきた。久しぶりに見る彼の姿は、なぜかいつもより眩しく見えた。
けれど、彼には婚約者がいる。そう思ってしまうと、どうしても彼の顔を見ることができなかった。
――放課後。
いつものように魔法の練習に誘われたけれど、私は首を横に振った。
「ごめん。今日は調べたいことがあるから、当分は一人で大丈夫」
するとアルクスが怪訝そうな顔をする。
「なあ。スピカ、変じゃない?」
「え?」
「なんか俺のこと避けてる?」
「避けてなんてないよ」
「前にも言ったけどさ」
アルクスは少し眉を寄せた。
「俺以外の奴がお前と仲良くしてんの、嫌なんだけど」
「……」
「それに避けられるのはもっと嫌」
その言葉に胸が少し痛くなる。
「避けてるわけじゃないよ。ただ……」
私は言葉を選んだ。
「最近、みんなとも仲良くなってきたし。私、アルクスに甘えすぎてたなって思って」
「は?」
「だから、とりあえず当分は二人での練習はなしで大丈夫」
「いや、俺が大丈夫じゃないんだけど」
「……」
「っていうか、俺なんかした?」
その表情が本当に不思議そうで、少しだけ申し訳なくなった。
「本当に違うの。アルクスは何も悪くないよ! あ、先生のところに行かなきゃ!」
「は?」
「またね!」
私はそういって、逃げるように廊下を駆け出した。胸の痛みを隠すように。
――翌日。
帰ろうと廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「――でいいんじゃないかしら?」
「ああ、じゃあそれで。今度、お前の家に取りに行くから。できたら教えて」
曲がり角の向こう。そこにいたのはアルクスとコーネリア様だった。二人はとても自然な様子で話していた。まるで長年一緒にいることが当たり前だったような。
私は咄嗟に足を止め、踵を返す。話の内容までは聞き取れなかった。けれど、二人の距離感だけは、痛いほど伝わってきた。
(……やっぱり)
胸の奥が重くなる。
(終わってなんかないんじゃん)
その後もアルクスは忙しいようで、学校に来ない日が増えていった。当然、顔を合わせることも話すことも少なくなる。
そんな日々が続いた、ある日のことだった。
「ちょっと! アルクス……離して! どうしたの?」
その日、学校に登校してきたアルクスは、周囲の目などまるで気にすることなく私の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと!」
「いいから」
「どこに行く気?」
狼狽える私を無視して、アルクスはそのまま歩き続ける。そして連れてこられたのは、別棟にある離れた教室だった。おそらく空き教室なのだろう。中には誰もいない。
教室に入った瞬間――。ドンッ。私は壁際へと追い込まれた。
「えっ」
アルクスの手が、私の顔のすぐ横につく。逃げ場がない。
「ねえ、スピカ」
至近距離から、アルクスが私を見つめた。
「俺のこと嫌いになった?」
その言葉に胸がチクリと痛んだ。
「ち、違うよ。そんなことない」
「じゃあ」
アルクスはさらに顔を近づける。
「なんで避けてるの?」
「それは……えっと……」
どうしよう。婚約者がいるから距離を置いています、なんて言えるわけがない。
「周りに私とアルクスの変な噂が流れるの、困るでしょ?」
「俺は気にしない」
「いやいや、気にしないって言っても……。それに、よく思わない人もいるだろうし」
「なにそれ?」
アルクスの眉がぴくりと動く。
「そんな奴がいるなら俺に言って。俺がなんとかするから」
「いや……」
もう、言うしかないのだろうか。私は意を決して口を開いた。
「私がアルクスと親しくしていたら、コーネリア様だって嫌だろうし……」
「は?」
アルクスの表情が固まる。
「なんであいつの名前が出てくんの?」
「え?」
「もしかして、なんか言われた?」
「図書館で少し話しかけられただけ。別に何も言われたりしてないよ」
「あっ……そう」
アルクスが一瞬、気まずそうな顔をした。
……やっぱり。コーネリア様のことは特別なんだ。そう思った瞬間、また胸がズキリと痛む。
「と、とにかく!」
私はアルクスの腕の下からするりと抜け出した。
「嫌いでもないし、避けてもないから! じゃあ、この話は終わり!」
「スピカ――」
その声を聞かないふりをして、私は足早に教室へ戻った。その日、アルクスが教室へ戻ってくることはなかった。




