母の過去
私はこの日、討伐隊本部を訪れていた。
エイダン隊長が、ぜひ私と話をしたいと言って招待してくれたのだ。
「やあ、よく来たね」
がっちりとした体格なのに、どこか親しみやすい雰囲気を持つエイダン隊長が、いつものように優しく声をかけてくれた。
「今日はお呼びいただき、ありがとうございます」
私はぺこりと頭を下げる。
「私は母の記憶があまりありません。エイダン隊長の知っている母の話を、たくさん聞かせていただけたら嬉しいです」
「うん、そうしよう」
エイダン隊長はそう言うと、私の前に温かい紅茶を用意してくれた。
向かい合って座り、しばらく紅茶の湯気を眺めていると、エイダン隊長がゆっくりと口を開いた。
「ララは珍しい星属性の魔法使いでね。幼いころから、それはもうお転婆な子だったよ」
懐かしむように、彼は目を細める。
「五歳で魔法が覚醒したんだが、その力があまりにも強大だった。そのため国が保護することになってね」
「保護……ですか?」
「ああ」
エイダン隊長は静かに頷いた。
「親元を離れ、この学校の寮で生活することになった。どこへ行くにも監視の目があってね。護衛も常に何人もついていた。自由に外を歩くことさえ難しかったんだ」
私は思わず言葉を失った。
私が知っている母は、いつも明るくて、太陽のように笑っていた。そんな母が、幼いころから自由のない生活を送っていたなんて、想像もしたことがなかった。
「自分の家へ帰る時ですら、五人も護衛がついていたんだ。ゆっくりと一人で過ごす時間なんて、ほとんどなかっただろうね」
エイダン隊長は少しだけ寂しそうに笑った。
「私は、そんな状況を見ていられなくなってね。ララの面倒を見ることを引き受けたんだ」
「エイダン隊長が……?」
「ああ。周りも、私がそばにいるなら安心だったんだろう。少しずつ護衛の人数も減っていったよ」
そこで彼は、ふっと優しい笑みを浮かべた。
「大自然の中を一緒に歩いたり、街へ買い物に行ったりね。普通の子供なら当たり前にできることを、少しずつ経験させてあげたんだ」
「それは……きっと母も嬉しかったでしょうね」
「ああ。とても楽しそうだったよ」
エイダン隊長の表情から、本当に母との時間を大切にしていたことが伝わってくる。
「ララが討伐隊に入ったのは十五歳の時だった」
彼の声が、少しだけ真剣なものに変わった。
「まだ若かったが、本当に優秀な魔法使いだったよ。ただ……ララが成長するにつれて、魔法の力もどんどん膨大になっていった」
「膨大に……?」
「ああ。自分でも制御できないほどにね」
エイダン隊長は、苦しそうに眉を寄せた。
「魔力が暴走すると、その場にいる討伐隊の者たちが何人もララを囲み、被害が広がらないようにしながら、魔力を発散させるしかなかった」
「そんなことが……」
「ララ自身も、自分の力を恐れていたよ」
静かな声だった。
「何年も、何年も苦しんでいた。自分が誰かを傷つけてしまうかもしれない。自分の魔法のせいで、大切な人を失ってしまうかもしれない。そんな恐怖をずっと抱えていたんだ」
胸が締め付けられる。あんなに明るく笑っていた母が、そんな苦しみを抱えていたなんて。
「そんなある時だった」
エイダン隊長は、少しだけ表情を和らげた。
「少しでもララに元気になってほしくてね。周囲の反対を押し切って、私とララの二人だけでお忍びで街の市場へ行ったんだ」
「そこで出会ったのが……君のお父さんだよ」
「お父さま?」
思わず声が大きくなる。
「ああ」
エイダン隊長は楽しそうに笑った。
「二人はすぐに恋に落ちたよ」
「すぐに……?」
「それはもう驚くほどにね」
くっくっと楽しそうに笑う。
「ララは今まで見たことがないくらい幸せそうだった。君のお父さんも、ララのことを本当に大切にしていたよ」
「私もララのことは我が子のように思っていたからね。あの二人が一緒になった時は、本当に嬉しかったんだ」
優しい声だった。
「スピカちゃんが生まれてからは、ララ自身の希望もあって討伐隊の現場からは退いた」
「私が生まれてから……」
「ああ。家族と一緒に過ごしたいと言ってね」
エイダン隊長は、どこか遠くを見るように視線を落とした。
「今までずっと、魔法の力に振り回されてきたからね。我々も、ララのその選択を止める者はいなかった」
そして、エイダン隊長の表情が、再び曇った。
「……そして今から十年前、あの魔物が現れたんだ」
「……あの魔物?」
思わず聞き返す。しかし。
「はっ……いや、なんでもない」
エイダン隊長は、はっとしたように口を閉ざした。
「私が知っているララの話は、このくらいかな」
明らかに話を逸らされた。
「ララは本当に明るい子だったよ。太陽のように周りを照らす子だった」
ぽつりと、エイダン隊長が呟く。
「それなのに私たちは、危険だからという理由で、彼女を閉じ込めてしまった」
その声には、後悔のようなものが滲んでいた。
「あの時は、ララ以上の魔法使いなんていなかった。国としても、彼女を守るにはそうするしかなかったんだ」
しばらく沈黙が流れた。
「君には少し辛い話だったね。すまない」
「いえ……」
私は首を横に振った。
「知らなかった母のことを知れて、とても嬉しかったです」
「そうか」
エイダン隊長は、少し安心したように微笑んだ。
「じゃあ、また話そう。久しぶりにララの話ができてよかったよ」
「はい。ぜひまたお話を聞かせてください」
エイダン隊長の話から、本当に彼が母のことを我が子のように大切に思っていたことが伝わってきた。
私の知らない母。幼いころから強すぎる魔法に苦しみ、自由を奪われ、それでも父と出会い、私を産み、幸せに暮らしていた。
そして――。十年前に現れたという、あの魔物。
エイダン隊長は明らかに、その話をしたくなさそうだった。
だけど、私にはどうしても気になる。母に何があったのか。十年前、何が起きたのか。
――それなら、自分でも調べてみよう。
そう決意し、討伐隊本部を後にする。




