胸の奥のもやもや
――次の日。
今日もアルクスは休みだった。最近は特に忙しいらしい。教室にいると、フランシスくんが私のところへやってきた。
「スピカさんは、好きな食べ物って何?」
「え?」
「好きな本とか。趣味とかも知りたいなって」
そんな風に言われ、私は自分の好きなものについて話した。フランシスくんも、自分の好きなものや家族のことを話してくれる。話していると、不思議と時間が経つのが早かった。
「そういえば」
フランシスくんが、ふと思い出したように言った。
「スピカさんは、ドラート様と踊るんですか?」
「え?」
「デビュタントです」
「ああ……」
デビュタント。半年後に控えた、卒業前の大きな舞踏会。
「まだ分からないけど……。たぶん、踊らないんじゃないかな」
そう答えると、フランシスくんは、ぱっと笑顔になった。
「じゃあ僕、立候補します」
「え?」
「僕と踊ってください」
真っ直ぐに私の目を見る。その熱のこもった視線に、思わず顔が熱くなった。
「ありがとう。でも、まだ分からないから……少し考えさせて」
「うん」
フランシスくんは嫌そうな顔をすることもなく、優しく笑った。
「返事、待ってるね」
私は精一杯の気持ちで、そう答えることしかできなかった。
◇◇◇
――次の日の昼休み。
今日は珍しく、アルクスも朝から学校に来ていた。
「ごめんね。今日は昼食、予定があるんだ」
そういって、アルクスは私たちとは別に食事をすることとなった。
私はリタと一緒に食堂へ向かった。しかし少し到着が遅かったせいか、空いている席がなかなか見つからない。
「どこに座ろうか」
二人でお盆を持ちながら、空いている席を探していると、ふと、目の端に見覚えのある銀色の髪が映った。
「あれ?」
思わず立ち止まる。
「アルクス?」
そこには、アルクスの姿があった。ただし、一人ではなかった。アルクスの向かいには、見覚えのない女性が座っていた。
ブロンズの長い髪、すらりとした長身。そして、誰が見ても分かるほどの美貌。よく見ると、制服のデザインが違う。おそらく高等部の生徒だろう。
……美男美女が並ぶと、絵になるな。そんなことを思った。けれど、なぜだろう。胸の奥が、少しだけざわついた。
アルクスは、いつも私やリタと一緒にいる。他の誰かと二人きりで食事をしているところなんて、今まで一度も見たことがなかった。
何を話しているんだろう……別に、気になるわけじゃない。ただ、少しだけ、気になった。
横にいたリタも、アルクスの姿に気づいたようだった。私たちはアルクスたちから少し離れた場所で、ようやく空いている席を見つけた。
「ねえ、リタ」
席に座ってから、私は小さな声で尋ねた。
「さっきアルクスと話していた女の人、知ってる?」
「ええと……」
リタはそちらをちらりと確認する。
「多分、コーネリア様だと思います」
「コーネリア様?」
「はい。高等部の公爵令嬢です」
「公爵令嬢……」
さすがはアルクスだ。友人までハイスペックである。
私が入学した当初、アルクスと釣り合わない、なんて言われていたこともあった。今になって思えば、少しだけ理解できる気がした。
「スピカは、アルクス様のことが気になるんですね」
「え?」
「でも、心配することはないと思いますよ」
「いや、別に」
慌てて否定する。
「いつも一緒にいる友達が、他の人とご飯を食べてたから気になっただけだよ」
「ふふ」
リタは何も言わず、優しく笑った。……なんだか、その笑顔が気になる。
昼食を終え、教室へ戻るとすでに教室にはアルクスがいた。そして、いつものように、女の子たちに囲まれていた。
本当にどこまでもモテる人だ。それなのにどうして、そんな彼がいつも私たちと一緒にいてくれるのだろう。そんなことを考えていると、女の子たちの会話が耳に入った。
「アルクス様」
一人の女生徒が、少し恥ずかしそうに尋ねる。
「デビュタントのパートナーは、もう決まっていらっしゃるんですか?」
私は思わず耳を澄ませた。
するとアルクスは、あっさりと答えた。
「ああ。もう決まっているよ」
――え? 胸が、少しだけざわつく。
(……やっぱり私と踊る気なんて、ないんだ。)
きっと、さっき昼食を一緒に食べていた、あの公爵令嬢だろう。
コーネリア様。身分も釣り合っている。容姿だって美しくて、アルクスの隣に立つなら、きっとああいう人なのだろう。
私は、少しだけ残念に思っている自分に気づいた。私は自分から、アルクスを誘うことすら考えていなかった。だって彼には、もっと相応しい相手がいると思っていたから。
それなのに、誰か別の人と踊ると聞いただけで、胸の奥がこんなにも、もやもやする。
別にアルクスに好かれているとは思っていない。けれど勝手に、アルクスにとって、自分は一番近い存在なのだと思っていた。
でも、考えてみれば私はアルクスのことを、何も知らない。
彼が何を好きなのか。どんな人と仲がいいのか。普段、何をしているのか。討伐隊で、どんな仕事をしているのか。
私は、彼のことを、知らないことばかりだった。
その日、胸の奥に生まれたもやもやは、結局、一日が終わっても消えることはなかった。




