二人だけの秘密
――十月。
狩猟大会は悔しい結果に終わった。あの日以来、私はまた毎日のように魔法の練習と勉強に明け暮れていた。
十一月には、また試験がある。一日一日を無駄にしたくなかった。
アルクスは相変わらずで、学校にいる日もあれば、まったく姿を見せない日もある。放課後にはたまに魔法の練習に付き合ってくれているけれど、最近は討伐隊の仕事が忙しいのか、学校内でアルクスを見かけることも以前より少なくなっていた。
◇◇◇
――ある日の放課後。
リタは家の酒屋でイベントがあるらしく、今日は早めに帰っていった。私は一人になったので、図書館にでも行こうかな……なんて考えていた。
すると、クラスの男子生徒に話しかけられた。
「あの、キャンベルさん」
「ん?」
「少し、お話ししたいことがあるんですが……」
「いいよ!」
何か魔法について聞きたいことでもあるのだろうか? 私は軽い気持ちで返事をし、彼の後についていった。
連れてこられたのは、校舎の外にある人気の少ない場所だった。放課後ということもあり、すでに帰宅している生徒も多い。辺りには、ほとんど人の姿がなかった。
「どうしたの?」
私が尋ねると彼は、少しだけ緊張した様子で息を吸った。
そして――。
「僕、スピカさんのことが好きです」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。好き? 私のことを?
「入学当時から、可愛い人だなとは思っていました。でも……魔法も、勉強も、一生懸命頑張って、どんどん成長していくあなたを見ているうちに、気づいたら好きになっていました」
真っ直ぐな瞳だった。冗談ではない。彼は、本気なのだ。
「もしよかったら……僕と付き合ってくれませんか?」
――生まれて初めてされた告白。あまりにも衝撃的で、頭の中が真っ白になる。
「そ、そんなふうに思ってくれてありがとう……」
顔が熱い。きっと今の私は、ものすごく赤くなっていると思う。
「でも、私……」
恋愛なんて、したことがない。好きと言われても、自分が彼を好きなのかどうかすら分からない。どう答えればいいのか困る。
「それなら!」
彼が慌てたように言った。
「友達からでもいいんです。このまま、何もないまま終わりたくなくて……」
その真剣な表情を見て、私は少し考えた。彼の気持ちを受け取ることはできない。
でも、こんなにも真剣に気持ちを伝えてくれたのだ。無下にするのも違う気がした。
「ありがとう。じゃあ……友達からお願いします」
そういって、私は手を差し出した。
「改めまして。私、スピカ・キャンベルです」
すると彼も笑顔になった。
「僕はフランシス・クラウン」
差し出した私の手を握る。
「今日は話を聞いてくれてありがとう。これからよろしくね」
「うん。こちらこそ」
こうして私たちは笑顔で別れた。生まれて初めての告白。彼と恋人になれるかは、まだ分からない。けれど、誰かから素直に好意を向けられるというのは、なんだか不思議で……少しだけ嬉しいものだった。
◇◇◇
――次の日。
私は昨日あった出来事を、リタに話した。
「絶対にアルクス様には言ったらダメですよ」
なぜか真剣な顔で念を押された。
「え?」
「絶対です」
「う、うん……?」
なぜそこまで言うのだろう。よく分からなかったけれど、とりあえず頷いておいた。
それからというもの、授業の合間などに、フランシスくんはよく私に話しかけてくれるようになった。
彼は男爵家の子息らしい。自分の家族の話や、好きなものの話。私とは、また少し違う環境の話を聞くのは素直に面白かった。友達になったばかりということもあり、話すことはたくさんあった。
そして――。そんな私たちの様子を、アルクスが黙って見ているはずもなく。
「ねえ」
ある日の放課後、魔法の練習へ向かう途中、突然アルクスが口を開いた。
「最近、仲良くしてるあの男は何?」
「え?」
一瞬、誰のことを言っているのか分からなかった。
「ああ。フランシスくんのこと?」
「そう。そのフランシスくん」
「あの子とは、この前ちょっと色々あって友達になったんだ」
「色々って何?」
「え?」
――言えない。リタにも、アルクスには言わない方がいいと言われている。私は少し視線を泳がせた。
「いや、それは……」
「……」
一瞬の沈黙があった。
「妬くんだけど」
そして、アルクスが小さな声で呟いた。
「え?」
聞き間違いだろうか。
「今、なんて?」
「だから」
アルクスは私を見た。
「そういうことされると、妬くんだけど」
少しだけ。本当に少しだけ寂しそうな表情だった。だけど今度は、はっきり聞こえた。
――妬く? アルクスが? フランシスくんに?
「え?」
突然の言葉に、頭の中が真っ白になる。
「アルクスが……やきもち?」
「そうだけど」
「ええ……?」
私が驚いていると、アルクスは少し不満そうに眉を寄せた。
「スピカはさ」
「うん?」
「俺が他の女の子と話してても、妬かないの?」
「うーん……」
少し考える。
「でもアルクスって人気者だし。いつも女の子に囲まれてるから、もう普通っていうか……」
「……あ、そう」
アルクスの表情が、少しだけ曇った。
「とにかく、俺は嫌だから」
「え?」
「必要以上に、他の男と仲良くしないでね」
「ええぇ?」
思わず変な声が出た。
「返事は?」
「えっと……」
「何?」
アルクスが一歩近づく。
「俺より、あいつと仲良くしたいの?」
「ち、違くて!」
「じゃあ?」
「うーん……」
なんというか。おかしい。
「なんか変だよ、アルクス」
「俺は変じゃない」
即答だった。
「とにかく返事!」
「え、えっと……」
どうしてこんなに迫られているのだろう。
「ぜ、善処します……?」
「……善処?」
アルクスがじっと私を見る。
「もっとちゃんとした返事」
「うう……なるべく、気をつけます」
そう答えることになった。アルクスは満足したように笑った。
「うん。それでいいよ」
なんだか納得がいかないような気もする。けれど、その後もいつものように二人で魔法の練習をした。
――ただ。あの時のアルクスの言葉が、なぜか、ずっと頭から離れなかった。
『そういうことされると、妬くんだけど』
……やきもちって、友達同士でも、するものなのかな? そんな疑問を抱えながら、今日もまた私は、魔法の練習に明け暮れるのだった。
◇◇◇
――翌日。
「スピカさん」
放課後、一人の男子生徒が、私に声をかけてきた。
「昨日はすみませんでした」
振り返ると、フランシスくんがいた。
「ドラート様がいる時は気を遣って、あまりスピカさんと話さないようにしていたんです。でも……やっぱり顔を見ると、話したくなってしまって」
「え? ……ああ、いや、ありがとう?」
なんだかこうしてストレートに気持ちを伝えられることに、まだ慣れない。少しくすぐったいような、落ち着かない気持ちになる。
でも昨日、アルクスにはあれだけ釘を刺されてしまった。さすがに何も言わないままというのも良くない気がする。
私は少し迷ったあと、フランシスくんに伝えることにした。
「実はアルクスって……友達にも嫉妬するタイプみたいで」
「嫉妬?」
「うん。あんまり、私が他の男の子と仲良くするのはよく思わないみたいなんだよね」
自分で言っていても、やっぱり少し変な話だ。
「だから、これからは……」
どう伝えようかと言葉を探していると、フランシスくんが、にっこりと笑った。
「なるほど。じゃあ、二人だけの秘密だね」
「え?」
「ドラート様がいる時は、なるべく話しかけないようにするよ」
そういって、少しだけ身を屈める。
「その代わり、いない時は僕と話してね」
「……」
「スピカさんと、僕だけの秘密」
――なんだろう。
フランシスくんのことは、人懐っこくて可愛らしい、小型犬みたいな男の子だと思っていた。
……思っていたのに。実は狼でした、と突然告げられたような感覚だった。
「じゃあ、また明日ね」
「あ……うん」
フランシスくんは満足そうに笑うと、そのまま去っていった。一人残された私は、しばらくその場で立ち尽くしていた。
……本当にこれでいいのだろうか。私は一体、どこから間違えたのだろう。
アルクスには、他の男の子と必要以上に仲良くしないでと言われた。それなのに今は、そのアルクスに隠れてフランシスくんと話す約束をしている。
なんだかアルクスを裏切っているような気がして、胸の奥が少しだけ痛かった。
……どうしたらいいの?




