君が頑張った日
――狩猟大会当日。
私はリタとアルクスに別れを告げ、出場者専用のゲートへと向かった。
その直前、アルクスから小さな包みを手渡された。
「これ」
「え?」
中を開けると、そこには星の意匠の髪飾りが入っていた。
「お守り」
「お守り?」
「今日は一緒に戦えないからね。せめてこれくらいは」
そういって、アルクスは少しだけ笑った。
「ありがとう」
きっと何かの魔道具なのだろう。私はそう思いながら、アルクスからもらった髪飾りを髪につけた。
「頑張ってね、スピカ」
「スピカなら大丈夫ですよ!」
リタとアルクスの声に背中を押される。
「うん。行ってくる!」
私は二人に手を振り、ゲートをくぐった。
会場となるドームの中に足を踏み入れると、途端に緊張が押し寄せてきた。
広大な空間には岩場や森、草原のような地形まで作られている。まるで本物の自然の中にいるようだった。
(いよいよだ……)
私の魔法が、攻撃魔法としてどこまで通用するのか。楽しみな気持ちと、不安な気持ちが入り混じる。
けれど――。
(絶対に優勝したい!)
優勝賞品である、魔力を増加させる魔道具のブレスレット。
以前、お父様に魔道具が欲しいとお願いしたときは、「まだ早い」と言われてしまった。だからこそ、今回だけは、自分の力で手に入れたい。
私は気合いを入れるように、自分の両頬を軽く叩いた。
(絶対に優勝してみせる!)
ピーッ――!
笛の音が鳴り響く。出場者たちが一斉に指定されたスタートラインへと並んだ。
その瞬間――。
ドーム全体が淡い光に包まれていく。特殊なバリアが、天井へ向かって広がっていくのが見えた。おそらく、魔法や魔物の攻撃が外へ漏れないようにするためのものなのだろう。その幻想的な光景に一瞬だけ目を奪われる。
そして――。
ピーッ!
再び笛が鳴った。
「始まった!」
制限時間二十分。
その間にどれだけ多くのポイントを獲得できるかが勝負だ。私はすぐに走り出した。
まずは、確実に倒せる魔物から探そう。そう考えながら辺りを見渡していると――ふっと周囲が暗くなった。
「え?」
ついさっきまで明るかったはずなのに、地面に大きな影が落ちている。
私はゆっくりと顔を上げた。
「……っ!」
頭上には、大きなコウモリのような魔物が飛んでいた。
(魔物っ……!)
本で見たことがある。興奮すると口から炎を吐き出し、相手を攻撃する魔物。今回の狩猟大会では、比較的ポイントの高い魔物だったはずだ。
(いきなり大物……!)
私は両手を前に突き出した。
「――!」
魔法を発動し、飛んでいる魔物を、地面へ叩きつけようとした。
しかし――。
「……あれ?」
うまくいかない。魔力は発動しているはずなのに、魔物の身体はほとんど動かなかった。
(なんで!?)
今まで練習してきたのは、地面にいるものを浮かせる魔法。重力を軽くして持ち上げ、そして、一気に地面へ叩き落とす。そのイメージだった。
けれど、空を飛んでいる魔物は違う。最初から宙に浮いている相手を、どう操作すればいいのか、自分の中でイメージがうまく作れなかった。
(まずい……!)
その間にも、魔物はこちらへと向きを変えていた。大きく口を開ける。
(火の魔法が来る!)
逃げようとして、一歩後ろへ下がる。
その瞬間――。
「……っ!」
後ろに、別の生徒がいることに気づいた。もし私が避けたら。その子に炎が当たるかもしれない。
(避けられない!)
だったら――。私は反射的に、両手を前へ突き出した。
「――っ!」
私の魔法が、魔物の放った炎へとぶつかった。炎が、空中で止まる。
「え……?」
自分でも何が起きたのかわからなかった。けれど、私の魔法は確かに、炎を捕らえていた。
(引き寄せる……!)
私は炎に向かって、魔力を操る。そして――。魔物へ向けて、その炎を引き寄せた。
「――戻れ!」
炎が軌道を変えた。まるで逆再生するように。魔物が放った炎が、そのまま魔物自身へと向かっていく。
「ギャアアッ!」
炎を受けた魔物が、空中で大きく暴れた。そして、そのまま地面へと落下する。
ドンッ!
大きな音とともに地面へ叩きつけられると、魔物の身体は光の粒子となって消えていった。
「……倒せた?」
私はしばらく、その場から動けなかった。
(今の……私がやったんだよね?)
思っていた戦い方とは全然違ったけれど、確かに自分の魔法で、魔物を倒すことができた。
「……すごい」
自分で言うのもなんだけど、ちょっと格好良かったかもしれない。会場に設置されている順位表示板を見る。
そこには『一位 スピカ・キャンベル』と表示されていた。
「一位……!?」
いきなりトップの成績に躍り出ていた。
「よし!」
私は気合いを入れ直し、再び走り出した。
その後は、アルクスと練習してきた魔法を使った。魔物の身体にかかる重力を軽くする。
「――上がって!」
魔物の身体が宙に浮く。十分な高さまで上がったところで。
「――落ちて!」
重力を一気に強くする。
ドンッ!
魔物が地面へと叩きつけられ、光の粒子となって消えていく。
(できる!)
練習してきた成果が、確かに出ていた。魔物を一体。また一体。私は次々とポイントを獲得していった。
しかし――。
ピーッ!残り三分。順位表示板を確認する。
(……四位)
悪くない。むしろ、初めての狩猟大会としてはかなり良い成績だと思うけれど。
(優勝は……まだ遠い)
一位との差は、あと少し。しかし、その少しが大きかった。
残り三分で、強い魔物を倒す。もしくは、大量の魔物を倒すしかない。私は必死に周囲を見渡した。
(強そうな魔物は……)
――いない。すでに他の参加者が倒してしまったのだろう。残っているのは、小さな魔物ばかりだった。
(どうしよう……)
私は走り回る。少しでもポイントを稼ぐために。一体。また一体。魔物を倒していく。
ピーッ!
そして終了の笛が鳴り響いた。
「あ……」
私は立ち止まった。順位表示板を見ると、表示された最終結果が出る。
『第五位 スピカ・キャンベル』
「……」
優勝には届かなかった。欲しかった魔道具も、手に入らない。
頑張った……。自分なりに頑張った。それでも、届かなかった。
狩猟大会が終わった後、私は悔しくて、悔しくて、気がつけば涙が止まらなくなっていた。
「うぅ……」
まさか、こんなに悔しいなんて思わなかった。一位になれると思っていたわけではない。それでも、途中まで一位だった。
優勝賞品の魔道具が、本当に欲しかった。だからこそ、五位という結果が、どうしようもなく悔しかった。
「スピカ」
リタがそっと近づいてくる。
「お疲れ様です」
「……うん」
「スピカの魔法、とてもすごかったですよ」
「うん……」
「スピカは確実に成長しています」
「……うん」
「今日は、ゆっくり休みましょう」
「うん……ありがとう」
私は涙を拭った。けれど、次から次へと涙が溢れてくる。
「スピカ」
すると、もう一人の声がした。顔を上げると、そこにはアルクスがいた。
「頑張ったね」
その言葉を聞いた瞬間――。なぜか、今まで以上に涙が溢れてきた。
「……っ」
「え、スピカ?」
「だって……」
声が震える。
「私……優勝したかったのに……」
「うん」
「魔道具も欲しかったし……」
「うん」
「途中まで一位だったのに……」
「うん」
「最後、全然追いつけなくて……」
言葉にすると、また涙が出てくる。そんな私を見て、アルクスは困ったように笑った。
「でも、初めての狩猟大会で五位だよ?」
「でも五位だもん……」
「うん」
「優勝じゃないもん……」
「うん」
否定はしない。ただ、私の言葉を全部聞いてくれる。それが余計に涙を止まらなくさせた。アルクスは少しだけ近づくと、ぽん。私の頭に手を置いた。
「本当に頑張ったよ」
ぽん、ぽん。優しく頭を撫でられる。
いつも一緒に魔法の練習をしてくれた。うまくいかない時も、何度も付き合ってくれた。私がどれだけ頑張ってきたか、きっと、アルクスが一番知っている。
だからだろうか。彼の言葉は、他の誰よりも胸に響いた。
「……アルクス」
「ん?」
「ありがとう」
そういうと、アルクスは、いつものように優しく笑った。
「どういたしまして」
そしてもう一度。
ぽん、と私の頭を撫でた。




