気になる人
――九月。
あっという間に夏休みが終わり、新学期を迎えていた。
毎日のように通っていた学校も、二か月ぶりとなるとどこか懐かしい。久しぶりの教室に足を踏み入れると、すでに何人かの生徒たちが集まっていた。
その中に見慣れた深い栗色の髪を見つけ、私は思わず駆け寄る。
「リタ! おはよう!」
「スピカ! おはようございます」
夏休みぶりに会ったリタは、以前よりも少しだけ髪が伸びていた。
「リタ、髪伸ばしてるの? 可愛いね!」
「そうなんです」
リタは嬉しそうに自分の髪に触れる。
「三月の卒業パーティーまでに、少し伸ばしてみようと思いまして」
「ああ、デビュタント!」
そう。この魔法学校では、三月に卒業式が行われる。そして中等部の卒業式の夜には、『デビュタント』と呼ばれる盛大なダンスパーティーが開かれるのだ。
そこで生徒たちは王族へ挨拶をし、一人前の魔法使いとして認められる。まだ半年ほど先の話ではあるものの、一生に一度きりの大きな行事ということもあり、生徒たちはすでに準備を始めていた。
そしてデビュタントには、男女二人一組で参加するという決まりがある。婚約者や恋人がいる者はもちろんその相手と、まだ相手がいない生徒にとっては、気になる相手へ想いを伝える絶好の機会でもあるらしい。
「一生に一度のデビュタントですからね」
リタはどこか楽しそうに微笑んだ。
「私も、素敵なパートナーが見つかるように頑張らないといけません」
「パートナー探しかぁ……」
正直、私にはまだ自分に恋人ができる未来なんて想像できない。誰かと手を取り合ってダンスを踊るなんて、なんだか遠い世界の話のようだった。
「でも、なんだかみんな気合い入ってる感じがするね」
教室を見渡すと、女子生徒たちは鏡を見ながら髪型を整えていたり、休み時間になると恋愛の話で盛り上がっていた。男子生徒たちも、どこかそわそわしているように見える。
「ふふ。みなさん、もう誰と参加するか気になっているんでしょうね」
「すごいや……。まだ半年も先なのに」
そんな話をしながら移動教室へ向かおうとした時だった。
「キャンベルさん」
突然、後ろから声をかけられる。振り返ると、クラスの男子生徒が立っていた。
「あの、荷物持ちますよ」
「え?」
すると、別の男子生徒まで近づいてくる。
「ずるいぞ。僕が持つよ」
「いや、俺の方が先に声をかけたんだから」
「え? え?」
一体、何が起きているのだろう。夏休み前までは、こんなこと一度もなかった。突然の状況に頭が追いつかず、私は慌てて荷物を抱きしめた。
「あ、あの……! 大丈夫なので!」
そういって、その場から逃げるように歩き出す。
「スピカ!」
後ろからリタの声が聞こえたが、今はそれどころではない。ようやく人の少ない廊下まで逃げてくると、後からリタが追いついてきた。
「ふふっ」
「な、なに?」
「スピカは本当に可愛いですね」
「え?」
「人気があるのもわかります」
リタは楽しそうに微笑んでいる。
「きっとみなさん、スピカをデビュタントのパートナーとして誘いたいんですよ」
「ええっ!?」
思わず大きな声が出た。
「そんな……まさか」
「どうしてそんなに驚くんですか?」
「だって、私だよ?」
「はい。スピカですよ」
リタは当たり前のように言う。
「優しくて、一緒にいると楽しくて、それに最近は魔法の実技でも活躍しています。スピカが人気になるのは不思議なことではありませんよ」
「そ、そうかなぁ……」
まったく実感がない。
けれど、これからデビュタントのパートナーを探さなければならないとなると、少し困ってしまう。誰と参加すればいいのだろう。
そんなことを考えていると、ふと一人の顔が頭に浮かんだ。
銀色の髪に金色の瞳。そして、いつも私のそばにいる――。
「でも、スピカには素敵な人がいますもんね」
「ん?」
リタの言葉に顔を上げる。
「アルクス様と参加されないんですか?」
「ああ……うーん」
やっぱり、リタもそう思うのか。
確かに、一番仲の良い男子生徒は誰かと聞かれれば、真っ先にアルクスの顔が浮かぶ。一緒に学校生活を過ごし、魔法の練習もして、夏休みには二人で演劇も見に行った。
けれど――。
「あんなに人気者だし……」
私は小さく呟いた。
「もうパートナーが決まっているかもしれないよ」
アルクスの周りには、いつもたくさんの女の子がいる。学校でもそうだし、学校の外でも、彼の周りには自然と人が集まる。そんな彼を、自分から誘うなんて。
「私から誘うのは、ちょっと無理かな……」
そういうと、リタは少し考えるように首を傾げた。
「そうですか?」
「うん」
「でも、スピカに誘われたら、きっとアルクス様も喜ぶと思いますよ」
「本当に?」
「はい」
リタはなぜか自信満々に頷いた。本当にそうだろうか。アルクスが私とデビュタントに参加したいと思ってくれる保証なんてない。
それに、まだ三月まで半年もある。今から悩む必要もないだろう。
「まあ……もう少し考えてみる」
「ふふ。それがいいと思います」
リタはどこか意味ありげに微笑んでいた。
けれど、この時の私はまだ知らなかった。デビュタントのパートナーを巡って――。
これから、思いもよらない出来事が起こることを。
◇◇◇
私は夏休みに、自分の魔法で魔物討伐にも参加できたことから、自分の魔法がだんだん好きになっていった。
誰よもう! ハズレ魔法なんて言った人!
……そう思ったが、一番最初に言い出したのは明らかに自分だった。
九月の末には、魔物の狩猟大会がある。
中等部と高等部に分かれており、希望者のみが参加できる大会だ。ただし、狩猟大会といっても私たちがバリアの外に出て、本物の魔物を狩るわけではない。
討伐隊が主軸となって運営するイベントで、学校の敷地内にある『ドーム』と呼ばれる広い空間で行われる、安全性を考慮した大会らしい。
出現する魔物も、Dランクの中でも弱いものから中程度のものが中心で、戦闘魔法があまり得意ではない生徒でも参加できるようになっている。
魔物にはそれぞれポイントが割り振られており、討伐した魔物の総合得点を競うというものだ。
私はもちろん、魔物との戦闘経験を積むために参加しようと思っていた。けれど、参加を決めた理由はもう一つある。
実は一番多くポイントを稼いだ優勝者には、『魔力増加の魔道具』がプレゼントされるのだ。以前、お父様に魔道具が欲しいと言った時は、「まだ早い」と言われてしまった。
だからこそ、ここでなんとしても手に入れたい! そう強く思ったのだ。
リタに聞いたところ、戦闘用の魔法は使えないため、今回は参加しないらしい。
アルクスも、魔物の討伐なんて日常的に行っているから、こういう大会には興味がないだろうと思っていた。
けれど――。
「スピカが出るなら、俺も出ようかな」
なんて言い出した。……正直困る。
アルクスが出場したら、完全にアルクスが優勝してしまう未来が目に見えている。
なんとか出場を阻止しなければと思い、私は正直に、「今回は自分一人の力を試してみたい」とアルクスに伝えた。
すると、彼は少し考えたあと「わかった。じゃあ俺は出場しない。その代わり、大会までスピカの練習に付き合うよ」と言ってくれた。
なんだかんだ、アルクスは私の気持ちを一番に優先してくれる。本当に優しい人なのだ。
それからは、実践的な魔物討伐を想定した魔法の練習をするようになった。私が考えたのは、重力を軽くして魔物の身体を浮かせ、そのまま地面へ勢いよく叩き落とすという方法だ。
アルクスもその魔法に賛成してくれて、私たちは毎日のように魔法の練習に明け暮れた。




