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初めての魔物討伐

 急ぎの知らせを受け、私はリタと別れると、すぐに屋敷へ戻った。


 屋敷に着くと、すでに父とセバスチャンが戻ってきていた。二人とも、いつもより険しい表情をしている。


「なにかあったの?」


 不安になり、私は父へ尋ねた。すると父は、少し言いにくそうに口を開いた。


「実は……領地内に魔物が現れたらしいんだ」

「え?」


 思わず声が漏れる。もちろん、キャンベル領もバリアの範囲内だ。普段であれば、魔物が領地内へ侵入することなどない。


「それで、畑を荒らしているそうだ。すでにかなりの被害が出ている」

「そんな……」


 あまりの話に、驚きを隠せなかった。


「今、討伐隊が現場へ向かっているそうだ。とにかく、今はこの屋敷から離れないように。わかったね?」


 父はいつになく真剣な表情をしていた。


「はい……」


 私は素直に頷く。まだ、私は魔物というものを実際に見たことがない。学校で本を読んだり、授業で習ったことはある。けれど、本物の魔物がどんな姿をしているのかは知らなかった。


 父や使用人たちは魔法が使えない。この屋敷の中で、魔物について多少なりとも知識があるのは、魔法学校に通っている私くらいだろう。


 私だって、この四か月間、必死に勉強してきた。何かできることがあるんじゃないだろうか。そんなことを考えていると、父が私を見つめた。


「スピカ」


「はい?」

「絶対に、ここから動かないこと」


 その声は強く、表情もいつになく強張っていた。


「……はい」


 父がここまで強い口調になることは珍しい。私は返事をすると、とりあえず自室へ戻った。


 けれど――。領民は大丈夫なのだろうか。畑には、どれくらいの被害が出ているのだろう。そんなことばかりが頭の中を巡っていた。


 しばらくすると、屋敷の外から馬の足音が聞こえてきた。気になって窓から外を見ると、一頭の馬が屋敷の前に止まっている。その背から降りたのは、見覚えのない男性だった。私はそっと部屋を出ると、玄関ホールの陰から様子をうかがった。


「キャンベル様」

「ああ、討伐隊の方ですね。今、どのような状況なのでしょうか?」


 父と討伐隊の男性が話している。私は気づかれないように、そっとその会話を聞いていた。


「住民の避難は完了しておりますが、西の畑にかなりの被害が出ています。多少のけが人もいるそうです」

「そうか……」


 父の表情が曇る。


「現在、討伐に当たっておりますが、魔物の数が多く……。討伐完了まで半日ほどかかる見込みです」

「半日も……」

「討伐が終わりましたら、改めてご報告に上がります。それでは」


 そういうと、討伐隊の男性は再び馬に乗り、屋敷を後にした。


「はあ……」


 父は大きなため息をついた。どうやら、私が近くにいることには気づいていないようだった。


「西の畑……」


 私は小さく呟く。けが人が出ている。その言葉が、頭から離れなかった。父には絶対に動くなと言われた。

 けれど――。じっとしていることなんて出来なかった。


(……ごめんなさい、お父さま)


 私は心の中で謝り、自室へ戻るふりをすると、誰にも見つからないよう裏口から屋敷を抜け出した。馬に飛び乗り、そのまま西へ向かう。



 ◇◇◇


 現場に近づくにつれ、周囲の景色が変わっていった。木々はなぎ倒され、畑は無残に荒らされている。先日まで美しい緑が広がっていた場所とは思えないほどだった。


「……ひどい」


 思わず、背筋が凍る。さらに進むと、遠くに人影が見えた。討伐隊だ。

 私は馬を降り、その場所へ近づいた。


 そして――。初めて、本物の魔物を目にした。


「……あれが、魔物」


 討伐隊が戦っていたのは、大きなネズミのような姿をした魔物だった。確か、授業で習ったことがある。Dランクの魔物。畑や草木を鋭い歯で食い荒らす魔物だ。


 本で見たことはあった。けれど、実際に見ると、その迫力はまったく違った。体長は一メートルほどあるだろうか。鋭い牙をむき出しにしながら、畑の中を素早く走り回っている。

 その数は十五匹……いや、二十匹近くいる。


「こんなに……」


 魔物の動きは非常に素早く、一匹ずつ討伐するには時間がかかっているようだった。私は意を決して、近くにいた討伐隊の男性へ声をかけた。


「魔法が使えます。何か手伝えることはありませんか?」


 男性は驚いたようにこちらを振り返る。


「君、なんでこんなところにいるんだ!? 危険だから下がっていなさい!」


 やはり、討伐隊でもない私が相手にされるわけがない。けれど、自分の領地でこんな被害が出ている。じっとしていることなんてできなかった。


 その時だった。一匹の魔物が、近くにいた討伐隊員へ飛びかかった。


「危ない!」


 考えるより先に、身体が動いていた。私は両手を前へ突き出す。

 そして――魔法を発動させた。


「――っ!」


 魔物の動きが止まった。次の瞬間、その巨大な身体が地面へ押しつけられる。

 まるで、強い力で地面に縫い付けられたように。魔物は必死にもがいているが、動くことができない。


「すごいな……!」


 討伐隊員が驚いた声を上げる。


「助かった。ありがとう!」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 助けられた……。私の魔法が、人の役に立った。


「よければ、こっちの魔物もお願いできるか?」


 別の討伐隊員が声をかけてくる。


「やつらは動きが速くて、なかなか攻撃が当たらないんだ」

「もちろんです!」


 私は頷いた。それからは、討伐隊が攻撃しやすいように、次々と魔物の動きを止めていった。


 一匹、また一匹。魔物を地面へ引き寄せ、動きを封じる。そして、討伐隊が確実に仕留める。


「あと一匹!」


 最後の魔物が動きを止めた。討伐隊の火の魔法が繰り出される。

 そして――。最後の魔物が光の粒子となって消えた。


「討伐完了だ!」


 周囲から安堵の声が上がった。私はその場に立ち尽くしたまま、大きく息を吐く。

 終わった……無事に、すべての魔物の討伐が終わったのだ。


「君、けがはないかい?」


 討伐隊の男性が心配そうに声をかけてくれた。


「はい、大丈夫です」

「本当に助かったよ。君がいなければ、もっと時間がかかっていたかもしれない」


 改めてお礼を言われ、私は少し照れくさくなった。


「家まで送ろう」


 そういわれ、屋敷の住所を伝える。すると、討伐隊の男性は驚いたように目を見開いた。


「……キャンベル伯爵家?」

「はい」

「まさか、キャンベル伯爵令嬢だったとは……」


 どうやら、私がこの領地を治める伯爵家の娘だとは思っていなかったらしい。

 討伐隊の人とともに屋敷へ戻ると、玄関前には父が立っていた。そして私の姿を見るなり、すぐにこちらへ歩いてくる。


「スピカ!」

「お父さま……」


 父は私の前まで来ると、深いため息をついた。


「本当にお前は……」


 明らかに怒っている。けれど、その声が震えていることに気づいた。


「心配をかけるんじゃない」


 その言葉に、胸が痛くなる。父が怒っているのは、私が勝手なことをしたからではない。私の身を心配していたのだ。


「ごめんなさい……」


 その後、討伐隊の男性が今日の出来事を父へ報告した。私が魔物の動きを止め、討伐を手伝ったこと。そのおかげで、予定より早く討伐が完了したこと。報告を終えると、討伐隊の人は屋敷を後にした。


 父と二人きりになり、私は先ほどのことを謝罪した。


「お父さま、ごめんなさい」


 私はもう一度頭を下げた。


「でも……けが人が出ているって聞いたし、何とかしないとって思ったの」


 顔を上げ、父を見る。


「私は魔法を使えるから。少しでも力になれるんじゃないかって……」


 父はしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。


「お前の気持ちはわかる」


 父は優しい声だった。


「領民を心配する気持ちも、誰かを助けたいと思う気持ちもな」

「……」

「だが、スピカ」


 父は私の肩に手を置いた。


「お前は、私の大切な娘だ」


 その言葉に、胸が締め付けられる。


「私は、お前に無理をしてほしくない」

「お父さま……」

「わかるね?」

「……はい」


 私は小さく頷いた。すると父は、少しだけ表情を緩めた。


「ただ」

「?」

「討伐隊の方も言っていたが、スピカの魔法のおかげで、早く収拾がついたそうだね」

「……うん」

「とても感謝していたよ」


 その言葉を聞き、少しだけ安心した。


「でも、今後は無理をしないこと。いいね?」

「はい」


 今度こそ、私はしっかりと返事をした。そして自室へ戻る。窓の外を見ると、夕日が沈みかけていた。


 今日一日で、本当にたくさんのことがあった。初めて見た魔物、初めての実戦。

 そして――。初めて、自分の魔法で誰かを助けることができた。


「私……少しは魔法使いらしくなれたのかな」


 母のような魔法使いになりたい。そう思っていた。

 今日、その夢にほんの少しだけ近づけたような気がした。


第四章「魔法使いの夏休み」を読んでくださり、ありがとうございます。


第四章は、スピカが魔法使いとして大きく成長した章になりました。


これからもスピカは、引力魔法の新しい可能性を見出していきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。


また、第五章ではスピカの気持ちにも変化が表れる章となっております。

二人の距離感が少しずつ変わっていく様子をぜひこの先もお楽しみください。


もし「続きも読んでみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや評価を頂けますと、とても励みになります。


これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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