私の知らない君のこと
――八月。
夏休みも中盤に差しかかった頃。
私は馬車に揺られながら、キャンベル領へと向かっていた。馬車が王都から離れていくにつれ、窓の外の景色は少しずつ変わっていく。
石造りの建物が立ち並ぶ王都とは違い、広々とした畑や、きらきらと光る川、どこまでも続く森。自然豊かな景色が広がっていた。
馬車に揺られること、およそ二時間。
「お嬢様、到着いたしました」
使用人の声とともに、馬車がゆっくりと止まった。
「わあ……」
窓の外に広がる景色を見て、思わず声が漏れる。久しぶりに訪れたキャンベル領。そう、私の領地は大自然の中にあるのだ。
馬車を降りると、領地にあるキャンベル家のカントリー・ハウスの前には、多くの使用人たちが並んでいた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
温かい歓迎を受けながら屋敷へ向かう。すると、その中に見慣れた顔を見つけた。
「セバスチャン!」
「お嬢様」
セバスチャンは、いつものように穏やかに頭を下げた。
「久しぶりね!元気だった?」
「ええ。お嬢様もお元気そうで何よりでございます」
セバスチャンは現在、こちらの屋敷で父の補佐をしながら、領地運営にも携わっている。そのため王都のタウンハウスに戻ることは少なく、学校に入学して間もない頃から会っていなかった。
実に三か月ぶりの再会だ。
「また会えて嬉しい!」
「私もでございます」
セバスチャンは優しく微笑んだ。
◇◇◇
領地に到着してからの父は、とにかく忙しかった。
現状の確認に今後の政策、農地の管理やワイナリーの運営、そして領民たちの生活。父とセバスチャンは毎日のように書斎にこもり、様々な話し合いをしていた。
私も伯爵家の娘として、何もしないわけにはいかない。領地に滞在している間は、魔法の勉強だけではなく、領地運営についても学ぶことになった。書類を読んだり、父の話を聞いたり、時には実際に領地を見て回ったり。
そして、キャンベル家が手掛ける自社ブランド――キャンベル印のワインについても学んだ。まだお酒を飲める年齢ではないため、味見をすることはできない。
そのため、各ワインの製造方法や年代、香りの特徴などを、ひたすら覚えていく。これがなかなか大変だった。
「ええと……これは酸味の強い葡萄を使っていて……」
ひたすら資料を見ながら必死に覚ようとする。
「香りは果実味が強く、熟成させると……」
(ううん、覚えることが多すぎる……)
キャンベル家のタウンハウスにも小規模なワイナリーはある。けれど領地にあるワイナリーは、その規模がまったく違った。
広大な葡萄畑に大きな貯蔵庫。そして、何年も熟成されたワインがずらりと並ぶ地下倉庫。年代も種類も様々で、すべてを覚えるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
そんな生活を一週間ほど続けたある日。
「今日から隣町の視察に行ってくる」
朝食の席で父が言った。
「セバスチャンも一緒に行くから、数日は屋敷に戻らないかもしれない」
「うん、わかった。気を付けて行ってきてね!」
父とセバスチャンを見送ったあと、私は久しぶりに自分だけの時間を手に入れた。
自室の大きな窓を開けると、ふわりと心地よい風が部屋の中に入ってきた。
目の前には見渡す限りの緑。遠くでは小鳥たちがさえずり、木々の葉が風に揺れている。王都のタウンハウスとはまったく違う、のどかな景色だった。
「うーん!」
私は大きく伸びをする。
「なんだかんだ忙しかったから、ゆっくりする時間も久しぶりかも!」
ベッドに倒れ込む。
「せっかくだから、魔法の練習でもしようかな」
そんなことを考えていると……。
――コンコン。
部屋の扉がノックされた。
「どうぞー」
扉を開けて入ってきたのはアンナだった。
「おくつろぎのところ、失礼いたします」
「どうしたの?」
するとアンナは、一枚の紙を差し出してきた。
「こちらに見覚えのあるお名前が載っておりましたので、お嬢様にもお見せした方がよろしいかと思いまして」
「見覚えのある名前?」
紙を受け取ると、それは、ヴァイオリンコンクールのお知らせだった。
開催日時、会場、そして参加者の一覧。何気なく名前を目で追っていく。
「――え?」
思わず手が止まった。
「アルクス……ドラート!?」
そこには、見間違えるはずもない名前が記されていた。
「えええ!?」
楽器を演奏しているところなんて、一度も見たことがない。まさかアルクスがヴァイオリンを弾けるなんて。
しかも、コンクールに出場するほどの腕前だというのだろうか。
「知らなかった……」
私は驚きながら、開催日を確認する。
……四日後だ。場所は、ここから馬車で一時間ほどの街だった。
「ねえ、アンナ」
「はい」
「私、これ見に行きたい!」
するとアンナは、まるで予想していたかのように微笑んだ。
「お嬢様ならそうおっしゃると思いまして」
そういいながら、もう一枚の紙を差し出す。
「実はすでに、お席を二席確保しております」
「さすがアンナ!」
思わず拍手をする。
「もしよろしければ、リタ様もお誘いしてみてはいかがでしょう?」
「いいね!」
私はすぐに机へ向かった。
「早速、手紙を書く!」
久しぶりにリタにも会える。そして、アルクスの意外な一面も見られる。なんだか急に、四日後が楽しみになってきた。




