友達と過ごす休日
――ある夏休みの日。
今日は、リタが我が家に遊びに来る日だ。念願だった魔法学校の友達を、初めて家に招く日。それだけで朝からそわそわしてしまい、なんだか落ち着かなかった。
……そしてどういうわけか、私だけではなく家中の使用人たちまで気合が入っていた。さらには父までも。
「友人を招くなら、きちんとしたおもてなしをしなければならないからね!」
なんて朝から張り切っていた。
(なんでお父様までこんなに気合いが入ってるんだろう……)
リタの家までは、我が家の馬車を迎えに向かわせている。しばらくして、屋敷の前にキャンベル家の馬車が戻ってきた。私は待ちきれず、玄関まで駆け寄った。馬車の扉が開き、中からリタが姿を現す。
「リタ!」
私は思わず駆け寄る。
「会いたかった!」
「スピカ!」
リタも嬉しそうに笑った。
「なんだか二週間ぶりくらいのはずなのに、ずっと会ってなかったみたいな感じがするよ!」
「本当ですね。私もスピカに会えて嬉しいです」
リタはいつもの柔らかい笑顔を浮かべた。
「それに、馬車でのお迎えまで……今日はお招きいただき、本当にありがとうございます」
「そんなの気にしないで! 今日はいっぱい楽しもう!」
改めてリタの姿を見ると、今日のリタは、いつもの魔法学校の制服とは違っていた。淡い花柄のワンピースに身を包み、髪も少しだけ整えている。制服姿も可愛らしいけれど、今日はいつも以上に女の子らしい雰囲気だった。
「リタ!」
「はい?」
「私服、とっても可愛いね!」
「えっ……」
リタは少し驚いたように目を丸くする。
「いえいえ……。あまり良い洋服というものを持っていないので、これが精一杯のおしゃれなんです」
「そんなことないよ!」
私は首を横に振った。
「すごく似合ってる! 本当に可愛い!」
「ありがとうございます……」
リタは少し照れたように微笑んだ。その様子を、少し離れたところから見つめている人物がいる。アンナだ。……いや。正確には、リタをじっと見つめながら、ものすごくそわそわしている。
(あれは絶対、何か考えてる顔だ……)
アンナは可愛いものが大好きだ。可愛らしいリタを見て、きっと色々なドレスを着せたり、髪型を変えたりしたいのだろう。その気持ちが、これでもかというほど顔に出ている。
「アンナ!」
「はい?」
「顔に出すぎだから!」
「あら」
アンナは一瞬だけきょとんとしたあと、くすっと笑った。
「失礼いたしました」
そしてリタに向き直る。
「ですが……あまりにもリタ様が可愛らしかったもので、つい見入ってしまいました」
「えっ!?」
突然褒められたリタは、慌てたように顔を赤くした。
「私はお茶の準備をしてまいりますね」
「うん、お願い!」
アンナはどこか名残惜しそうにリタを見ながら、その場を後にした。
(絶対あとで着せ替えの提案してくる気がする……)
そんな予感を抱きながら、私はリタを屋敷の中へ案内した。
「こっちだよ!私の部屋に行こう!」
「はい!」
廊下を歩きながら、リタはきょろきょろと周囲を見回している。
「スピカのお家は、本当に広いですね……!」
「そうかな?」
「すごく広いです!」
リタは窓の外に視線を向けた。
「それに、お庭にもたくさんのお花が咲いていました。とても素敵ですね」
「ふふっ、ありがとう!」
自分の家を褒められると、なんだか自分まで嬉しくなってしまう。
自室へ案内すると、すでにアンナがお茶とお菓子を用意してくれていた。窓際のテーブルには可愛らしいティーセットが並び、その横には色とりどりのお菓子が置かれている。
「座って座って!」
「ありがとうございます」
私たちは向かい合わせに座った。
「これ!」
私はお気に入りのお菓子を一つ手に取る。
「このお菓子、私すごく好きなの! 食べてみて!」
「では、いただきます」
リタが一口食べると、すぐに表情を明るくした。
「本当ですね! とても美味しいです!」
「でしょ!?」
私は思わず身を乗り出す。
「ここのお店のお菓子、昔から好きなんだ!」
そんなふうにお菓子の話をしていると、リタがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば……」
「ん?」
「アルクス様と演劇を見に行くというお話は、どうだったんですか?」
「ああ!」
そういえば、まだリタには詳しく話していなかった。
「この前行ってきたよ!」
私は待ってましたと言わんばかりに、演劇の内容を話し始めた。身分の違いによって一度は引き裂かれてしまった恋人たち。
それでも互いを想い続け、様々な困難を乗り越え、最後には再び結ばれる――。そんな恋愛劇だった。
「あの最後のシーンが本当にすごくてね!」
私は身振り手振りを交えながら話す。
「もうすごく感動しちゃって……! 気づいたら泣いてた!」
「そうだったんですね」
「うん! なんだか私も、あんな恋をしてみたいなって思っちゃった!」
すると、リタが少しだけ困ったように笑った。
「あの……スピカ」
「ん?」
「私が聞きたかったのは、演劇の感想というより……」
リタは少しだけ頬を赤くする。
「アルクス様との初めてのデートはどうだったのかな、ということだったんですけど」
「え?」
一瞬、言葉が止まる。
「そ、それはアルクスが勝手にデートって言ってただけだよ!」
「でも二人でお出かけしたんですよね?」
「一緒に演劇を見ただけ!」
「そうなんですね」
リタはなぜか楽しそうに微笑んでいる。
「まあ……」
私は少しだけ視線を逸らした。
「私服は初めて見たし……」
「はい」
「ちょっと、かっこいいなとは思ったけど」
「……!」
その瞬間、リタの目がぱっと輝いた。
「な、なに?」
「いえ!」
リタは目尻を下げ、嬉しそうに笑う。
「楽しかったなら何よりです!」
(なんでそんなに嬉しそうなの?)
私は首を傾げながらも、私たちはその後も学校の話や夏休みの予定について話し続けた。
しばらくして、仕事を終えた父が、私の部屋を訪ねてきた。
「スピカ、入ってもいいかい?」
「あ、お父さま!」
父は部屋に入ると、リタの姿を見てにこやかに笑った。
「おお。君がリタちゃんかい?」
リタはすぐに立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「はい。リタ・ブリュスターと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ」
父は優しく笑った。
「スピカがいつも世話になっているね」
「いえ……! 私の方こそ、スピカにはいつもお世話になっています」
リタは少し照れながら言った。
「スピカのおかげで、毎日がとても楽しいんです」
その言葉を聞いた父は、とても嬉しそうに目を細めた。
「そうか。それは嬉しいね」
父は私の方を見る。
「スピカも、いつも帰ってくると君の話ばかりしているんだよ」
「えっ!?」
「ちょっと、お父さま!」
思わず止めに入る。
「勉強もいつも教えてもらっているって聞いているしね。今日はこうして会えてよかったよ」
「私も、スピカのお父さまにお会いできて嬉しいです」
和やかな空気が流れる。……と思ったのも束の間。父が何かに気づいた。
「そういえば、ブリュスター家というと……酒屋を営んでいるんだったかな?」
「はい。母が酒屋を営んでいます」
その瞬間、父の表情が変わった。
(あ、まずい)
これは……商人の頃の父の顔だ。
「ほう!それは素晴らしい!」
父は一気に身を乗り出した。
「実はキャンベル領では、近年ワインの生産にも力を入れていてね――」
始まった……完全に営業トークが始まった。父はキャンベル印のワインについて熱心に説明し始め、リタも真剣に話を聞いている。
「こちらの赤ワインは特に香りがよくてね」
「そうなんですね!」
「もしブリュスター家で取り扱っていただければ――」
「お父さま!」
私は思わず止めに入る。
「友達の家にまで営業しないでよ!」
「ははは、すまないすまない。ついね」
父は悪びれる様子もなく笑っている。すると、リタが少し考えるように口元に手を当てた。
「でも……」
「ん?」
「キャンベル印のワインはとても人気がありますし、もし取り扱えるようになれば、母も喜ぶと思います」
「本当かい!?」
リタの言葉に父の目が輝いた。
「それなら、今からブリュスター家へ伺って――」
「行かないで!」
私は、父を即座に止めた。
「今日リタは遊びに来てるんだから!」
「そうだな」
父は少し残念そうに笑った。
「また今度、改めて伺わせてもらうことにしよう」
「はい。母にも伝えておきます」
(話がまとまっちゃった……)
まさか友達を家に招いただけで、商談の話になるとは思わなかった。けれど父もリタも楽しそうだったので、これはこれでよかったのかもしれない。
こうして、リタとの楽しい一日はあっという間に終わった。学校では毎日のように顔を合わせていたけれど、休日に一緒に過ごすのはまた違った楽しさがある。
友達を家に招いて、お菓子を食べて、たくさん話をして、一緒に笑う。そんな当たり前の時間が、私にはとても大切に思えた。
「また遊びに来てね!」
帰りの馬車に乗るリタに向かって手を振る。
「はい! 次はぜひ、私の家にも来てくださいね!」
「絶対行く!」
馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。その後、部屋に戻ってからも、今日の出来事を思い返しては自然と笑みがこぼれてしまう。
(楽しかったなあ……)
来週からは父と一緒に領地へ向かう予定だ。伯爵家の娘として、領地の様子を見たり、管理について学んだりしなければならない。
忙しい夏休みになりそうだけれど――。
その前に、大好きな友達と素敵な一日を過ごせたことが、何より嬉しかった。




