母の秘密
帰りの馬車の中では、アルクスが先ほど観た演劇について話してくれた。
登場人物のモデルになった人物の話、脚本家についての話、劇場の歴史について。
きっと私の不安そうな顔に気づいて、気を遣ってくれているのだろう。
家に到着すると、アルクスは「また手紙を送る」と言い、父にも丁寧に挨拶をして、そのまま馬車へと戻っていった。
私は母が魔法使いかもしれないという事実に頭が混乱していて、カフェの後半からの記憶がほとんど残っていなかった。
そして――。意を決して父に尋ねることにした。
「あの……お父さま」
「ん?なんだい?」
「聞きたいことがあるの」
父は優しくこちらを見る。
「お母さまって……魔法使いだったのかな?」
その瞬間、父は大きく目を見開いた。
「……なぜ、それを?」
父のその反応を見て確信する。
「さっきアルクスに聞いたの」
私は今日聞いた話を父に伝えた。
「魔法は遺伝するんだって。お父さまが魔法使いじゃないのは確かだから……それなら、お母さまが魔法使いだったのかもしれないって思ったの」
「……」
父は黙り込んだ。
「ねえ」
私はもう一度尋ねる。
「なんで、お母さまが魔法使いだったことを隠していたの?」
しばらく沈黙が続いた。けれど父は、もう隠しきれないと思ったのだろう。ゆっくりと口を開いた。
「そうだよ」
父は静かに言った。
「ララは……星属性の魔法使いだった」
「……え? 星属性?」
聞いたことのない属性だった。
「スピカの魔法にも似ていたよ。引力に似た力も使っていた」
「嘘……」
母が……お母さまが魔法使いだった?
「ああ」
父は少し懐かしそうに笑った。
「昔は討伐隊に所属していたそうだ」
「討伐隊……?」
「そう。ララは昔、討伐隊で働いていた」
あまりの事実に言葉を失う。私の母が……あの優しくて、いつも笑っていたお母様が。討伐隊で魔物と戦っていた?
「スピカが生まれてから、ララは討伐隊での仕事を減らしていった」
父は続ける。
「それからは、ほとんど魔法を使わなくなったんだ。だから……小さかったスピカが覚えていないのも無理はない」
私のお母さまが魔法使いで、しかも討伐隊に所属していて、そして……私と同じような魔法を使っていた。あまりの情報量に頭が追いつかない。
もしかしたら母は、星属性という珍しい魔法を使う、とても優秀な魔法使いだったのかもしれない。もっと母の話を聞きたかった。今まで知らなかった母のことを。
「でも……」
私はもう一度尋ねる。
「なんでお母さまが魔法を使えることを黙っていたの?」
父は少し困ったように笑った。
「結婚してからは、ほとんど魔法を使わなくなったからね。私も、スピカが魔法使いになるなんて思っていなかった」
父はゆっくりと続ける。
「使用人のほとんども今は変わったから、ララが魔法使いだったことを知らないんだ」
「そっか……」
不安が完全になくなったわけではない。それでも、母の話を聞けたこと。母が私と似た属性の魔法使いだったこと。それが何よりも嬉しかった。
「お父さま」
「ん?」
「話してくれてありがとう」
「ああ」
父は静かに微笑んだ。私はそのまま自室へ戻った。
窓を開けると、夜空には無数の星が輝いていた。その中でも、ひときわ明るく輝く星を見つける。私は空を見上げながら、小さく呟いた。
「お母さま」
もちろん返事なんて返ってこない。
「私も……お母さまみたいな魔法使いになれるかな」
そういってしばらく夜空を見つめる。
すると――。一番明るく輝いていた星が、瞬いたような気がした。
まるで『大丈夫』そう答えてくれたように。
◇◇◇
――その日の夜。
キャンベル家の玄関ホール。
そこには、父と母、そして幼い娘。三人が描かれた家族の肖像画が飾られていた。その肖像画の前に、一人の男が立っている。男は静かに目を閉じ、両手を組んだ。
「ララ……」
掠れた声で、自分の妻の名前を呼ぶ。
「どうか……どうか、スピカを守ってくれ」
誰もいない玄関ホール。
返事など返ってくるはずもない。それでも男は祈るように言葉を続けた。
「もう、あの時のように……」
声が震える。
「スピカが、あんなふうに苦しむことのないように……」
肖像画の中で。ララは、優しく微笑んでいた。
それはまるで。遠い夜空の星に願いを託すような――。そんな祈りだった。




