君を抱きしめる日
――試験当日。
私は初めての魔法学校の試験に、緊張した面持ちで学校の門をくぐった。玄関でリタの後ろ姿が見え、私は駆け寄る。
「リタ、おはよう。私、リタとアルクスのおかげで、今日の試験がすごく楽しみなんだ」
「スピカ、おはようございます。まあ、それはとても素晴らしいですね。スピカの結果がとても楽しみです」
その時だった。リタの視線が、私の耳元で止まった。
「……あら?」
「どうしたの?」
「スピカ、そのピアス……」
「ああ、これ?」
私は耳元に触れる。
「アルクスが作ってくれたの!」
「……アルクス様が?」
リタの目が、少しだけ大きくなった。
「うん。私のために作ってくれたんだって。すごいよね! 金色の魔石で、アルクスの魔力と同じ色なんだって!」
「…………」
リタはしばらく私の耳元のピアスを見つめていた。
「それ……アルクス様が、自分で作ったんですか?」
「うん!」
「それを、スピカに?」
「そうだよ!」
私は何も疑問に思わず頷く。
「すごく綺麗だよね。私には高価すぎるから、最初はもらうのを遠慮したんだけど、毎日つけてくれればお礼はいいって言われたの」
「……毎日?」
「うん!」
私は嬉しそうに笑う。するとリタは、なぜか口元を手で覆った。
「……なるほど」
「何が?」
「いえ……なんでもありません」
そう言いながら、リタはちらりと私の耳元を見る。そして何か考えるような素振りをした。
◇◇◇
アルクス様の魔力で作った魔石。
自分で作ったものを、スピカに贈った。しかも「毎日つけて」とまで言った。
私は思い出していた。
以前、アルクス様がスピカのことを話していた時のあの表情。
そして、教室でスピカを見つめる時の視線。どう考えても――。
「……アルクス様、スピカのことが好きなんでしょうね」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
「?」
きょとんと首を傾げるスピカを見て、小さくため息をついた。
これは……相当時間がかかりそうですね。
けれど、そんなスピカの鈍感さを見ていると、なんだか少しだけ微笑ましくもあった。
「さあ、試験頑張りましょう」
「うん!」
スピカは何も知らないまま、笑顔で頷いた。
◇◇◇
――キーンコーンカーンコーン。
午前の筆記試験が始まった。
「……うん」
問題用紙を見て、私は小さく頷いた。勉強した通りの問題だ。
リタと一緒に何度も勉強した。分からないところは何度も教えてもらったし、間違えやすい問題も繰り返し解いた。そのおかげで、ペンが止まることはなかった。私は次々と問題を解いていく。
――これなら、いけるかもしれない。試験が終わった時には、かなりの手応えを感じていた。
教室を出ると、リタも余裕のある表情を浮かべている。
「リタ、どうだった?」
「ふふ。思ったよりもできました」
「私も!」
「スピカなら、きっと大丈夫ですよ」
その言葉に、少しだけ緊張がほぐれた。昼食時は、リタと試験の答え合わせをしていた。
「あっ、この問題!」
私は問題を思い出して声を上げる。
「リタに教えてもらった引っかけ問題が出たね!」
「ふふ、読み通りでしたね」
「うん! リタに教えてもらってなかったら、絶対に間違えてたよ」
「それなら、教えた甲斐がありました」
リタが嬉しそうに笑う。こうして誰かと一緒に勉強するのは、こんなにも楽しいものなのだと初めて知った。
そして――。午後はいよいよ実技試験だ。
私は一度、深く息を吸った。アルクスに今まで教えてもらったことを、全部出し切ろう。
「スピカ、大丈夫ですよ」
「うん!」
リタの言葉に頷く。試験内容は前回と同じ。自分の得意魔法を披露するというものだった。
生徒たちは一人ずつ順番に魔法を披露していく。前回の授業の時よりも、みんな魔法の扱いが上手くなっている。
水の柱はより高く。炎の渦はより大きく。風の魔法も、より安定していた。
リタも少し不安そうな顔をしていたが、前回よりもずっと速く回復魔法を使えるようになっていた。
「リタ、すごい!」
「ありがとうございます。でも、まだまだです」
そんなことを言いながらも、リタの顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいる。
「次、スピカ・キャンベル」
「……はい!」
ついに私の番が来た。私はゆっくりと前へ出る。試験官の先生の前に立つと、周囲から小さな声が聞こえてきた。
「引力魔法だって」
「どんな魔法なんだろう?」
「前より上手くなってるかな」
一カ月前なら、その声を聞いただけで不安になっていたかもしれない。
――けれど、今は違う。私は胸を張った。大丈夫。アルクスと何度も練習した。リタと一緒に勉強した。そして、私自身も頑張ってきた。
私は両手を前へ伸ばす。
視線の先には、二メートルほど離れた場所にある木がある。その枝には、いくつかの木の実が実っている。
ゆっくりと息を吸い込み、木の実が私の手のひらへ吸い寄せられてくる姿をイメージする。
(――来て)
次の瞬間、ひゅんっ!
木の実が勢いよく飛んできた。
「……!」
周囲から驚きの声が漏れる。けれど、ここからが本番だ。
私は木の実が自分の手のひらへ落ちる直前、その速度がゆっくりになるようにイメージする。
すると、先ほどまで勢いよく飛んできた木の実が、ふわりと速度を落とした。
そして、ぽとん、と私の手のひらに優しく落ちる。
「……できた」
私は全身の力が抜け、思わず呟いた。
「おお……これは驚いたな」
先生が感心したような声を上げる。
「魔力コントロールが完璧じゃないか。引き寄せる速度を変えることができるなんて、かなり上手く魔力を扱えている証拠だ。よくやった」
「……!」
その言葉に胸の奥がじんわりと熱くなった。一カ月前は、木の実を引き寄せることすらできなかった私が……褒められた。
「ありがとうございます!」
私は思い切り頭を下げた。顔を上げると、自然と笑みがこぼれていた。
なんだかやっと、一人の魔法使いとして認めてもらえたような気がした。
◇◇◇
無事に試験を終えた私は、その足で寮へ向かった。まだ試験が終わってすぐだからか、寮には人の姿が少ない。
私はそのまま寮にある談話室へ向かった。
そこには、すでに待ち合わせていた男の子の姿があった。
「アルクス!」
私は彼の名前を呼びながら駆け寄るとアルクスがこちらを振り向いた。
その瞬間だった。
「――わっ!?」
絨毯に足を取られた。
「え?」
足がもつれ、身体が前へ投げ出される。
――転ぶ!そう思った瞬間。
彼に腕を引かれた。そして、背中に回された腕が私の身体をしっかりと抱き止める。
「……っ」
気づけば、私はアルクスの腕の中にいた。
「ふふ」
耳元で、彼の小さな笑い声が聞こえる。
「再会のハグにしては、大胆だね」
「ご、ごめん!」
慌てて離れようとする。
けれど――。なぜか、アルクスの腕は離れない。
「アルクス?」
ふわりと彼のホワイトムスクの香りが鼻に届く。
「試験、いい出来だったんだ?」
「うん……!」
「一番に俺に報告に来てくれて、嬉しいよ」
その声が、いつもより少しだけ優しく聞こえた。
「お疲れ様」
「うん、うん……」
試験が終わった安心感と、これまで頑張ってきた時間、リタと一緒に勉強したこと、アルクスに魔法を教えてもらったこと。
色々なことが一気に頭の中を駆け巡る。
「本当に……アルクスのおかげだよぉ」
声が震えた。
「ありがとぉ……」
頬を涙が伝った。
「……うぅ」
自分でも驚いた。どうしてこんなに涙が出てくるんだろう。
けれど、一度こぼれた涙は止まらなかった。
初めての魔法学校生活。
思い返すと、分からないことばかりだった。魔法が使えなくて馬鹿にされたこともあった。自分には才能がないのかもしれないと思ったこともあった。
それでも、リタがいてくれた。アルクスがいてくれた。二人が支えてくれたから、ここまで頑張ることができた。
試験が終わった瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたのかもしれない。
そして、その一番最初に会いたかった人が――。今、目の前にいる。
「よしよし」
アルクスの手が、私の頭を優しく撫でる。
「頑張ったね、スピカ」
その声を聞いた瞬間、また涙が溢れた。
「……うぅ……」
彼の体温が心地いい。ただ抱きしめられているだけなのに、こんなにも安心する。
私はしばらくの間、アルクスの腕の中で涙を流し続けた。アルクスは何も言わず、ただ優しく私の頭を撫でてくれていた。
その表情は、いつもの余裕のある笑顔とは少し違っていた。
まるで――。大切なものをようやく腕の中に収めたかのような、穏やかな表情だった。
第二章「金色の瞳の男の子」を読んでくださり、ありがとうございます。
第二章は、アルクスが登場し、物語が少しずつ動き始める章となりました。
スピカが一人の魔法使いとして成長していく姿と、スピカとアルクスの二人の距離が少しずつ近づいていく様子を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
これから二人の物語は、さらに動き始めます。
スピカとアルクスの恋の物語を、ぜひこの先もお楽しみください。
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これからもどうぞよろしくお願いいたします。




