2話 ドールズ・ビギニング
統一歴3126年。北極点から噴き出し続ける通称『黒霧』が、その範囲を拡大。それと同時に、人類は巨大な未確認生命体を観測する。
調査と小規模な戦闘が続くなか、この巨大生物には明確な害意があると判断した人類は『ビースト』と呼称するようになる。
3129年春、第一次迎撃戦にてビーストの大軍を辛うじて退けた国連軍ではあったが、戦闘機や戦車といった既存兵器ではもはや太刀打ちできぬことも思い知らされていた。
藁にもすがりたい国連軍は、開発途中である新型兵器の投入を決定。
全長十メートル程度の人型を模した軍用兵器群は二十機程度ながら、数に勝るビーストに対抗できるだけの性能を見せつけ、ビーストに対する反攻の希望として、制式採用が決定した。
人型機動兵器『ドールズ』の誕生である。
「……いや、サウリ班長。さっきから誰に向かって話してんです?」
「だまらっしゃい。お前聞いとらんのか。整備班に新人が数名回されるって話。新人にはオメェ、研修が必要だろう。それを俺がやってやろうってんだ」
「ということは、研修に向けた練習ですか……格納庫の一角で、壁に向かって?」
「お前の目は節穴かぁ? そんなんでよくも、栄えあるソング・バード隊の整備班をやってこれたもんだ。そこにカメラが置いてあんの、見えねぇのか。そんなフヌケには便所掃除させちまうぞ」
唾を飛ばしながら、カメラの方向を指さす先には、三脚の上でレンズを向けている小さなビデオカメラがある。カメラは、録画中の赤ランプを点灯させていた。
黒い油染みが目立つ濃紺の作業着を纏った整備員は、口をとがらせる。
「見えてる上で言ってんですよ。そもそも、そんなの班長がする仕事じゃないでしょ。班長がやんなきゃなんない仕事は、他にあるじゃないですか。任されたクルセイダの後継機、難航してんでしょ?」
親指で指し示す後方には、いくつものケーブルに繋がれた、なんの塗装もされていないドールズの立ち姿がある。その足元では、パイロットの二人組がああでもない、こうでもないと、意見を伝え合っている。
サウリはつばの付いた帽子を脱いでから、後頭部辺りをがしがしと掻く。腕を組み、苦々しく表情を歪ませる。
「武器庫よろしく増設された武装。遠距離戦闘と近接戦闘の両方をこなせる火器管制システムの構築。大型化した機体をぶん回す為の新型機構のテスト……。大なり小なり悩みのタネばっかりだからなぁ」
おやっさんとパイロット二人のアイデアがふんだんに盛り込まれた機体は、カスタム機の多いソング・バード隊所属のなかでもとびっきりのワンオフ機になるだろう。
完成すれば他のドールズから頭抜けた性能を誇ることは間違いなく、もしかすれば、第五世代とも呼べるかもしれない。
「整備士泣かせってヤツですよ。あんなに複雑な整備、現場でやれると思います?」
「ばっきゃろう。無理難題があればこそ、整備士魂が燃え上がるっちゅうもんだろ。
それに、英雄グレッサ・イニゲスが手掛けた機体を、その兄でドールズ基礎理論の立役者であるアグル・イニゲスが再建造するってんだ。そんなビッグなプロジェクトに携われるなんて、整備士冥利に尽きるとは思わねぇか」
「まぁ、パイロットが誰かっていうのを考えれば、運命的っすからね。あの坊主も嬢ちゃんも、応援したくなりますし」
だろう? と肯定する意味合いを込めて、鼻を鳴らす。
「せっかく、行方知れずとなっていた動力炉が戻ったんだ。色々と試してみたくなるもんだろう。それは、おやっさんだって変わらねぇよ。あの人も、根っからの技術屋だからな」
「聖域が特別に寄こした『煌石結晶』でしたっけ。通常のジェネレータに使われる『輝石結晶』よりも高純度で、エネルギー効率が何倍も高いっていう」
次世代のエネルギー機関として、輝石結晶を用いた動力炉技術は確立していたし、それもあって空中戦闘艦も運用可能となっていた。
「というか班長。俺ずっと気になってたんすけど、ドールズの前身だっていう『オペレーション・トラクター』って、軍用とはいえ、そもそもが拠点開発とかを目的にした特殊車輛じゃないすか。
腕の先に作業用マニピュレータはあっても、クローアームがせいぜいで、移動手段なんてそれこそキャタピラ履いたり、いいとこが多脚タイプばっかり。人型なんて模してないのに、そこからドールズの完全な人型まで持っていくなんて、いったいどんな魔法を使ったんですかね」
思わず顎を擦る。剃り残った髭の感触を感じながら、確かにな、と呟いていた。
「お前らが知らんのも無理はないがな」
急に後ろから声をかけられ、二人は驚きながら背後を振り返る。
「おやっさん」
聞きなれた声の主は腕組みをして、なにが面白くないのか眉間に皺を寄せていた。
「どうせそのうち知ることだから、教えておいてやる。
ドールズの基礎理論はな、確かにオペレーション・トラクターをもとにしちゃいるが、骨組みも肉付けも、発掘された『兵器だったらしいモノ』から得られたデータを現代技術で復元した代物にすぎん。
3122年の北極調査で発掘された、コアパーツらしきものから復元された最初のドールズが、アーキタイプ・クルセイダだ。そして、クルセイダを複製する形で、同時並行でもう一機のアーキタイプを建造したんだが、そっちは当時の国連に譲渡してからは行方知れずだった。まさか帝国軍がジェヌヴと称して使用しているとは、思いもよらんかったがな」
「……ということは、我々よりも遥か昔の技術で、ドールズは建造されているってことですか? 軍の最新技術の結晶とも呼ばれるドールズ兵器群が、過去の遺産だったと」
冗談でしょ、とサウリは口を軽く開けたまま首を振り、両肩を上げてアグルを見た。
もちろん冗談だよ、という返答を思い浮かべ、おやっさんもたまにはこんなジョークを言うのだなと考えていたが、見つめ返すアグルは表情を少しも変えることなく、「そうとも言えるな」と頷いたのだった。
「アイツは、グレッサは、憑りつかれた様に四年間を復元作業に注いだ。俺だって作業に協力したんだ。ヤツを近くで見ていたが、鬼気迫るとはああいうのを言うんだろう。ヤツは言ったよ、現代技術では完全な再現は不可能だ、とな。
……面白くもねぇ話じゃねぇか。現代技術では低い性能でしか復元できない代物を、共和国も帝国もどこの政府も、天才の生み出した奇跡だと騒ぎ立て、ビーストへの対抗手段として生産してるんだ。しかも、あろうことか人間同士で争う道具にまで使いやがる。
ヤツだって、そんなことの為に心血を注いだわけじゃなかろうに。
そんなに戦争の道具が欲しけりゃ、地面でも掘り返せばいい。運が良けりゃ、現行機よりも高性能な発掘品が見つかるかもしれねぇんだからよ」
隣で言葉を飲み込んでしまっている整備士を尻目に、サウリの語った情報を噛み砕いていた。
技術の飛躍的な進歩が過去の超文明にあると言われれば、なにをSF小説のような物語をしているのかと笑い飛ばしたくもなるが、どこかあり得るかもしれないと思わされる説得力がある。
それを語るのがアグルであるからこそ、余計に信憑性を感じてしまうのだ。
おそらく、真実なのだろう。
言葉の端々から感じられる兵器への忌避感すらも、きっと。
一度退役したとはいえ、軍の整備教本に顔写真が載るほどの人物とは思えない考えにも思えたが、同時に「なんともおやっさんらしい」という思いがサウリには浮かんでいた。
「さぁて、無駄話はここまでだ。さっさと仕事に戻れ。補充機を受け入れる準備だってせにゃならんのだ」
大きな手を厚い胸板の前で二度叩き、アグルは二人を急かす。
「パイロットを無事に生かして帰してやる。その為に、俺たちはやれることは全部やるんだ。……ドールズを生み出した人間だって、戦うよりも生きることだけを想っていたわけだからな」




