差し伸べられた手
季節は夏に向かっている、暑い日だった。
俺はなぜか根川とともにグラウンドの整備をしている最中だった。
「小島君、手伝ってもらって、ごめんね。」
根川は脚立を持ちながら、俺のほうへと向かってきた。
最近は、少しずつ根川と話すようになった。
本当にくだらない話。朝ご飯の話や最近ハマっているゲームの話。
根川はそんな話をニコニコとしながら話すのだ。
俺はいつの間にか、根川と話すのが苦ではなくなっていた。
「来週、体育祭だけど、小島君は参加しないんだよね。」
「面倒だからな。……だからこうやって、やりたくもない整備をお前としてんだよ。」
俺は根川が持てなかった小道具を両手に持ち上げ、歩く。
あまりにも参加したくなかった、体育祭。
いつもはあまり言わない教師たちにも、学校行事だから参加しろと言われ続けて、揉めに揉めた結果、体育祭の準備をする代わりに、競技には参加しなくてもいい、ということで話がまとまった。
そして、根川は教師からのお願いで善意のもと、俺と一緒に準備することになったのだった。
根川もこんな面倒なことを、よく引き受けたものだ。
内心、絶対に壺とか買わされるタイプだろうなと思っていた。
そんな根川は「小島君、運動神経もいいし、絶対出たほうが良かったのに。」とブツブツと言っている。
「……根川は、借り物競争に出るんだっけか。」
俺の話題を広げてほしくなかったので、根川の話題を振ることにした。
根川のほうを見ると、脚立が重いのか持ち直し、後ろからついてくる。
「そうだよ。借り物競争なら、あんまり足の速さとか器用さとか関係ないからね。……でも、意外だな。小島君が僕が出る競技を覚えてくれてるなんて。」
「たまたまだ。」
根川は俺の返事が面白かったのか、笑った。
そんな変な返答はしていないはずなのだがと思いながら、むず痒い気持ちになった。
気が付けば、体育祭の準備も大詰めになっていた。
俺と根川は、入場門の固定をしていた。
他のやつらは、「あとは留めるだけだから、向こうの手伝いに行ってもいいか。」と言い、俺も根川も了承した。
「小島君、もうちょっとだけ左のほう、持っててくれると嬉しい。」
根川は脚立の上に立ち、おぼつかない手で道具を持ちながら固定していく。
俺は根川の指示通りに手の位置を変え、支えていく。
汗が滴ってきても、それを拭うことなく、汗は下へと落ちていく。
少しうっとうしいと思いながらも手を離すと危ないので、しっかりと支える。
そんな状態がしばらく続いたとき、根川から声がかかった。
「小島君、ありがとう。固定できたよ。」
根川は道具を俺に渡し、俺はそれを受け取る。
体温が道具から伝わってくる。生温かくなっている道具を道具箱へ仕舞う。
身軽になった根川は、脚立から降りようと足をステップに乗せた。
「あっ。」
その時、俺はスローモーションになった。
根川がステップから足を滑らせ、さらには、手が脚立から離れている。
根川の表情は焦り、目をぎゅっと瞑る。
思考する前に、俺の手は根川へと伸びた。
強い衝撃が走り、地面に叩きつけられる。
目を開けると土埃が少し舞っており、そして俺の上には根川が跨っていた。
「小島君っ。大丈夫。」
根川の焦る声が、俺の耳に響く。
頭に衝撃はさほどなさそうだ。痛みはない。無意識に頭だけはかばっていたのだろう。
足や手も軽く動かすが、問題なく動く。
ただ少し擦り剥いたのか、沁みる痛みがかすかにある。
「あぁ、なんとか大丈夫そうだ。」
「……良かった。」
根川は安心したのか、安堵の表情を浮かべる。
夕日に照らされながら、そんな根川の表情に俺の心臓は強く脈を打つ。
怪我をしなかった安心からなのか、今になって身体が緊張をしているのかもしれない。
根川の体温が伝わってくるのと同時に、まだ上で跨っていることに気が付いた。
「根川、どけ。」
「あ、あぁ、ごめん。重いよね。」
根川も俺の言葉で今の状況に気付き、慌てて退く。
俺が立ち上がろうとすると、根川が手を差し出した。
「小島君、助けてくれてありがとう。」
俺は、その手を取り立ち上がる。
そういえば、初めて関わった日も、根川と手を交わした。
あの時とは逆の立場か。
まさか、こんな日が来るとは思わなかった。
俺は根川へ視線を向ける。
根川は、「どうしたの。」と首を傾けた。
あの日とは違う、少しだけ温かい気持ちが胸に残った。
読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、二人の関係性が少し変わり始めた、そんな回でした。
では、また次回お会いしましょう。




