第44話 燃える前に、選ぶのはどちら
証拠束が、机の上で並んでいた。
ロイドが持ち込んだ段取り表の上に、赤い索引札が3枚、差し込まれていた。「期限:3日以内」「移送:確認要」「保管庫鍵:未処理」——赤は緊急だ。5年間、わたくしが自分で決めたルールだ。赤が増えるほど、夜が短くなる。今は深夜を過ぎたばかりで、書庫の匂いと灰の記録を書き終えてから30分も経っていない。でも眠れる時間ではなかった。
レオン様が段取り表を手に取った。
「証拠束の移送を先に決める。今夜のうちに箱の数と封蝋の本数を確定しないと、朝の準備が間に合わない」
「承知しました。移送箱はいくつ必要でしょうか」
「それを確認しに行く」
ロイドが一礼して廊下へ出た。足音が遠ざかる。書庫の静寂が、また戻ってきた。
わたくしは証拠束を手に取った。時系列表が一番下、欠落索引が中段、受領印の写しが上段——自分で組んだ並びだ。どれを先に箱に入れるか。どれを手元に残すか。赤い索引札が、また1枚、目に入った。「F04:例外条項確認要」と書いた札だ。
例外条項の欠けた章番号。盟約の中の1行だ。王命でさえ、この領の案件は先に領主の審理を経なければならないという条文に、参照先の章番号が1つ、欠けている。写し間違いではなかった——原本にも、その欠けがある。
廊下から、ロイドの声がした。
「移送箱は3つあります。封蝋棒は2本。……時間を確認しますと、夜明けまでに移送準備を完了するためには、今から2時間が上限です」
2時間。赤い札が3枚ある。手順書はまだ白紙だ。
レオン様が部屋へ戻り、段取り表を机に戻した。
「証拠束は2箇所に分けて移送する。1つはロイドと俺で、もう1つは——別の経路で」
「分ける」という言葉が、胸の奥で変な形に引っかかった。
分ける。2箇所に。
安全のための判断だと頭は理解した。でも理解した瞬間、別のものが来た。別の経路。別の場所。束が離れる。わたくしが組んだ並びが、2つに割れる。受領印の写しと時系列表が離れれば、どちらか片方が欠けた記録に見える。
「……分けないでください」
声が出ていた。予想より早かった。
レオン様がわたくしを見た。静かな目だった。何かを待っている目だった。
「分けられると、捨てられる気がするんです。変なことを言っているのは分かっています。でも証拠束は1つの体で、受領印の写しと時系列表は、並び順で初めて意味を持ちます。分けたら——」
声が、そこで詰まった。詰まったまま、続けた。
「ただの移送ですか。それとも」
言いたいことは、その先にあった。でも言葉が出なかった。5年間、そういう形のものを、何度も見てきた。「後で」と言われて、戻らなかった書類の並び。「預かる」と言われて、引き継がれなかった記録。分けることが、そのまま消えることと繋がっていた経験が、胸の中にまだ残っていた。
沈黙が3秒、伸びた。
レオン様が机に手を置いた。カップの位置を直さなかった。ただ、置いた。
「捨てない」
低い声が落ちた。
「俺が守るのは束じゃない。——君の尊厳だ」
胸の中で、何かが動いた。揺れた、ではなく動いた。揺れるのは崩れる時だ。今起きたのは、凪の奥で止まっていた何かが、1歩だけ前へ出た、そういう動き方だった。
「……では、証拠束は同じ机に置きましょう」
彼が言った。
「移送も同じ箱に入れる。分けない。俺が直接運ぶ」
廊下からロイドが戻ってきた。移送用の木箱を2つ抱えていた。机の上に置こうとして、わたくしの顔を一瞬だけ見た。何かを察したように、箱を1つだけ置いた。
「1箱で足ります。念のため、封蝋は私が二重で」
白手袋を重ねた右手で、封蝋の棒を取り出した。真顔だった。わたくしは帳面を開いて「ロイド:手袋、過剰」と書き入れた。
レオン様が低く1度だけ咳払いをした。
帳面を閉じた。赤い索引札を手に取った。「F04:例外条項確認要」の札だ。欠けた章番号を裁定の場で使える形にするには、手順書が必要だ。段取り表の横に白紙を広げ、番号を書き始めた。①欠け箇所の特定、②本来の参照先の推定、③推定を支持する議事録の抜粋——手を動かすと、頭が動く。頭が動くと、胸が落ち着く。
夜明けまで、2時間を切っていた。
赤い索引札が机の上に4枚、並んでいた。さっきより1枚増えていた。F04の整理が進むにつれて、参照欠落の範囲が広がっていたからだ。
4枚目の赤い札の端に、鉛筆で章番号を書いた。欠けた参照先を推定した番号だ。
書いた瞬間、手が止まった。
その章番号が——別の索引で見た欠落の方向と、完全に一致していた。2つの欠けが、同じ方向を向いている。偶然ではない。意図的に、同じ場所から削られている。
「……レオン様」
顔を上げた。
「参照欠落の穴が、同じ部署を指しています。——線が、出ました」
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