4―6 岡崎城にて その二
俺が本丸御殿の宿舎とされる部屋に戻ったのは、戌の下刻(午後8時台)も遅い頃であった。
夕餉の時刻は、疾うに過ぎていたが、徳姫の事情聴取で遅くなったのでそのままだった。
それでも御膳(ごぜん)が用意されていたので、それをごちそうになったよ。
既に、隣の部屋には寝床も用意はされておったが、生憎とこの時代には布団は余り無く、掻巻と箱枕だけやな。
この時代、小氷期に入っていたことから、夏場でも冷えることが有るので、掻巻が用意されているのやろうな。
暑がりであれば、薄いものを羽織るだけでも良いんだ。
綿を使った寝具については、蒼龍隊で冬物と夏物を生産を始めているんやが、羽柴の家でもまだ左程に流通しているわけやない。
地下施設での栽培はともかくとして、外気で綿花の栽培を鋭意進めてはいるんやが、地上の畑でうまく育ってくれないと、蒼龍隊以外のところへ、表立って大量に流通させるわけにもいかんのや。
当然に『どこでどのようにして作った?』となるやろし、地下施設の畑やら水田を見せるわけにもいかんやろ。
それでなくても、蒼龍隊には秘密が多すぎるから、武器以外の事は余り表面化しないようにしているわけや。
因みに、俺の場合、蒼龍隊の基地では、洋式ベッドに寝ているからな。
それもスプリングの良く効いた極上の奴で寝ておるんで、この部屋ですんなり寝れるのかどうか、正直なところ自信が無いな。
まぁ、寝付きが悪いようやったら、自分用のマットレスを時空間魔法の収納空間に保管しているから、それを敷いて寝るつもりや。
このマットレスもこの時代には無い物やから、明日の朝には起こしに来るであろう城の者に見つからないようにしなければならん。
仮に寝ていたにしても俺は気配察知ができるし、俺の身が危険に晒されるような場合には玄海が教えてくれるようになったよ。
玄海はもともと俺が生み出したものでは無いんやが、今では生き字引としても俺の守護薬としても重宝している式神やぞ。
今夜はチョット夜更かしして、秘密裏に色々調べる予定やが、玄海にも俺の耳目となって動いてもらうことにしようと思っていたんや。
この時間、普通の人は寝ている時間やから情報収集も難しいのやが、不寝番等夜でも起きている者だっているし、岡崎にも遊女が居るところぐらいあるやろと思っていたんやが、玄海曰く、所謂遊女の類が出て来るのは江戸時代に入ってからの事らしい。
そうは言いながらも、それらしき片鱗はどこかに有るのかも知れないが、どちらかというと、徳川領内でも岡崎は田舎町に近く、浜松の方が賑わっているようじゃな。
別に、俺が色街に行く気が有るわけじゃないぞ。
色街あたりに玄海が潜んで、徳姫、信康、築山殿に関する噂話でも情報収集ができないかと思ったんやが、どうも無理そうじゃ。
その辺の情報収集は、明日以降の昼間に玄海にやってもらおうと考えておる。
今夜のところは、仕方が無いので玄海は、部屋で留守番しながら、可能ならば城内で起きている者達の噂話を聞いてもらうようにした。
俺の方は、例の武田と通じたとされる大岡何某の一族等関係者で残っている者に冥性陰陽術と闇仙術を併用して行使することにより、記憶を洗うことをするつもりや。
この二つを併用すると、かなり強力な洗脳と記憶の洗い出しができるんや。
ある意味で二つのスキルを同時発動で行使するというのは、創造仙術の範疇なのかも知れない。
但し、俺が事実確認をしようとしていても、被験者が、必ずしも真実を覚えているとは限らんのやがな。
少なくとも本人が寝ている間に、その記憶を覗き見ることができるのは、かなりチートやぞ。
大岡の一族等の関係者は、城内に起きて居る者の意識からその住まいを確認し、その屋敷で処刑された大岡何某と関わった者の意識を次々に探ったよ。
だが、何も出ては来んやった。
そもそも、彼ら大岡一族の者やその他の生き残りは、大岡何某が武田と通じていたこと自体が未だに信じられない思いのようやな。
また、その一方で、大岡一族の名誉挽回等のために、上司でもあった信康を貶めようとする動きは一切認められなかったな。
従って、少なくとも大岡何某の亡霊とも言うべき組織が背後で動いている可能性は非常に低くなった。
特に、後世では、信康の一件には、家康の家臣団の内、浜松派閥と岡崎派閥との争いが有ったとの説もあるようじゃが、その線もほぼ消えたな。
仮にそのような話が有るとすれば、大岡の一党にもなにがしかの話が来ている筈じゃが、そのような兆候が全く無いのじゃ。
まぁ、明日の夜も他の家臣に当たっては見るが、このことから類推されることは、信康が単独で武田と通じていたとする説はほぼ無理じゃな。
信康自身が俺のような特殊な能力を持っていたのなら別やが、配下を使わずに信康が一人で武田と通じるなどは至難の業やで。
まして、後世で言われている信康像は、武辺者であって、どちらかというと所謂「脳筋」なのや。
特に周囲の心情を察しない粗忽者とさえ悪しざまに言われているんやそうな。
この辺は、徳川姓を名乗られずに松平姓のままで処刑されたとされる信康を悪しざまに言うことで、家康の判断を正当化するための後付けの可能性も大いにあると俺は見ているんや。
後世に残る歴史の記録と云うものは、頂点に立つ者の意向、及び、それに臣従する者の動き等によって、大いに事実が捻じ曲げられることが多分に有る。
従って、後世で取り沙汰されるような曖昧な記録を頼りにはせず、俺の目と耳、それに俺のスキルでもって確認しなければならんと思っているわけや。
とは言いながらも、浜松城及び岡崎城に残る記録を一応調べては見たんやで。
然しながら、残っていたのは、所謂、自白中心の証拠ばかりで物的証拠とされるものが、誰が書いたか良くわからぬ密書と思しき書面が残されていただけじゃ。
この時代の取り調べは当然に拷問を伴うものや。
令和の時代では、拷問等が有った時点で手続き上重大な瑕疵が有ったもの見做され、場合により不起訴になる場合が多い。
それは拷問による自白の信憑性が低いからであり、証拠能力を認められないからに他ならない。
そうして、保管されていた密書の類は、花押も無いので、誰かが偽造しても、本物かどうかがわからぬのじゃないかとは思うが・・・。
まぁ、大岡何某とそれに関わる者達の処罰は既に済んでおり、俺がそこまで掘り下げる必要は無かろう。
但し、徳姫も含めて周辺の者がそれに拘るのであれば、色々と鬱陶しいことにもなりかねないな。
少なくとも、大岡何某の件については、トップである家康が既に最終判断を下したのやから、俺がそれ以上の詮索をなせば、徳川と織田の関係にも亀裂が入りかねないからな。
後は、大岡何某の処刑以降において、築山殿と信康において武田と通じる余地が有ったかどうかやが・・・。
少なくとも信康の家臣ばかり(岡崎衆)が処断されており、その後も岡崎に居る者達が戦犯のような目で見られていたとすれば、余程の馬鹿でない限りはそのような愚行は冒さないと思うのやが、築山殿と信康に種々の話を聞き、なおかつ俺の仙術を駆使して確かめざるを得ないやろうな。
◇◇◇◇
翌朝、城内の俺の世話係が起こしに来る前に、俺はちゃんと起きてマットレスは片付けておいたんやで。
やはり、そのまま寝たんでは寝にくかったので、結局マットレスを出して使ったよ。
うーん、便利な物や良い物に囲まれて贅沢な暮らしをしだすと、それに染まってしまって、中々抜け出せなくなるようじゃな。
この日は、巳の上刻(午前九時以降)から、徳姫に武田との通牒の疑惑の話を聞いた。
昨日と同様に徳姫さんは、令和の裁判の証人にはなりえない伝聞証拠しか持っていないということが分かった。
そうして、やはり情報の仕入れ先は、尾張から連れて来た側女たちだった。
この調子だと、どんなホラ話でも側女が言うと徳姫は信じてしまいそうな感じやな。
俺が思うに、もしかすると彼女達側女が、岡崎に居る女衆との間の高い垣根になっているのかもしれないな。
そこは、午後に一人一人呼んで確かめるしかない。
◇◇◇◇
徳姫が輿入れした際は、彼女が10歳未満であったために、教育や身の回りの世話をするための多数の侍女や守役、お供の者たちが尾張から同行したはずなんや。
その中でも、特に徳姫に近いところに居る側女が五人いた。
尾張からついてきた従者には、当然男も居るんやが、奥御殿には滅多に男は入れないから、どうしても徳姫に近い場所に居るのは女がメインになる。
江戸時代の大奥ほどではないが、奥御殿にいる女同士の葛藤も種々あったのやろうと思う。
徳姫様から聞いた限りでは、イソ、リク、ハル、カエデ、ユキの五人が尾張から付いてきた側女で、徳姫の情報源だと判明したよ。
昼餉は無い。
旅で到着した際は、軽いものを昼餉として出す場合もあるが、通常は朝と夕の二食が普通や。
それでも小休止はするぜ。
午後一番に事情を聴いたのは、信康に殴られたという側女のハルやった。
但し事情を聴くと、最初に無礼を働いたのはハルやったようや。
まぁ、側女同士が井戸端会議ならぬ蔭口を叩いている最中に、たまたま信康が通りかかり、ハルが言った次の口上を聞いてしまったのや。
「噂によれば、信康様は、未だに武田とつながっているって話よ。
何だか危ういわよね。」
これを聞いた信康が怒ってハルを問い詰めたが、ハルは口を閉ざして情報源を明かさなかったようだ。
すると信康が切れて、平伏しているハルの胸元を掴んで引き起こし、張り手(ビンタ?)を噛ましたようだ。
細いハルが、廊下に倒れた様だが、それ以上は何もせずに、信康は立ち去ったそうだ。
その際に殴られた左頬がちょっとの間に赤く腫れあがり、その顔を徳姫に見られてしまってその事情を聞かれたので、止む無く信康様に殴られたと言ったのだそうだ。
ハルが得た情報源は、たまたま岡崎城の下級武士がそのような噂を耳にしたという話しているのを立ち聞きしたという、「伝聞の伝聞」であった。
俺から、そのような噂を広めるだけで人を貶めることになるのだが、その意図が有ったのかと聞くと、ハルはかぶりを振った。
「決してそのようなつもりはございませんでした。
ただ、女同士の話ゆえ、深く考えずに噂話を口にしただけにございます。」
俺から、ハルには悪いことをしたという意識はあるのかと尋ねると、ハルが頷いた。
「はい、信康様が怒って私を殴ったのも無理からぬことと思っています。
ですから、この件は姫様には話すつもりも無かったのですけれど、折悪しく、姫様に左頬が腫れているところを見つかってしまって・・・。」
まぁ、それなりに反省はしているらしいな。
「一応、そなたにも言っておこう。
ハルが言った噂話の所為で、姫様が離縁される恐れさえあるのだぞ。
そのような事になればそなたの居場所がなくなるやもしれぬ。
向後は、確証の無いことを口にすることを控えるようになされよ。
さもないと主家に迷惑がかかることになる。」




