4―3 信長公との謁見 その五
突然に三人の少女が、俺達が待機している部屋の襖をガラッと開けて入り込んできた。
闖入者ではあるが、幼女を咎めだても出来まい。
いずれも令和の小学生ぐらいじゃろうが、五年生?三年生?それに一年生?ぐらいじゃないかと思う。
身形から言えば、どこぞの姫さんかとも思わせる。
「どなたじゃな?」
俺がそうやんわりと聞いたなら、自分の名も言わずに、年長の少女が言った。
「そなたが、はしばのひでかたか?」
ある意味、上から目線の言い方やが、この安土城に居るとしたなら、信長さんの側室の娘達であろうか?
信長さん、正室の帰蝶さんとは別に、11人も側室を抱えているからねぇ。
子供が多いんだ。
ならば、この言い方も道理である。
止む無く、一応丁寧に答えた。
「左様、某が羽柴藤十郎秀賢にございます。」
「ふーん、ノブ叔父が、面白き男が来ていると言っていたので、見に来た。
そなた、何か面白いことができるのか?」
ん?
ノブ叔父?
一体誰の事やろぅ。
信長の子で男子は、いずれもノブがついておるが、一番の年長者は、庶長子の信正殿で確か年齢は26歳ほど、子はまだ幼かった筈。
こんな子がノブ叔父と言う人に、俺としては全く心当たりが無いのだが・・・。
信長さんの叔父にあたる織田信光、同じく織田信康は疾うに亡くなっているし、信長の兄弟で年長者である織田信広や弟である織田信治、織田信時、織田信興も亡くなっている。
織田信包は生きているんやが、確か伊勢方面に住んでいるから家族も安土には居ないはずなんや・・・。
では、この子が言う、ノブ叔父とは誰じゃ?
「済まぬが、ノブ叔父とは誰の事か教えてはくれまいか?」
「ノブ叔父は、この城の主だよ。
知らないの?」
「いや、信長殿なれば知っておる。
して其方たちは?
一体誰なのじゃ?」
「妾は、茶々、そうしてこちらが初、そうして末の江じゃ。」
「あ、お市の方様の娘御か・・・。
確か、岐阜城に居らせられると聞いていたが?」
「うん、一昨日、母様と一緒に岐阜から安土に遊びに来たのじゃ。
で、面白きことはできるのか?」
娘たちが期待の目で俺を見つめている。
止むを得ないので、手品でも見せてあげることにし、ついでにお菓子もあげることにした。
俺のインベントリや亜空間からモノを出し入れするだけだから、手品も簡単だ。
娘たちは目を輝かせて見ているな。
羊羹やカッ*エ*センを食べながら、時折、歓声を上げている。
そのうちにこの子たちによって開け放たれたまんまの襖の入り口に若い女人が現れたぜ。
身形からすると城の女中衆ではない。
その女人が、中の娘たちに声をかけた。
「これこれ、信長叔父様のお客様に失礼があってはなりませぬ。
この辺で失礼をなさい。
このお方は用事があってお城に参られているのです。
さ、部屋に戻りますよ。」
「はい、母様わかりました。
ヒデさん、ありがとう。」
茶々がそう言ってぺこりと頭を下げた。
ちゃんとお礼を言うとは、できた子なのであろうな。
よくよく見れば、整った顔をしているから将来は美女と呼ばれるのかもしれん。
お市の方様と思われる女人は三人娘を連れて、去って行った。
俺は、座ったまま頭を下げただけで見送ったよ。
うん、お市の方はとっても美人だったよ。
多分、この天正七年の時期だと、23歳か24歳ぐらいじゃろう。
子をなしたと言っても、美形は変わらないんだね。
まさか、こんなところで会うとは思ってもみなかったぜ。
ひょんなことから時間を潰したが、それから間もなく、お呼びがかかった。
酒井忠次が安土に到着、そのまま安土城からの迎えの者と共に登城してきたのだろう。
◇◇◇◇
俺が小姓に案内されて、謁見の間に赴くと、既に酒井忠次が信長さんと挨拶をなしていた。
信長さんが気軽に言う。
「来たな秀賢。
紹介しておこう。
こなたが徳川家康殿の側近で酒井忠次殿、家康殿の嫡男信康殿の守役でもあった男じゃ。
酒井殿、この男は、羽柴秀吉が甥にあたる羽柴秀賢じゃ。
たまたま、本日、登城の機会が有ったのでな。
儂が、この場の見分役を命じた。
場合により、こ奴からもそなたへ問いかけががあるやもしれぬ。
そのつもりでな・・・。」
酒井忠次は軽く頭を下げて了解したようだ。
「さて、岡崎に嫁した徳より参った書状には、種々見逃せぬことが書かれておった。
その確認のために貴公に来てもらったのじゃが・・・。
取り敢えず、その訴えはいくつもあるのじゃが中には内容が重複しているものもある。
まとめると、主なものは三つになろうか。
一つは、姑である築山殿に対する不満じゃな。
正妻である徳にも内緒で側室を勝手に選んだとあるが、それは事実なのか?」
「は、徳殿との間に男子が生まれぬことを心配なされ、側室選びを為されていたようには聞き及んでおりますが、信康殿が側室を迎えることをよしとせずに不調に終わっております。
従って、いまだ信康殿に側室はおられませぬ。」
「ふむ、築山殿がそのように動かれたは事実と言うことか・・・。」
信長さん、ちょっと考え込んだな。
俺は見ていないが、おそらく徳姫の書状はもっと辛辣だったのだろうな。
築山殿が、正室をないがしろにしているとか、悪口を広めているとか。
まぁ、嫁姑の間が大分拗れているわけだよな。
ところで、この築山殿は信康殿と一緒に住んでいるのかな?
信長さん、俺の考えを他所に、次の話に移ったな。
「次に、信康殿の悪行三昧について書かれておるのじゃが、どこまで本当なのかがわからぬ。
徳が書いてきたのは、自分の目で確かめたものとは思えぬからじゃが・・・。
酒井殿に聞くが、信康殿は酷く粗暴なのか?」
「多少短気なところはござりますが、粗暴と言うほどには・・・。」
「ふむ、町中に矢を射かけたとか、風流踊りの女を殴ったと聞いておるとの訴えがあるが、事実か?」
「はて、私自身はそのような噂を聞いてはおりませぬが、嘘か本当かと言われますと今の段階では何とも申し上げられませぬ。」
「では、徳の側女に乱暴を働いたとあるが、その事実はあるのか?」
「そのような話は聞いておりませぬ。
仮に何かそのようなことが有るとすれば、何らかの事情があったのではないかと存じます。」
「何らかの事情とは?」
「某には、わかりかねます。」
「ふむ、要領を得ぬな。
今一つ、築山殿が織田を恨んでおり、それがために武田と内通しておるとの噂があるようじゃが、そのような事実が有るのか?」
「噂はございます。
なれど、それが事実かどうかについては不明でございます。」
「では、徳が、根も葉もない噂を信じてこの書状を書き送って来たと、そう申すのか?」
「いえ、そのような事は申し上げておりませぬ。
仮に、そのような事実が有るのならば、例え築山殿とて無事では居られませぬ。
少なくとも我が殿は、その事実があったか否かについて、現時点で明確な証拠を見出してはおりませぬ。」
「さらに問うが、信康殿もこの内通に加担しているとあるが、どうなのじゃ?」
「信康殿にも築山殿と同じく武田との内通の噂が有るのは事実にございます。
それは、大岡弥四郎が企てた謀反から波及しているものにございまして、岡崎では根強い噂が残っております。
或いは、大岡弥四郎の遺された身内あたりが、処遇の不満から広めているやもしれませぬが、生憎と確たる証拠はございませぬ。」
ふむ、やはり信康家臣の謀反が影響を及ぼしているか・・・。
だが、あれは長篠の戦の一月も前に起きた事件だ。
その当時ならば戦を控えていることから調略も当然にありうる話だが、長篠の合戦で敗れた今の武田がそのような謀略を企てても、乗る者はまず居ないだろう。
何しろ、武田家譜代の家臣が続々と勝頼を見限っているからな。
築山殿は女だからどのように考えるかはわからぬが、信康がそれほど阿呆とは思えないよな。
史実でも、築山殿も信康も武田との内通について認めたという資料は一切存在しない。
仮にあるとすれば、内紛を起こそうとした武田の乱波の攪乱もあり得るか・・・。
「むふう、確たるものが何もないではないか。
秀賢、そなた何か酒井殿に尋ねることはあるか?」
「はい、では酒井殿、若輩者ながら殿の命により種々お伺いします。
支障の無い範囲でお答えください。」
酒井忠次が無言で頷いた。
「まずは、私は徳姫様の書状を見ていないということを申し上げておきます。
なれど、信康殿の正室徳様が、ご自身では滅多に見られぬような状況を書き連ねておるとすれば、それは伝聞によるものと思われます。
その点、殿が申されたように徳姫様が自分の目で確かめたものでは無いとする裏付けになりましょう。
なれば、その噂の内容を吹き込んだ者が、徳姫様の御傍近くに居る筈でございますが、酒井殿は誰ぞそのような者に心当たりはございますか?」
「私から誰それと申し上げられませぬが、いるとすれば、徳姫様の側女で、岐阜から輿入れされる際に徳姫様に付いて参った者でしょうか?
失礼ながら、徳姫様には、岡崎に古くからいる女中衆とはあまり話をせぬご様子と伺っております。」
「なるほど・・・。
更に問いますが、信康殿が家臣大岡何某の謀反というのは、天正三年卯月のことと存じておりますが間違いございませぬか?
その一月後には、長篠の戦にて武田が破れ、落ち目になったわけでございますが、長篠の合戦の前ならば、いざ知らず、今の武田の状況を見てなおも武田家にすり寄ろうとする者がおりますでしょうか?
あ、これは、酒井殿ご本人のお考えをお聞きしたいのでございます。」
「まず、大岡の謀反発覚の時期については間違いござらん。
今一つのご質問でござるが、只今の武田の零落ぶりを見て、武田に付こうと考える愚か者はまず居ないと存ずる。」
「では、信康殿の守役として、信康殿はそんな愚か者と思われますか?」
「信康様は、断じてそのような愚か者ではございませぬ。」
「わかりました。
少なくとも、信康殿が内通に加担したものでは無いと、酒井殿は信じておられるということですね?」
「うむ、そうなりますかな。」




