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戦国タイムトンネル  作者: サクラ近衛将監
第三章 出陣

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3―21 毛島水軍基地の建設

 天正七年(1579年)春、丹後国加佐(かさ)郡地先の毛島で俺の突貫工事が始まった。

 取り敢えずの外郭だけは、俺の能力を駆使して、ほぼ一晩で作り上げたんや。


 後世に『一夜城』と言われることになるかも知れないが、別に一向に構わんやろ。

 一色氏や、同じ織田軍である若狭の丹羽長秀辺りから一切手出しをさせないためにも、一気に守備を固めてしまうのが何より優先すべき事項やったからな。


 毛島は、南北に1.4キロ、東西に0.6キロほどの細長い島やが、島の周りは全体的に切り立った崖であり、小舟で島に上陸できるような場所は極めて少ないのや。

 仮に、一般の者が島に上陸するとしたなら、海が凪(なぎ)の時に小舟で岩場に近づき、うねり等に合わせてタイミングよく岩に跳び上がるような方法しか無いと思う。


 俺の場合は、式神を先行させておけば、島の何処にでもいきなり転移で上陸できるから面倒は無い。

 島の一番高い高地で187mあり、島の面積はおよそだが42万平米(≒12.7万坪)ほどである。


 数字にすると随分と大きいように感ずるが、江戸時代加賀藩前田家(令和時代に東京大学のある本郷一帯)の上屋敷が約10万坪あったらしいから、全体が急な山の斜面で出来ているような毛島は、利用できる平地が少ないので左程広い土地とは言えんやろなぁ。

 この島は平地が極めて少ないのも特徴の一つなんや。


 この毛島を利用するに際しては、海浜部の埋め立てもするし、丘陵地帯に地下の大規模施設も作るから、利用率から言えば数倍の広さがあるとみて差し支えないやろ。

 普通は、こんなところに城塞なんか誰も作ろうとは思わんはずや。


 仮に城を造ろうとしたなら、船着き場のような足場がまず必要で、そのために随分と人手と金が要るやろな。

 で、どうにかして、その足場となるような船着き場が出来たら、ようやく本土から資材を運び、海岸部で城を造るのは手間やから、資材を山の上に運んで山頂部を平らにしながら城を造るのかな?


 ただまぁ、いずれにせよ、船が着けられるような港を造らんことには、資材の揚陸だけでも大変なことになるわけや。

 特に、毛島の周辺は、若狭湾の中でもモロに外海に面しておる場所やから、冬の季節風が吹く時は船の出入りもままならないし、仕事にならんやろな。


 そのため、俺達の水軍基地を造るためには、しっかりとした防波堤を持った港湾を造ることが絶対に必要なわけや。

 毛島の水軍基地のプランとしては、毛島北端から東へ1.4キロ、同南端から東へ1.2キロの防波堤を構築し、それら防波堤の先端を結ぶ線上に南北に延びる防波堤を築くことになる。


 開口部は、南北に延びる東側防波堤の中央付近の場所の予定や。

 一応500mの間口を空けて、港口にする予定やで。


 また、この港口には、向き合うように港の入り口を示す赤色と白色の灯台を建て、同灯台には、港口を塞ぐ防潜ネットが展開できるような設備を施すつもりなんや。

 防潜ネットは、俺が付与方術で強化したワイヤー製ネットで、海底から海面上6mほどにまで引き上げられることになっている。


 これは、港口は開いておるけれど、人や船が許可なしには出入りできんようにするためや。

 因みにこの時代、この日ノ本に灯台は普及しておらんはずや。


 そもそも夜の灯りが無い海を航海(夜航海(やこうかい))するのは、沖の何も無いところでもない限り難しいからな。

 だから、夕方近くでまだ明るいうちならともかく、夜暗くなってから港に入って来ようとする者は居ないはずや。


 まぁ、江戸の末期から明治にかけては、その辺の機微をよう踏まえたベテランの船乗りたちも出て来たんで、洋式灯台も必要になったようやな。

 一方で、港湾造りに検討しなければならんのが、波浪とうねり、それに風の影響や。


 若狭湾の卓越風(たくえつふう)は、年間を通じて南南東の風が多いんやが、強風が吹き荒れるのは冬場の北北西の風やな。

 南南東の風は、陸から吹く風やから、通常の場合、船にとっては左程の危険性はないんじゃ。


 尤も、台風の影響で南南東の強い風が吹くときは、帆船でなくても要注意やな。

 南からの風よりも、北寄りの風が日本海を荒れさせるから、大きなうねりや波浪となって港や船の航行に支障を来(きた)すことになる。


 従って、港口を風から防護するように東側防波堤の赤色灯台の数百メートル北方の地点から、概ね700メートル程の長さで南東方向に張り出し防波堤を延ばし、もう一つ補助的に南側防波堤の沖にも東西方向に一文字防波堤を500mほど追加することにしたよ。

 船が沖から港に出入りするには、この張り出し防波堤を躱(かわ)して入港することになるな。


 この時代の帆船は風任せのところが有って、中々操船が難しかろうが、汽船若しくは櫓櫂(ろかい)船ならば出入りは簡単にできるはずや。

 但し、玄海によれば、日本海の最大波高は概ね7mもあり、最大の観測記録としては9.2mもあるようじゃ。


 従って、防波堤の高さは高潮時海面から概ね12mとしたよ。

 最初に、特製ブロックを俺の亜空間に沢山準備しておき、海底面を深さに応じて順次均(なら)しながら、海面上の高さを均一に調整しつつ、概ね縦・横・高さが各12mの大きな特製ブロックを積み上げて行く方式や。


 この防波堤の設置場所で一番深い処やと、水深が80mほどもあるから、俺の概算の計算では、延べで約1万2千個の特製ブロックが要るんやで。

 簡単に約1万2千個というが、この量は、積み上げると300m四方の広さで240mほどの高さの空間になるんやで。


 この特性ブロックは、朝来(あさご)の基地で地下施設を造る際に掘り出した火成岩と、今回毛島の地下にでかい船溜まりの空間を生み出すために掘った火成岩で賄(まかな)っており、付与方術で岩石そのものを固く頑強なものにしているから、令和時代のコンクリートブロックよりもはるかに硬く丈夫な筈や。

 そうしてできた防波堤の外には、令和の時代ではおなじみの、四つ足の消波ブロックを多数積み上げることになる。


 特製ブロックだけでは、長い時間をかけて、波の力で壊されたり、定位置から移動したりする恐れもあるので、防波堤の外周には消波ブロックを積み上げて防波堤にかかる力を分散させるんや。

 但し、その状態では消波ブロック伝いに防波堤に辿り着く奴が居(お)るかも知れんので、防波堤上には高さ5m程度の外壁を造り、その頂部には高圧電流を流しておくつもりや。


 これで、一応不審者の侵入は防げるやろ。

 無論のこと、ドローン等で別途の監視システムは設置する予定ではあるよ。


 防波堤上に造った外壁は、厚さが1センチの金属製で、俺が錬金術で合成した特殊合金やから、仮に至近距離から40ミリ砲あたりで撃たれてもへこみもせんやろな。

 但し、一晩でやっつけ仕事をしたのは、防波堤の構築と灯台関連施設までや。


 消波ブロックの設置や防波堤の外壁作りには、さらに三日を要した。

 この防波堤設備の完成で、蒼龍隊水軍基地の基盤が出来上がったわけや。


 それからは、港湾内部に造船所を造り、桟橋を造り、更には島に居住区を造って行くことになるんやが、それはもっとゆっくりでもよい。

 何しろ今すぐに強力な武装艦艇が必要な訳やない。


 但し、一色家の息のかかった地侍達が夜襲等をかけてくる恐れもあるから、周囲の海域の警備用にはペガサス級のミサイル艇の複製品を6隻用意してある。

 これらは港内及び毛島周辺の治安維持に専従させることになる。


 飽くまで将来を見据えた上で、大小の艦艇の溜まり場たる基地が必要と考えたわけや。

 因みに新たに造る造船所の方では、基本的に新造船は作らないつもりや。


 俺の異世界商店で入手する艦船を使うつもりでいるからな。

 従って、ここに造る造船所というのは、飽くまで既存の船の修理とか改装の際に使う造船所になる予定なんや。


 何か事あらば、あさぎり型護衛艦(全長137m、最大幅14.6m、排水量3500トン)を使おうと思って、二隻程購入してあるんやが、恐らくはこいつをうまく動かすには完熟訓練に相当の時間がかかるやろうな。

 それと、あさぎり型護衛艦は半自動の装備もあるんで、そこは発注の際に、全自動になるよう改装してもらってる。


 その分、値段は高くなるんやが、乗員を少なくするためにはどうしても必要な改装なんや。

 姫路で使用実績のあるペガサス級のミサイル艇の場合でも、事前に知識を十分に与えていても、実際に動かすとなると慣れないうちは結構危ない場面もあったんやで。


 特に、誰もがこれほど巨大な船をそもそも見たことすら無いやろから、指導員が居ない状態での訓練になる以上、多少の遅れはやむを得ない。

 むしろ手探りでいいから一歩一歩着実に前へ進むのが望ましいと思うてる。


 まぁ、ゲーム風のシミュレーションで訓練させてからの実動訓練になるんで、通常よりは格段に早い筈やけどね。

 因みに、防波堤で囲まれた港内の水域の広さは、略170万平米になるんやが、玄海によれば、この広さに近いのは令和の時代でいうと九州の宮崎港になるらしいな。


 まぁ、船溜まりは基本的に島の地下壕(掩体壕若しくはブンカー?)の中やし、船が出入りするだけの港湾の広さならば、この大きさで十分やろう。

 この地下壕には大きな艦艇も収容予定なんで、構内で使うタグボートも六隻ほど導入している。


 毛島のすぐ近くにある大浦半島で一番高い山は、多禰寺山(たねじやま)で、標高が550m余りあるが、ここから毛島を覗(のぞ)いても、毛島が邪魔になって港内の様子は良く見えない筈じゃ。

 その辺は港湾工事を終えてから俺自身の目で確認しているぜ。


 また、毛島の南南東にある正面崎(しょうめんざき)からじゃと港口までおよそ3キロ程度なんじゃが、沖に延びる防波堤とその上に造られた防壁の所為でやはり港内の様子はほとんど見えないんじゃ。

 丹後及び若狭では毛島に近い地域で標高が千mを超える山が無く、700mを超える山が有っても25キロ以上も離れておるので、そこから港内を監視するのは無理じゃろうな。


 船の出入りを見張るのならば、先ほどの正面埼あたりで見張っていたなら、よう見えるじゃろうと思う。

 俺もずっと毛島にかかりっきりと言うわけには行かんので、朝来(あさご)に行ったり、トト様について行って戦場巡りをしたりと結構忙しいんじゃ。


 それでも概ね三日に一度程度は毛島の整備に携(たずさ)わっており、初夏の頃合いには、毛島の隊員宿舎も完成して、天正七年6月初めを機に、相当数の蒼龍隊隊員を移転させたよ。

 この天正7年に入ってからだと、長浜に400名弱、姫路に300名弱、朝来で200名強の新規隊員の加入が有ったので、そのうちの半数450名と、従来からの隊員150名の任地を変えて、毛島蒼龍隊基地が発足した。


 それまでの間、警備のために毛島に常駐していた隊員が120名ほど居ったんやが、これを含めて総勢で600名体制やな。

 今後、蒼龍隊に加入する者については、各地で概ね半年間の初任者研修を行った上で、順次毛島に送り込む手筈やで。


 現状では、長浜の田村山に約500名、姫路水軍基地に600名、朝来基地に1200名、毛島に600名と合わせて2700名ほどの隊員がおることになる。

 朝来基地の役割は、米軍で言う『海兵隊』、若しくは、陸戦隊の育成と出動元になるんやが、毛島基地は水軍本体そのものの育成と出動元になる。


 姫路基地は、瀬戸内海の支所的な扱いやな。

 長浜基地は、種々の思い出もあるが、今はほぼ連絡事務所扱いやな。


 ところで毛島基地には、地下で大規模な訓練場や農場とつながっておるんや。

 元々長浜で使っていた俺の亜空間施設ではあるんやが、長浜、姫路、朝来にも連絡口を設けてあるから、何時でも利用可能と言うわけや。


 この亜空間施設の管理は、取り敢えず隊員数の多い朝来でやってもらっているが、いずれ管理部門も毛島に移すことになるやろな。

 因みに、隊員の移動は簡単や。


 それぞれの地下施設でチェックを受けて、亜空間を使って移動するだけの話や。

 従って、所属基地がそれぞれ離れていても、隊員同士のコミュニケーションは取れやすい環境にあるやろな。


 各隊員は、皆共通の意識を持って毎日訓練や実動に励んでいるよ。

 因みに、蒼龍隊ではこれまで実戦で死者が出たことは無い。


 武器の取り扱い不注意等で軽傷を負った者が二人ほどいたが、蒼龍隊発足(天正三年六月)から数年、実戦(初陣が天正六年三月、三木城が攻略が五月)に駆り出してからでも一年を超えたが、実戦部隊、後方支援部隊共に無事に生きながらえていることが何よりだ。


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