3ー16 信長公との謁見 その一
安土山の標高は約200m、その頂上に建てた天守閣は、外観五層であるが、内部で七層になっており、高さが33mもある。
この時代、通常天守閣は居城ではなく籠城時に使うのだが、信長は天守閣に住んでいたという点で他の城郭や戦国大名とは違うと言えるやろな。
また『天守』ではなくって、『天主』と呼ばせていたと聞いている。
この天主は、足利義昭のために築造した二条城の武家城で天主と呼ばせた実績があるようやが、俺が生きていた21世紀には信長が造った二条城の片鱗もなかったな。
21世紀に残る二条城は、徳川家康が自らの権威を示すために造った京都の城であり、その天守閣は伏見城から移築したものや。
そして、江戸時代に火災に遭って焼失し、以後天主自体は再建されていないらしい。
天主と言う言葉から余計なトリヴィアが出てきたんやが、話を戻そう。
安土城の城下町には陪臣であるトト様の屋敷は無いんやが、秀吉叔父貴の屋敷は、城に登る大手道の途中にある。
俺とトト様が安土に着くとひとまずは宿を取り、城へ先触れを出すこととなる。
今回の宿は、姫路を出る際に予め叔父貴である羽柴秀吉殿に了解を得て、叔父貴の屋敷に泊めてもらうことになっているんや。
尤も、24名もの家来たちが一緒には泊まれないから、叔父貴の屋敷に泊まるのはさらに絞った4名だけになる。
どうせ、登城の際に、俺達についてゆける人数は精々この程度のはずなのや。
この叔父貴の屋敷で待っていれば、信長公より沙汰が有るはずや。
信長公若しくは側近よりの下知を待って、登城することになるわけじゃ。
安土に到着した翌日の昼頃には城より使いの者が来て、次の日の巳の上刻(午前九時過ぎ)には、天主三階の謁見の間に来るようにとの下知があった。
巳の上刻までに天守に登るには、遅くとも20分ほど前には叔父貴の屋敷を出ねばならないことになる。
但し、かなり急な階段故、大汗をかいた状態で信長公に謁見しては失礼にあたる。
余裕を見て、遅くても辰の上刻半ば(午前8時15分頃)には、叔父貴の屋敷を発たねばならないやろな。
早目に城内で待っていた方が、無難というものじゃ。
屋敷を出て、城に上るための階段に出ると、麓には大手門前の広場が見えるんやが、そこからも既に安土城の巨大な石垣群の威容が垣間見え、また、金色に光り輝く天主も見えるんや。
幅が6mもある大手道の石段は麓の広場からだと405段もあり、何度か折れ曲がりながらも長さが数百mもあり、その脇に叔父貴の屋敷もあるのじゃ。
最初の180mほどは、ほぼ直線で見通しも良いのじゃが、少し汗をかきながらも黒鉄門を通ることになる。
それから二の丸と本丸前の広場に至り、ここからも複数の櫓門を潜って天主に至るんじゃ。
俺とトト様は、刻限の四半時前には、天主楼閣の三階待合室で待っていた。
随伴した供の者は二人だけで、二階にある別の待合室で待機していなければならないんや。
それから四半時もしないうちに案内の小姓がやってきて、天主南側にある謁見の間に案内してくれた。
大広間には側近8名の連中が居並んでいた。
年寄りもいるので、家老格の林秀定と丹羽長秀辺りかも知れないが、俺は面識がないので誰かは知らん。
それらの側近衆を左右に眺めながら、俺とトト様は一段高い上段の間に対して向かい合わせの末席に座して待った。
十分ほど経って、信長公が部屋に入って来る先触れがあった。
俺達は頭を下げて待つ。
「面を上げい。」
やや甲高い声が聞こえ、俺とトト様は顔を上げる。
正面上段の間に、細面の信長公が居た。
俺は初めて見るわけやが、昔歴史の教科書で見たことのあるちょび髭の肖像画に似ていなくもないんやが、なんというか本物は目つきが鋭いな。
強面というわけではないんやが、それなりの威圧感がある。
そうして謁見者は自己紹介をここでせねばならぬらしい。
呼びつけておきながら、自己紹介をさせるというのも妙な話ではあるが、それが慣行なのじゃ。
トト様は何度かお会いしている筈やが、それでも口上を言う。
「羽柴秀長、お召により罷り越し(まかりこし)ました。」
こう名乗ることにより、信長公が顔を忘れていても誰かということが分かるようにするらしい。
特に多くの者と謁見する際には、どうしても必要な儀式のようやな。
次いで俺が名乗る。
「羽柴秀長が一子、藤十郎秀賢、お召により罷り越しました。」
両手を床につきながらも顔を上げて、しっかりと信長公の目を見ながら言う。
ふっと、信長の顔がほほ笑んだように感じた。
「遠路、ご苦労であった。
此度の本願寺攻めに際し、秀賢率いる水軍が多大の貢献を為した由、佐久間より知らせが参った。
しかしながら、その貢献の中身、佐久間の文ではようわからぬ。
秀賢、そなたの口から直に聞きたい。
まずは、異様な船四隻から、大筒を発射し、本願寺の守りの石垣を崩し、廓などを破壊したと聞いたが、そは、いかなるものじゃ?」
ここからは、一々頭を下げずとも良いらしい。
「大筒の仕組みは、種子島と似ておりまする。
火薬をもって火縄銃よりも大きな弾を発射いたします。
今一つ、この大きな弾にも工夫がございまして、弾が物に当たった衝撃で爆発し、より大きな被害を与えまする。」
「ふむ、では、その大きな弾とはいかほどの大きさじゃ?」
「弾の径は、二寸五分(約 7.58センチメートル)ほど、発射前の弾の長さは三尺(約90センチ)あまりございます。
重さは、二貫目(7.5キログラム)ほどでござります。」
「何、二貫目とな?
そのように重いものが遠くへ飛ぶのか?」
「それゆえに発射のための火薬が多く必要にございます。
弾の長さが大きいのは、その七割ほどを発射用の火薬が占めているからにございます。」
「うん?
なれば、飛んでゆく弾と火薬が一体のものということか?」
「はい左様にございますが、弾だけが飛んで行き、火薬の入っていた薬きょうは残ります。」
「薬きょうとはいかなるものぞ?」
「薬きょうとは、火薬を詰めている金物の器にございます。」
「なに、鉄の板を使っておるのか?」
「いいえ、鉄では重すぎて使い物になりません。
銅と特殊な金属の和え物を使っておりまして、鉄に比べると軽く加工のしやすい物にございます。」
「金物に包まれた火薬をどう発火させる?
まさか火縄で火がつくわけではないであろう。」
「はい、雷管という、叩くと発火するものを使います。
火薬の詰まった薬きょうの底に仕掛け、そこを叩くと発火し、火薬全体が爆発し、先端の弾を押し出すことになります。」
「ふむ・・・・。
して、その打ち出した弾はどこまで届く?
佐久間の文では三百間ほども間違いなく届いたとあるが?」
「弾の到達距離は、1里以上とご承知ください。」
実際の最大射程は18キロにも達するが、わざわざその詳細を教える必要はないだろう。
「1里とな?
では、では、この城の外にある琵琶湖からでもここに届くということか?」
21世紀の安土城址は湖岸から大分離れているんやが、築城当時は山裾がほぼ湖岸やった。
従って、湖岸から山頂までなら500m内外の距離やろな。
湖岸から4キロかそこら離れたとて十分に射程距離だ。
「はい、琵琶湖に船を持って来ることができれば、それも可能かも知れませぬ。」
「船に乗せてある大筒そのものを動かすか、若しくはこの地で大筒を作れば使えるということではないのか?」
中々鋭いですよね。
一を聞いて十を知ると云うのか、頭の回転が速い。
だから返答に困るんだが、・・・。
目の前の信長公、なかなかに突っ込みが鋭いので、俺もやむなく相応に受け答えしているんやが、側近衆が若干青くなっているぞ。
何せ、信長公に初めての謁見を賜ったばかりの陪臣のそのまた子供(なりはでかいんだけどな。数えで15はやはり小僧と見られる)が、この稀に見る巨大な安土の城を城外のはるか遠くから攻撃できると言ったばかりなのだ。
恐るべき武器を持っているらしき目の前の小僧は一体どういう人物なのかと、ある意味で恐れ慄いているわけやな。
こちらは脅すつもりは全く無いのやが、恐れて手を出さないでくれるのであれば、それで結果良しなんやがな。
もしも手を出すようならば、ただの火傷程度では済まさないつもりでは居る。
城に囲われたらどうするかって?
俺一人なら単純に周囲がすべて敵でも、法術なんぞを使わなくても、左程の武器を使わずに安土の城から無傷で出て来られる自信はあるぜ。
無論、法術を使えばトト様や供の者を含めて五体満足なまま脱出可能やで。
だが、こちらから荒立てるつもりは毛頭無い。
まぁ、信長公には常識的な話をしておこう。
「確かに、船に取り付けてある大筒を外すことはできますが、それを運ぶとなれば難しゅうございます。
安土のお城に使われている石垣の大石よりも運ぶのが難しいと思われます。
上様は、鉄砲を縄でつないで岩山を引きずって登った場合、鉄砲が壊れるとは思われませぬか?
例えて言うならば、種子島よりも余程精緻で壊れ易きものとお考えいただくのが宜しきかと。
家様の背後にある壺よりもあるいは壊れやすいかと存じます。」
「どういうことじゃ?
種子島のごとく肝心な部分は鉄でできておるのではないのか?」
「肝心な部分は確かに鉄でできており、重さは600貫目を超えまするから、移動に大石を運ぶがごとき手間暇がかかりまする。
そうしてこの大筒は大きな衝撃を受けたりすればそれだけで狙いが狂うこともあります。
そもそも揺れる船の上で使いますので、どれほど揺れても狙いを外さぬようなからくりが施してござれば、そのからくりが精緻な故に、運ぶ際には陶器を運ぶがごとき用心が必要にございます。
従って、船からの移動は難しいかと存じます。」
「ならば、ここで作るというのは?」
「恐れながら、大筒を撃つのは誰にござりましょうや。
まさか上様自らが撃つとは思えませぬが・・・・。」
「それは我が家臣に委ねることになろう。」




